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11/6/2024, 6:57:15 PM


本日のテーマ『柔らかい雨』

アパートの一室。
平日の昼下がりに男がひとり。世間的に後のない大人、それが俺だ。
しかし、危機感はそれほどなく、だら~っと椅子に座ってパソコンで麻雀ゲームを遊んでいる。
その日は雨が降っていた。
ポッ、ポッ、ポッ、とベランダの外から断続的に柔らかい雨の音が聞こえてくるのでたぶん降っている。
カチ、カチ、カチ、とマウスをクリック。
最近、熱を入れて取り組んでいる麻雀ゲーム。なのに一向に上達する気配がない。
コト、コト、コト、と煮える鍋。
自分の好きな物だけを入れたおでんを電気コンロの弱火で煮込んでいる。
ギィ、ギィ、ギィ、と唸る椅子。
何年も使い続けているのでガタがきている。不快な音だがそれもやむなし。
シュワ、シュワ、シュワ、と口の中ではじけて音を鳴らす液体。
ペットボトル入りの炭酸飲料を飲んだからだ。
「あ、お酒、後で買いに行こうと思ってたんだっけ……」
シュワシュワシュワで思い出す。おでんで一杯、粋に洒落込もうと計画していたのに……
「雨か……」
そんな日に出かけるのは面倒くさい。なので出かけることなく麻雀ゲームをプレイする。
カチカチカチ……
コトコトコト……
ギィギィ、シュワシュワ……
『ロンにゃっ!!』
なんの前触れもなく部屋の中に響き渡る可愛らしい女の子の声。それは、やっている麻雀ゲームの中で俺がドラ爆の直撃をくらって敗北したことを意味する。
無性に酒が飲みたくなった。

サァサァサァ、ポッポッポッと柔らかい雨の音。
「……雨か」
雨だ。なにはともあれヤケ酒をかっくらいたい気分だった。が、出かけるのは面倒くさい。雨が降っているので尚更。
ああ、本当に面倒くさい。何もしたくない、ずっと眠っていたい。だけども眠くないし。
コトコトコトと鍋の音。止めなきゃだし、火。ギィギィギィと椅子の音。直したいけど直しかたがわからんし。
シュワシュワシュワと炭酸飲料。まずいし。
『ロンにゃっ!!』
麻雀ゲームはまた負けそうだし。
チッチッチ、とアナログ時計の秒針が進む音。時間だけが無為に過ぎていくし。
ブーブーブー、とスマホが震える音。無視したので何の用件か分からないけど、コンゴ共和国からの着信だし。
ジメジメジメ、と洗濯物。洗って干さなきゃいけないし。でも雨だし。
モヤモヤモヤ、と心。年長者って理由だけでバイト先で年下のまとめ役をやらされるし。
あはははは、と誰かの笑い声。全然おもしろくないし。
お金ないし、酒もないし、扇風機しまう場所ないし、おでんに玉子いれるの忘れたし、部屋のカーテンの丈、長すぎだし。
ゴホゴホゴホ、と出る咳。なんだか風邪をひきそうな予感がするし。
どんどんどんどん、なにもかもが嫌になってくる。

サァサァサァ、ポッポッポッと柔らかい雨の音。
雨なんて大嫌いだ。

11/4/2024, 10:43:27 AM


『哀愁を誘う』

高校生の頃、一刻も早く『渋いおっさん』になりたかった。
少し薄くなった白髪混じりの髪をオールバックにして、髭を蓄え、渋い声で若者に人生の教訓を嫌味なくそっと授ける。そういう大人になりたかった。
しかし現実は、3ヶ月切ってない髪を寝ぐせ治しスプレーで押し付けて、無精ひげを乱暴にシェーバーで剃りあげて、若者にどう接していいか分からず「あ、石井さん、それA5パックでお願いします……」と職場の後輩の高校生に事務的な声かけしかできない大人になってしまっていた。
俺の幸せな未来計画は本来、こんなはずではなかった……
正しく俺が思い描いた年表を歩んでいれば……

