真宵子

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1/3/2026, 6:24:02 AM

「書き初めだる〜……」
横で嘆く友人をしらけた目で見ながら、黙々と墨を磨る。とぷん、と硯に墨が溜まる頃には、飽きた友人がゲームを始めていた。
「……おい。人に墨磨らせといてゲームとは、良いご身分だな?」
「うおっ……びっ……くりしたぁ……ごめんって!ほ、ほら!さっさと課題終わらそうぜ!」
先生の気まぐれで出された、書き初めの課題。お題は、今年の抱負。抱負なんて現代を生きる俺たちはそうそう考えないし上、まず書き初めも面倒だ。さっさと墨汁を使えばよかったのに、なんてわざわざ墨と硯を持たせてきた母を恨めしく思いつつ、友人に腕を引かれて新聞紙を敷いたリビングに座った。
「マジ床汚すと母さんに殺されるからお前ら絶っ対汚すなよ?」
リビングを提供している彼が、厳重に、何層も新聞紙を重ねながら俺に釘を刺してきた。
「……汚さねぇよ。お前じゃあるまいし。」
「今俺のことバカにしなかった?」
ことりと二人の中心に墨でいっぱいの硯を置き、二人並んで半切の紙に向き合う。何を書くか、俺はもう決まっていた。
しばらく、墨の香りと筆が紙に触れる音だけが響く。友人はもう書き終わったようで、筆を洗いに行っていた。
「お、お前も終わった?じゃあじゃあ、何書いたか見せ合いっこしようぜ!」
小さく頷き、立ち上がる。しばらく正座のままだった足は、少し痺れていてくすぐったかった。
「お前のは……健康第一……爺ちゃんかよ!」
ゲラゲラと笑ってくる友人にむっとしつつ、彼の紙を見下ろす。でかでかと書かれた四字熟語は、「一攫千金」。
「……なんでこんな難しい字にしたんだよ……」
「え?だってお金欲しいし!」
彼らしい、自信に満ちた大きな字。習字としては綺麗な字だとは言えないが、迷いのない線や字の大きさが、なんとなく真っ直ぐな彼の字らしいな、と思わせた。
「つかお前字綺麗すぎね?普段俺より汚いのに。」
「……普段は崩して書いてるだけだし……」
いつも通りの軽口。こんな日々が続けたくて、あんな老人じみた抱負を描いたのを目の前の屈託のない笑顔に言うのは、なんだか癪なので黙っておくことにした。

テーマ:今年の抱負

1/2/2026, 7:20:07 AM

「あけおめーっ!」
「うるせぇ。……まぁ、おめでと。」
新年早々喧しい友人達と落ち合って、大きめの神社に初詣に来た。それはいいのだが、新年だからなのか、日頃から煩い友人は輪にかけて煩さを増している。
やけに耳に残る雅楽を聴きつつ、長い長い参拝の列に俺達も加わった。
「あ!あそこフルーツ飴ある!俺りんご飴食べたい!」
「お前いつもりんごが不味いって言って残すだろ。却下。」
「まぁまぁ……あ、ほら。いちごとかあるよ?そっちにしたら?」
幼稚すぎる一人と、冷静すぎるもう一人は相変わらず相性が悪い。適当にその場を宥め、3人でぎゃいぎゃい騒ぎながら、ゆっくりと進む列が消化されるのを待っている。
「ねー、2人はさ。お参りで何お願いすんの?俺はねー、億万長者になりたい!」
「……それ言ったら意味なくなるんじゃなかったっけ。」
「うそー!?」
コントのような掛け合いを、喧しいとは思いつつ、なんだかんだ笑顔で見守る。ころころ変わる表情は見ていて飽きないし、冷静すぎるツッコミがシュールで謎の笑いを誘ってくる。
「まぁ、どうせ叶わない夢だし変わんないって。ほら、前進んだよ。」
「さらっと今酷いこと言った?」
じりじりと、列が進んでいく。屋台から漂ってくる香りの誘惑に負け、一人ずつ交代で買ってきたりもした。
「結局いちご飴にした!」
「……まぁ、残さないならいい。」
ぶっきらぼうに言いつつも、口の端に付いた飴を拭いてやっている。なんだかんだ気の利く奴だ。
「お、そろそろじゃん?」
気付けば、あと2、3人で俺達もお参りができそうだった。何も考えていなかった俺は、慌てて願い事を考える。
「……よし!」
3人で賽銭を投げ、二礼、二拍手、一礼。俺が一番最初に願い事が終わって、顔を上げた。2人はまだ願っているようで、頭を下げている。
その顔を見ながら、俺はまた頬が緩んでしまった。
(……ずっと、3人で居られますように。)
もう一度神様にお祈りして、ようやく顔を上げた2人と一緒に、もう一周屋台を周りに足を向けた。

