「ごめん!今日先帰ってて!」
彼は両手を合わせながらそう言う。俺は一瞬ぽかんとした表情を浮かべたが、それもすぐにいつもの仏頂面にもどってしまった。
「……わかった。」
俺の返事を聞くや否や、彼は目を輝かせてからどこかへ走り去っていった。彼の他に一緒に帰る友達も居ない俺は、しばらくぼんやりとしたまま窓から外を眺める。ふと、校門の方で彼の姿を見つけた。どうやら彼は誰かを待っているらしい。忙しなく動き回り、ソワソワとした様子の彼は、誰がどう見ても浮かれていた。しばらくして、彼の元に一人の女子生徒が駆け寄る。2階から見ても分かる2人の顔の赤さに、きっと彼らは恋人同士なのだろうと容易に想像がついた。それ以上その光景を見ていたくなくて、俺は乱雑に鞄を掴んで昇降口へ向かった。中身はいつも通りのはずなのに、左手の鞄はやけに重かった。
その日の夕方、彼が家の戸を叩いた。間の悪いことに、今日は家に俺しか居ない。仕方なく出ると、彼はタッパーの入った袋を差し出して笑った。
「これ、こないだお裾分け貰ったときのやつ!返しに来た!」
屈託のないその顔を見ていると、どうしようもなく息が詰まって、視界が滲んできた。ああ、彼が困惑している。当たり前だ。突然、目の前の奴が泣き出したんだから。それでも、俺の涙を止めるのはできなかった。彼のよれたTシャツの襟を掴んで引き寄せ、そのままきつく抱き留める。彼の困惑が深まったのを肌で感じた。
「え?ど、どうした……?」
彼が戸惑いながらも、優しく背を撫でるから、余計に離したくなくなった。彼の鼓動と、泣いたことで上がった俺の体温が、流れる涙を加速させる。
「……一人に、しないで……」
絞り出すような俺の声は震えていて、酷くみっともなかった。彼はそんな俺を、ただ黙って受け入れてくれていた。
俺は知らなかった。あの女子生徒と彼は付き合っていなかったことも、彼の肩に顔を埋める俺の頭を撫でながら、彼が歪な笑みを浮かべていたことも。俺達の間に伝わる鼓動と熱がどちらのものなのか、それは皆目見当も付かなかった。
テーマ:熱い鼓動
7/30/2025, 10:27:19 AM