東と西の潮流に産まれた私は、
塩竈の不二子ばあちゃんからは
藻塩の如き色白の肌を、
福岡の恵美子さんからは
東風吹く丹青の薔薇の着物をいただいた。
二人の祖母からの天上の贈り物を
赤し白し青し黒しと羽織ってみたら、
私自身が古今東西のたましいに祝福される
プレゼントになっていた。
(241223 プレゼント)
母が買ってくれたゆず酒の香りを忘れた。
母が用意してくれたゆず湯の匂いも忘れた。
自分で選んだゆずの練り切りの味さえも忘れた。
ゆう空から柚子の一つをもらふ、
そう詠った山頭火の句までも、
今日まですっかりと忘れていたから、
きっと私のたましいの形に、
ゆずは当てはまらないのでしょう。
あともう少し黄味が薄ければ、
お月さまとなってずっと愛していたかもしれない。
(241222 ゆずの香り)
たいくう、天空の輝きに私の眼が灯ったのはいつだったか。
たいくう、青空を二つの眼で見上げてもうつろなノイズが走るよ。
たいくう、朝空に伝う蜘蛛の糸はみな電子情報網になってしまった。
たいくう、手のひらをあたためる雀が飛ぶ夕空はどこにあるの。
たいくう、移ろいやすい虚空はブルーライトを浴びた瞳には笑って泣きたくなるほどに痛いよ。
たいくう、夜空しか見上げられない淋しさに熱は冷めていく。
たいくう、私もいつかは自然湧き上がるあらしの闇に眼が灯るだろうか。
たいくう、あなたが見たよい月を私もひとりで見て寝るよ。
おやすみなさい大空。
(241221 大空)
紅茶珈琲の白煙をかき消すベルの音を叩いて早150年。
大西洋に歌うセイレーンのような指で摘まれ、そよ風のエアリエルをふるわせ鳴り響く呼び鈴の歌声を、私はいまだ聞いたことがない。
どんなに見目麗しい人がウエイターに向かってリンリンとベルを鳴らしても、和紙のような空気に満たされたこの国では、猫の首輪の鈴の音にしか聞こえない。
だらしない飼い主の家から、堂々と外へ闊歩していくお猫さまのお通りだにゃといたずらに鈴の音が、150年以上前から私の遺伝子の中で鳴り響いている。
(241220 ベルの音)
お前はなぜ寂しいと叫ぶのか。
3畳ほどの小さな喫茶店のこれまた小さな真ん中で
白と茶だけで彩られた白壁と木材のテーブルに向かって
はにかみ屋の店主の優しき手からつくられた華やかなパフェの前で
桃の薔薇が咲き誇り、クリームとチーズとゼリーが愛し合って重なり合うデザートを口にしても
熟れた果実の甘き酔いしれ、濃厚な牛乳の芳醇さ、店主の手のひらから溢れた血潮を味わっても
まだら模様のクリームに輝くパフェグラスをガラス破片から熱して膨らませた職人の顔も見ずに
向かい席にいる友人がいながら、私たち2人で一緒に来て良かったわねと世界中に聞こえるように叫んで
数多の生命に溢れる小さき喫茶店で、よくもまあ孤独を感じ取ったものだ。
たましい光る象牙の塔を内臓に詰めても、お前のこころは寂しさで埋め尽くされている。
(241219 寂しさ)