テーマ:新年

12/31/2025, 7:24:00 AM

「……一年終わんの早ぇ〜……」
大掃除をするでもなく、友達を呼んで年越しに備えるでもなく、一人でぼーっとコタツに入って寝転がっている。机の上は、食べ終わったみかんの皮が山のように積まれ、コンビニの鍋焼きうどんのゴミがそのまま放置されている。電気を付けるのが面倒で、カーテンも開けっぱなしだし、部屋の光源はテレビのみだ。
「……なんで年越しなのにうどん選んだんだろ……」
全然年末らしいことをしていないことに、若干の焦りが出てきた。しかし、もう時刻は夜にほど近い夕方。何かするには少し遅い時間だ。
結局何もやる気は起きず、起こしかけた上体をまたぼふりと床に沈ませる。薄いのに何故か離れられない座布団が、俺の身体を迎え入れた。
「……蕎麦くらい食べるかな……」
遂に起き上がるのも億劫になって、寝そべった姿勢のまま這うようにして戸棚まで異動した。服に埃が絡んだ気がするが、大掃除ということで言い訳を作る。
「……カップのやつだけど……まぁ……食べないよりは……」
既に夕飯は食べたが、年末くらいいいだろうと己に言い聞かせてインスタントの蕎麦にお湯を注ぐ。ふわりと香った出汁の香りは、やはり食欲をそそられた。
またみかんを剥きながら3分を待つことにして、机の上の皮の山をまた少し高くする。食べ終わる頃には丁度良く3分ほど経っていた。
一口啜って、ふやけた天ぷらを齧る。本来は後入れだが、このふやけて柔らかくなった食感が好きな俺はいつも先入れだ。
「うま……」
ずるずると一人寂しくインスタントの蕎麦を啜り、テレビで垂れ流しにしている大して面白くもないバラエティを眺める。あまりにつまらないが、あまりに贅沢ないつも通りの年末だ。
「……来年はもっといい年末にしよ……」
去年と同じ抱負を抱き、食べ終わった蕎麦のカップをまた机に放置する。窓の外を見れば、あと数十分で年が変わるというのに少しも見た目の変わらない、満天の星空があった。
「……お、今の流れ星じゃね……?」
金、なんて可愛げもない願いを早口で唱え、暗い室内で空を眺める。
案外、こんな怠惰な年末も悪くない、かもしれない。毎年行き着く結論を出して、星に包まれたボロアパートの一室で、俺はまた、大して変わらない新年を迎えるのだった。

