犬は暗闇の家に戻ってきた。
リビングの一角にある犬小屋に入る。
小屋の中にあるパソコンを見つめて息をひそめる。
そうして、橋の下から産まれた鬼子の帰宅を怯えながら見届ける。
鬼子がいなくなればおやつの時間だ。
3秒に1個消えるケーキを貪り、歯と舌と喉をぐちゃぐちゃと鳴らす。
飼い主が用意した餌には手をつけられない。
犬だから火に怯えて点けられない。
電気もガスコンロもマッチの点け方も何度しつけても覚えられない。
その癖にタバコのライターの点け方は知っている。
そもそも餌の場所さえも覚えられない。
どんなにご馳走を用意してくれても、飼い主が直々に用意したものでは無いと食べられない。
そう勝手に自分で自分をしつけている。
母は叫ぶ。ご飯よとイヤホンを差す犬にそう叫ぶ。
犬は生返事をして、ネットの掲示板に遠吠えを打ち込む。
月に吠えない犬に、セント・ニコラウスからの金貨は贈られなかった。
(241225 クリスマスの過ごし方)
林檎の皮をしゅるしゅると親指のナイフで剥いていく。
明日食べられる鶏は何羽いるだろうか。
明日天に召される鶏は何羽いるだろうか。
明日ゴミ箱に投げ入れられる鶏は何羽いるだろうか。
林檎の皮をしゅるしゅると人差し指のナイフで剥いていく。
特別な日だからと言って、
腹の中に鶏を詰め込む人は何人いるだろうか。
サンタクロースやキリストを、
晩餐に招かず鶏を食べる人は何人いるだろうか。
頭の中にも鶏を詰め込んでコケコッコと騒ぎ、
聖なる夜をけがす人は何人いるだろうか。
林檎の皮をしゅるしゅると薬指のナイフで剥いていく。
知恵の実を食べても胃の中に転がり落ちるのみ。
私たちの食道にはリリスが巣食っている。
底無しの欲に未だイブの純真は貪り食われている。
しゅるしゅると林檎のリボンはみな蛇になった。
(241224 イブの夜)
東と西の潮流に産まれた私は、
塩竈の不二子ばあちゃんからは
藻塩の如き色白の肌を、
福岡の恵美子さんからは
東風吹く丹青の薔薇の着物をいただいた。
二人の祖母からの天上の贈り物を
赤し白し青し黒しと羽織ってみたら、
私自身が古今東西のたましいに祝福される
プレゼントになっていた。
(241223 プレゼント)
母が買ってくれたゆず酒の香りを忘れた。
母が用意してくれたゆず湯の匂いも忘れた。
自分で選んだゆずの練り切りの味さえも忘れた。
ゆう空から柚子の一つをもらふ、
そう詠った山頭火の句までも、
今日まですっかりと忘れていたから、
きっと私のたましいの形に、
ゆずは当てはまらないのでしょう。
あともう少し黄味が薄ければ、
お月さまとなってずっと愛していたかもしれない。
(241222 ゆずの香り)
たいくう、天空の輝きに私の眼が灯ったのはいつだったか。
たいくう、青空を二つの眼で見上げてもうつろなノイズが走るよ。
たいくう、朝空に伝う蜘蛛の糸はみな電子情報網になってしまった。
たいくう、手のひらをあたためる雀が飛ぶ夕空はどこにあるの。
たいくう、移ろいやすい虚空はブルーライトを浴びた瞳には笑って泣きたくなるほどに痛いよ。
たいくう、夜空しか見上げられない淋しさに熱は冷めていく。
たいくう、私もいつかは自然湧き上がるあらしの闇に眼が灯るだろうか。
たいくう、あなたが見たよい月を私もひとりで見て寝るよ。
おやすみなさい大空。
(241221 大空)