作家志望の高校生

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7/31/2025, 10:37:24 AM

夜。することも無かった俺は、部屋に籠もって適当な漫画を読んでいた。夏休み真っ最中の今、友達と遊んでいる奴らも多いのだろう。しかし、生憎俺は友達が多くない。だから夏休みだというのに、一人寂しく部屋に籠もることになったのだ。元々人付き合いは得意でないし、一人も苦にならないタチの俺は、別にそれでもよかった。SNSに上がった同級生達の青春っぷりを見ていると、少し胸が痛む気もしたが。そんなことを考えていると、ピロン。と間抜けな音を立ててスマホに通知が来た。開くと、見覚えのある文体。文字だけなのにやかましくて、少し馬鹿っぽい文章。
『おきてるー?明日ヒマなら遊ぼーぜ!9時にお前んち行くから!』
暇かと聞いてくる癖にもう家に来るつもりでいるあたり、俺が暇だと決めつけている。事実暇だが。『了解』と書かれた札を持った、可愛らしい黒猫のスタンプを返してスマホを伏せる。時計を見れば、随分時間が経っていたようだ。そろそろ日付が変わる頃だった。もう寝よう、と開いていた漫画を閉じ、目を瞑った。

翌朝、うるさいくらい連打されるインターホンの音に飛び起きる。時刻は8時45分。急いで着替えて出ると、案の定彼だった。
「ちょっと早く着いちった!今日あっちで祭りあんだって!行こうぜ!」
向日葵によく似た笑顔で言われて、文句を言おうとしていた口も塞がれてしまった。
「……はいはい。」
適当な返事をして、玄関先にしゃがみ込む。久々に真っ正面から浴びる朝日と、彼の笑顔が眩しくて、靴紐を結ぶためと装って顔を伏せた。

テーマ:眩しくて

7/30/2025, 10:27:19 AM

「ごめん!今日先帰ってて!」
彼は両手を合わせながらそう言う。俺は一瞬ぽかんとした表情を浮かべたが、それもすぐにいつもの仏頂面にもどってしまった。
「……わかった。」
俺の返事を聞くや否や、彼は目を輝かせてからどこかへ走り去っていった。彼の他に一緒に帰る友達も居ない俺は、しばらくぼんやりとしたまま窓から外を眺める。ふと、校門の方で彼の姿を見つけた。どうやら彼は誰かを待っているらしい。忙しなく動き回り、ソワソワとした様子の彼は、誰がどう見ても浮かれていた。しばらくして、彼の元に一人の女子生徒が駆け寄る。2階から見ても分かる2人の顔の赤さに、きっと彼らは恋人同士なのだろうと容易に想像がついた。それ以上その光景を見ていたくなくて、俺は乱雑に鞄を掴んで昇降口へ向かった。中身はいつも通りのはずなのに、左手の鞄はやけに重かった。
その日の夕方、彼が家の戸を叩いた。間の悪いことに、今日は家に俺しか居ない。仕方なく出ると、彼はタッパーの入った袋を差し出して笑った。
「これ、こないだお裾分け貰ったときのやつ!返しに来た!」
屈託のないその顔を見ていると、どうしようもなく息が詰まって、視界が滲んできた。ああ、彼が困惑している。当たり前だ。突然、目の前の奴が泣き出したんだから。それでも、俺の涙を止めるのはできなかった。彼のよれたTシャツの襟を掴んで引き寄せ、そのままきつく抱き留める。彼の困惑が深まったのを肌で感じた。
「え?ど、どうした……?」
彼が戸惑いながらも、優しく背を撫でるから、余計に離したくなくなった。彼の鼓動と、泣いたことで上がった俺の体温が、流れる涙を加速させる。
「……一人に、しないで……」
絞り出すような俺の声は震えていて、酷くみっともなかった。彼はそんな俺を、ただ黙って受け入れてくれていた。

俺は知らなかった。あの女子生徒と彼は付き合っていなかったことも、彼の肩に顔を埋める俺の頭を撫でながら、彼が歪な笑みを浮かべていたことも。俺達の間に伝わる鼓動と熱がどちらのものなのか、それは皆目見当も付かなかった。

