今日一日中、外に出た私は人間の瞳を見たか。
いったい、何人ぶんの瞳とすれ違ったか。
振り返ってみても、そこには虚像しかなかった。
人間がそこにいるという情報しか見ていなかった。
(250504 すれ違う瞳)
青い青い血管が似合うよ、と
私の身体が教えてくれているのに、
青は男の色だの、
女の子だからピンクが似合うだの、
赤や黄色、とにかく青色以外が似合うだのと
周りが色々と言ってくるので、
私は自分の皮膚と肉を引き裂いて血管を取り出した。
手首から引き出してピンと張ってみせた。
私のたましいが流れる青色の血管を見ろ。
(250503 青い青い)
さらさらと風に乗って、
陽光に煌めく甘い光になるくせに、
指に触れると現実の熱に溶けて、
ベタベタとしてうっとうしい。
舌先で舐めれば記憶の中にすっと消えるが、
指についた唾液の過去は糸を引いて、
私にべったりとくっついてくる。
(250502 sweet memories)
中国の説話だったことは覚えている。石の穴が、風を鳴らし、また穴の大きさごとに音色を変えていく。
人間の耳の穴もこれと同じだ。風が吹いてようやく音を聞くことができる。聞こえ方も多種多様だ。
だから、自分の耳にしか聞こえない風の音を聞きたいのに、周囲がやたらとうるさい。痰を吐く豚とキルケの脱糞音と香水の匂いしかない空気と孤独を恐れて忘れた寂しい者たちが、私を取り囲んで騒いでいる。実に耳障りだ。
風と一緒にどこかに飛んで行ってくれないか。遠くに飛んで行った音を私ひとりで聞いてあげるからさ。
(250501 風と)
どうしようもなくなったから心を投げた。遠くに投げた。それでも腹が立つから、自分の胸を引き裂いて心臓を取り出した。投げた。ぶん投げた。叩きつけるように投げたんだ。軽やかな曲線を描くはずの心臓の軌跡が、真っ直ぐに落ちていく。無様だ。べたんと嫌な音が響く。叩きつけられても鼓動は止まない。私と心臓の間には、空白の距離がある。ああようやく孤独になれたと、私はぽっかりと空いた胸に手を当ててほっとした。
(250430 軌跡)