はた織

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3/15/2025, 12:45:55 PM

 私に刃向かう剃刀は、
 傷ついた手首の脈から出血する幻想を見せる。

 玄関にひどくねじ込まれる鍵、
 そのねじ込まれた鍵に落とされる錠前が、
 私の心臓を床に叩きつける衝撃となる。

 鼻をかむのが止められない豚の悲鳴、
 唾を撒き散らすくしゃみが挨拶だ犬どもよ、
 痰混じりの笑いに誰も笑ってくれない死に損ない。

 無知と無礼と無能に私の心臓は唸り出す。
 怨嗟渦巻く熱き血潮が身も心も黒くただれさせる。
 たましいまでも灰燼に帰する熱が叫ぶのだ。
 殺せ、殺せ、ぶっ殺せ!
 死を以て黙らせろ!

 怒りに飲まれる心地よさは幼い頃から知っている。
 心のざわめきが、筋肉を強張らせ、
 内臓を引きつらせ、神経に痛みを走らせる。
 苦しいが、同時に生命の喜びも感じる。

 私の耳に響く心臓の鼓動はいつも怒っている。
 この怒りをもっと聞きなさいよと怒鳴っている。
 さっさと早くあいつらの頭を
 叩いて叩いて叩き潰してよって泣き喚いている。

 私はドキドキする心臓の鼓動に合わせて、
 片手で鷲掴みにした家族の頭を
 何度も何度も床に叩きつける妄想に耽った。
              (250315 心のざわめき)

3/14/2025, 1:07:14 PM

「芸術は遺伝するんだ」
 そう女は胸を張って言った。男は、相手の恍惚とした表情を読み取り、その言葉を言いたくて仕方なかったのだろうと察した。
 女の話した内容は、彼の書いた小説に近しい作品のあらすじだ。戒厳令時代の台湾で、ある生徒の実際に起きた事件を物語った。その物語は、彼の小説とよく似ていた。
 大陸地域に伝わる奇談を好む彼は、その中からある不可思議な女の怪奇物語を書いた。一定の年齢まで何度も若返ってしまい、再び老人になるまで墓守をする女の話である。事件を起こしてしまった台湾の女生徒も、自らの罪を認めるまで廃校を彷徨う亡霊と化した。
「不老不死の霊薬を求めた者の末路は悲惨だな」
「そう見えるかもしれないし、本当のことを言えずに苦しんで、嘘を背負い続ける罰を受けていると思うよ」
「お前は、本当にそう思っているのか?」
「もちろん。そうやって、人を疑う君が何より真実を求めているじゃないか。本当は話を聞いてて、自分と同じ物語を書いた人がいて喜んでいるでしょ」
 彼女は気分良く、女生徒が弾いたピアノの曲を鼻歌混じりに指で叩いた。静寂な図書館の中で、彼女の鼻歌と叩く指の音が微かに響き渡る。
 2人が座っているソファの間にある肘掛けの上で、女は夜の雨に振る花の曲を弾いた。男は自然とその指先を見つめた。ふと、自分の手を彼女の指の近くに添えた。肘掛けの木板を鍵盤にして叩く彼女の指が不意に触れる。彼は、指先に伝わった振動が胸の神経を震わせたのを感じた。その震えは今も胸の中に響いている。
「俺なんかに、他の奴らの芸術的遺伝とやらがあるわけないだろう」
「もっと素直に喜べば良いのに。君だって探していたでしょ。自分と同じ物語を書く人を」
「はあ、なんでこんな奴に俺の作品を読まれてしまったのか」
 男の指先が勝手に叩き出した。女が奏でた夜雨の花の歌を知らぬ間にか弾いていた。無意識下にあるたましいの高揚が、彼の指先を狂わせる。
「そこはね、薬指で叩くんだよ」
 女の人差し指が男の薬指に当たった。面食らった彼は、失っていたはずの恥じらいを思い出し、誤魔化すように鼻で笑う。胸の内で歓喜する彼は照れ隠しに背を向けた。
               (250314 君を探して)

3/13/2025, 12:46:33 PM

 私の耳も首も腕も純潔にみがく
 透明なアクセサリーが似合う人であり続けたい。

 全ての色彩を映し出す多彩さ。
 多くの景色を取り込む包容さ。
 あらゆる光を輝かせる器用さ。

 私の肌も髪も姿も純粋に照らす
 その素直な色彩が似合う人として生き続けたい。
                  (250313 透明)

3/12/2025, 12:48:45 PM

 この身が絶えれば地面に伏し、生存活動を停止した身体は石と化す。
 機能停止した内臓は、だんだんと腐っていき、骨を崩し、筋肉を裂いて、皮膚を突き破って、露わになる。
 鳥獣たちが、まだ温かな肉を噛み締め、ついばめ、腹を満たしていく。
 頭蓋骨を叩き出し、液状の目玉を啜り出し、臍の穴から腸を引き摺り出す。
 カラスは、その肉片と首から溢れた鮓答の白石をくちばしに咥えて飛び立った。
 やがては腐臭を周囲に漂わせ、獣たちがどんどん遠ざかっていったその時、体液に住まう微生物たちが、蛆虫となって成長し、宿主の肉を貪っていく。
 一生蠅にならぬその身をただただ肥やし続け、いつかは破裂し、余った肉塊と一緒に腐って溶けていく。
 溶けた血肉は、地面を覆うように染み渡っていく。
 赤黒くなった土からは草木が生え、体液を染み込んだ養分を吸い上げる。
 50kgの肉塊すべてを抱擁した地面は、ふたたび土色に戻った。
 屍体から生まれた草木は、陽光を浴びて、その豊かな緑を輝かせている。
 輝きに満ちた草木から花が咲き、太陽に向かって笑っている。
 これが、たましいとなった私の初めての春だろう。
 アメノウズメが、思わず裸になって踊りたくなる春がふたたびはじまる。
           (250312 終わり、また初まる)