テーマ:熱い鼓動

7/29/2025, 10:29:14 AM

鏡の前で、その時を待つ。古びた懐中時計と顔を見合わせながら、ひたすらに。カチ、と長針が12の目に重なる瞬間、僕は鏡に手を沿わせる。パチリと瞬きをする間に、僕はまたこの世界に入ってくることができた。
「よっ!また来たな!」
後ろから声を掛けられる。振り向けば、彼はそこに居た。午前2時丁度にしか会えない彼は、僕の兄だと言う。最も、僕に兄など居ないが。
「……うん。」
別に、兄を騙るこの人が誰でも、僕には関係ない。人なのかも怪しいところだが、そんな彼が僕の支えになっていることは間違いない。見知った景色をそのまま反転させたようなここは、僕と彼以外には誰も居ない。何にも怯えなくていい空間は、僕にとっての理想そのものだった。
「今日はいつまで居る予定なんだ?」
彼が問う。どうせ明日は休みだ。少しくらい長く居たって構わないだろう。
「……朝まで居ようかな。」
それから僕達は、くだらない話をして時間を過ごした。ふと反転した時計を見れば、時間はもう4時になろうとしていた。
「あ……そろそろ、帰らなきゃ。」
僕がそう言うと、珍しく彼は僕を引き止めた。彼が捨てられた子犬のような目で僕を見つめるものだから、つい思ってしまった。帰りたくない、と。
『帰りたくないなら、帰らなければいい。』
彼のもののような、僕のもののような声が聞こえる。ふと時計を確認すると、時刻は4時4分だった。彼がニヤリと笑った気がした。ああ、やってしまった。僕はもう、帰れない。帰るタイミングを逃してしまった。絶望的な状況のはずなのに、どこか安心感を覚えている自分が居る。もしかしたら、僕がタイミングを逃したのはわざとだったのかもしれない。そんなことを考えながら、僕は彼に手を引かれ、今まで入れなかった反転した扉の奥に足を踏み入れていた。

テーマ:タイミング

7/28/2025, 10:19:54 AM

「あ゙ー、つっかれたー……」
そう言って寂れた無人駅のベンチに座り込む彼を横目で見つめる。走ったせいかほんのりと色付いた肌が、濡れたシャツに透けていた。
「急に降ってきたしね。……あ、タオル使う?」
季節は6月も後半。ようやく梅雨が明け、身を焦がすような日差しが降り注ぐ。向日葵と蜃気楼が町を埋め尽くしていた。そんな中、夕立に降られて濡れ鼠になった僕達は、ただ雨止みを待っている。今日見た野良猫の話に、多すぎる夏休みの課題の話。そんなくだらない話をしている間に、雨はすっかり止んでいた。
「お、晴れてきた!虹出るかな?」
見た目の割に幼稚な彼は、空を見上げて辺りを見回していた。僕はそれに無関心そうな態度を取りながら、彼の目を盗み見る。眼下に広がる街の、赤い屋根の色。地面に芽吹き光を浴びる、草花の緑色。太陽に顔を向け咲き誇る向日葵の、目も冴えるような黄色。その全ての色が彼の瞳に映って、複雑に混じり合う。
「さあね。……でもまあ、お前が見たいなら付き合ってやるよ。虹探し。」
彼はきっと、この虹に気付くことはない。この虹を知っているのは、僕だけで十分だ。そんな微妙な独占欲を抱いてしまった僕は、彼の手を取って立ち上がる。どうせなら虹の根元とか見たくね?なんて彼が言うから、行き先は何も無さそうな海を選ぶ。ガラガラのダイヤから乗れそうな便を探して、古びた券売機で適当な切符を買った。そして僕達は、乾ききらない制服のままで、虹の根元を探しに列車に飛び乗った。

テーマ:虹のはじまりを探して

7/27/2025, 12:11:38 PM

長い事彷徨っていた。カラカラに乾ききった砂漠みたいな人生で、迷い続けてきた。誰かから注がれる愛情も、視界を彩る色彩も。全て、涸れて渇いていた。どれだけ水を求めても、僕の杯は満たされない。ずっとずっと、そうして生きていた。歩き続けて、長い時が流れて。ようやく見つけた。君に、出会えた。砂漠にぽつんと広がる、広大な湖と草原のような君。僕に愛情と色彩を与えてくれた。君の周りだけは、僕の人生の中で唯一、輝いていた。きっと、周囲を見渡せばまた、目に付くのは色の無い砂漠だろう。でも今は、この美しい色だけを見ていたい。乾ききった景色から目を逸らしながら、この時間が永遠になればいいのに、と望んでしまった。

テーマ:オアシス

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