テーマ:星に包まれて

12/30/2025, 7:37:08 AM

「っ……もう知らないっ……」
バタン、とドアの乱雑に閉められる音がして、さっきまであった気配が消えた。やってしまった、と頭を抱え、冷静になろうと水を飲んだ。
初めは、ほんの些細な口論だった。彼の帰りが遅くなって、それに少しだけ腹を立てた俺がちくりと棘のある一言を言ってしまった。子供じみた嫉妬心からの、どうしようもない癇癪だった。
数年前に仕事で心を病んだ彼は、実家にも戻りたくないと言って俺の家に転がり込んできた。元々仲のいい幼馴染同士で、俺は仕事が忙しくて家事が殆どできていなかったからありがたいまであった。
そんな彼も最近は立ち直れてきたのか、以前は俺に任せていた買い物も一人で行けるようになり、短時間ならバイトもできるようになっていた。彼がまた俺の元から離れる日は近い。そんな焦りも、俺の心を蝕んでいたのかもしれない。
彼とのトークルームにメッセージを連投しても、返事は無い。既読さえ付かない。当然か、と溜息を吐いて、彼を探しに、俺はコートを雑に羽織った。
コンビニ、スーパー、公園、果てには路地裏まで、本当に隅々まで探した。けれど彼は居なくて、焦燥がじわじわと俺の心を苛んでいく。湿った溜息を一つ零して、微かな希望を持って家に戻った。
その希望は、案外あっさり叶った。玄関先に、彼らしくもなく雑に脱ぎ散らかされた靴。苦笑いしながら靴を揃えて、そっとリビングへ足を踏み入れる。そこには、クッションを抱いてソファの上に丸くなり、わざわざ寝室から持ってきたのか毛布に包まった彼の姿があった。
「…………ごめん。」
もふもふとした毛玉と化した彼を、後ろからそっと抱きしめて囁く。もぞりと彼が腕の中で動いて、子供っぽくむくれた顔がひょこりと覗いた。
「…………ケーキ。」
「買ってくる。」
「……洗濯。」
「一週間俺がやる。」
「……ん。」
どうにか許しを得て、安堵した俺は彼の肩口に頭を預けて大きく息を吐いた。
カチリ、カチリと秒針の音だけが響く、静寂のリビング。そこに横たわっていた喧嘩で張り詰めた緊張感が、静かに静かに、終わりを告げた。

テーマ:静かな終わり

12/29/2025, 7:31:58 AM

旅に出る、ことにした。行き先も、目的も、特に無い。ふわふわと無意味に生きてきた僕の、ふわふわとした無意味な旅だ。
手提げのトランクケースに、必要最低限の荷物を詰め込む。お金を全て下ろしきって、分厚いそれをトランクの底にしまい込んだ。どれだけの期間出るかも分からない。ひたすらに、何か居場所が欲しくて、まだこの刺激的な世界を揺蕩っていたかった。
最寄り駅からでは味気ないので、少し歩くことにした。大きめのトランクは、町中ではそれなりに目立つ。旅立つには随分な軽装だが、僕はもうそんなことどうだってよかった。
最寄り駅から二駅歩いて、そこから電車に乗り込む。降り
たのは、名前もよく知らない、よく分からない山中の無人駅だった。周りには特に何があるでもなく、小さな集落がぽつりぽつりと点在している。それらを繋ぐ細い道を辿れば、ちょっとした大通りに出た。
大通りを伝って山を下ると、少し栄えた町が広がっていた。もう日も沈みかけていたので、何か宿でも無いかと歩き回ってみる。宿なんかなくたって、正直よかった。野宿だって、僕は別に厭わない。
結局、古びたホテルを見つけてそこに泊まった。よほど客が珍しいと見え、チェックインの手続きも久々なのか、店員側が不慣れだった。
清潔で管理の行き届いた客室は、しかしやはり埃っぽい淀んだ空気をしていた。窓を開け放てば、都会には無い、鳥の声と澄んだ静かな空気がふわりと流れ込んでくる。
ようやく息を吐けた気がして、上着もそのままにベッドに倒れ込んだ。これからどこに行こうか、どうやって移動しようか。何も決まらない。
多分、死んでもよかった。だから、山中で野宿するのだって別に厭う必要はなかった。あの灰色の都会で忙殺されて、没個性のまま消えたくなかった。
この田舎町の空気を吸って、騒がしい鳥の声を聞いて、僕は少しだけ、ほんのりと淡く色付いたようだ。透明だった僕に、薄っすらとした輪郭が生まれた気がする。
心のままに動くこの旅は、もう少しだけ続きそうだ。電話の鳴り止まない携帯は、嫌になって電源を切った。僕は、もう少しの間だけ、心のままに、穏やかに、海月のようにこの世界にゆったり流されていたかった。

テーマ:心の旅路

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