3/11/2025, 1:43:27 PM

 星を見てみよう会に参加した彼女は、参加理由を尋ねられると思い、1週間前からあれこれと考えていた。だが、主催者は理由を尋ねて来なかった。参加しただけでも充分だと満足そうに語った。
 天空型シェルターに生成AIが作った星空の映像が映っている。100年も変わらずに、星が点々と不規則に散らばって、チカチカと眩しく瞬いている。公共施設内にある談話室のベランダから参加者たちはシェルターを見上げた。
「では改めて、星とは本当はどんなものだろうか。皆の意見を聞かせてくれないかい」
「そんなのAIの星なんかよりもずっーとキレイ。紙媒体の本に載ってた星空の写真がさ、もうめっちゃキレイだった!」
「えっとね、飴みたいに美味しいらしいよ。コンペイトウっていうお菓子が、星を元にして作られたみたい」
「あー、俺のじいさんが教えてくれたよ。道端に転がってる石が星の名残だってさ。案外星って汚いもんだな」
「手話が出来るピエロ」
 予期せぬ回答に主催者は戸惑った。どういう意味かと虹色の髪をした少女に尋ねた。
「アニメで観た。耳の聞こえない子が、手話したピエロにyou are starって言ってたよ」
「なるほど、確かにそれも星だ。さて、新入りくん。君が思う星は何か聞かせてくれないかい」
 彼女は言葉を詰まらせた。星を見てみよう会の参加理由ばかり考えていたので、なんと言おうか迷っている。主催者は気を利かせて、星に向かって言ってご覧と指を指した。周囲の視線を逸らして、顔を上げた彼女は星を眺めた。すると、自然と言葉が出てきた。
「お母さんがいるところです」
「君のお母さんは星なのかい」
「はは、それこそユーアースターじゃん!」
「そうですね。確かにお母さんは星です。3年前にシェルターの不具合で、故障した穴から酸性雨が漏れ出して、お母さんが頭から雨に当たって溶けて亡くなりました」
 周りは、写真好きの高校生の明るい調子に乗ろうとしたが、新入りの不幸な家庭事情に黙ってしまった。主催者も口に手を当てて言葉を失っている。
 天空型シェルターの故障による事故は、約160万分の1とAIで証明された。宝くじの一等を当てるよりも確率が低いとは言え、0%ではない証明でもある。
「新入りくん、嫌なことを思い出させて申し訳ない。君のお母さんの為に、お悔やみを申し上げよう」
「ありがとうございます。三回忌を済ませたので、もう大丈夫です。それに皆さんの星を聞いて、やっぱり私のお母さんは星なんだなと納得しました」
「えっと、新入りちゃんのママはコンペイトウみたいってこと?」
「お前、こんなシリアスな場面で笑うなって」
「ふふん、もしかしたらピエロかもよ」
 石頭の男は、2人の笑い声に呆れ返った。新入りは彼らの気の置けない仲に微笑んだ。
「はい、そうです。お母さんは、生成AIでは生み出せない綺麗な目をしていました。遺影に映るお母さんの笑った目は本当に綺麗です。それと、お菓子作りも得意でした。よく白砂糖を星に例えて美味しいお星さまと言って舐めてましたよ。ただストレスを溜め込む癖があったので、首の周りに石も溜まってました。でもお母さんは前向きに、いつか鮓答となって綺麗な石になれたら良いねと願ってました。お母さんは、手話でよくおはようって言ってくれました。人差し指を軽く曲げて、今日も起きられて良かったねって毎朝私に挨拶してくれました」
 新入りの彼女は、ずっと空を見上げていた。シェルターの向こうにある、100年前から隠されてしまった本当の星空を眺めていた。
 薄暗い周囲から微かに啜り泣く声が響く。主催者は、自分の回答を持って今日の会を終わりにしようとした。
「新入りくんの星は、本当に綺麗だ。実に素晴らしい。私も自分の瞳が、あのシェルターの向こうにある本当の星空から覗いてくれていると夢見ているよ」
 主催者は、内蔵型ゴーグルを通して、空を見上げた。ゴーグルには星座と星の光年数、星々の寿命と明日の天気など情報で埋め尽くされている。
「主催者さんの目が空から見てくれているなんて、まるで神さまみたいで安心できますね。私、この会に参加できて良かったです」
「それは良かった。雨天決行の何でもありな星を見てみよう会だ。この会はいつでもやってるからまたおいで」
 主催者のゴーグルには、新入りの表情を示すデータや心拍数、瞬きの回数などが表示された。好感を示すAIのデータに彼は眉をしかめる。いつか本当に、自分の目で人そのものを見定めたいと自身のまなこである星に願った。
                   (250311 星)

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