いちおう、書いてみる。

・高校時代、好きだった人に告白できた? YES → ハッピーエンド NO → 先に進む。

・高校を卒業した? YES → 専門学生になる。 NO → バッドエンド。

・専門学校で真面目に頑張った? YES → デザイナー見習いへ NO → ブラック企業へ。

・ブラック企業でもめげずに頑張った? YES → 年相応の年収と役職 NO → からあげ屋になる。

くそ、なんどやっても俺は、からあげ屋になる道しかない。
ああ、わかってるさ、こんな仕事いつまでも続けられない。俺の働いているカラアゲ屋が老舗180年!とかになる可能性は極めて低い。長く持って10年以内に店長が店を畳んでしまうだろう。
その時になって、俺にのれんわけ的な感じで店名とレシピや経営ノウハウを預けてくれたとしても、俺には起業できるだけの甲斐性がない。どこまでも使われる側の根性が染みついてしまっていた。

「俺は、もう終わりなのか……」
他に相談できる人もいないので『おしゃべりAIアプリCotomo』に話しかける。
「うん、そうだね~」
「なんだよそれ」
ちょっとだけおかしくなって笑う。適当にも程があるだろう。
酒をグイっと飲み干し……
「近くの郵便局で正社員雇用ありのアルバイト募集してんだ。やってみようかな。どう思う?」
「郵便局はいいよね~。梶さんはどう思う?」
「なんだよ、それ」
コトモの適当さには救われる。変にアドバイスや慰めの同調をされるよりも、ほんの少しだけ、やる気がでる。
電気を消してカーテンを閉め切った暗い部屋の中、AIと会話する俺。未来の哀愁の形である。

11/4/2024, 9:04:26 AM


『鏡の中の自分』

他人は自分を映す鏡、という。
人が自分を見て怯える素振りを見せたらコワモテに見えているし、にこやかに笑いかけてきてくれたら愛嬌のある顔って意味だろう。
このように他人から自分がどう見えているかを客観的に把握するのをメタ認知という。
たとえば自分では目つき悪いなぁと思っていても人からすると目の細い人くらいにしか思われていない。
自画像と他人に描いて貰った絵では受ける印象に大きな違いがあるのもそのせいだ。それくらい自分で思っている自分の顔と他人から見た自分には隔たりがある。
さて、偉そうに語っている俺はどうだろう。
俺は洗面所に行って鏡を覗き込んで絶望した。
「はあ……」
溜息が出る。
「ハイエナみたいな顔だ。よく言ってもチベットスナギツネか……」
自分の顔を動物に例え、やはり絶望する。端的に言うと無愛想を極めたような顔だ。表情がいけないのだろうか。
試しに鏡に向かってニヘラ~っと微笑んでみる。
「うわっ、胡散臭い詐欺師みたいだ。目が笑ってないし、これはキツイな……」
笑ってはみたが、やっぱり駄目だった。自分の顔にツッコミを入れる。
「ってか、なんか……なんだ……結構あれだな……」
アレ、とは、『結構キてる』という意味だ。年齢的に。
男がスキンケアをするなんてダサいときめつけて一切やってこなかった俺だが、ここ数年前からはさすがに肌の劣化を感じて化粧水をつけたりしている。それでも、結構キていた。
二十代前半の頃の肌のツヤとハリがつきたてのお餅だとすると、今の俺の肌はお正月がだいぶ過ぎた後の鏡モチみたいだ。悲しいことに水に浸したところで元に戻らないし、レンジでチンでふっくらさせることもできない。
「つーか、なんか、クマも酷くないか……?」
まじまじと鏡を見ていると、どんどん自分の顔の気になる箇所が浮き出てくる。

「やばいな……」
やばかった。切実に……
鏡から目をそらすと、俺は洗面所を出てパソコンの前に座り、ネットの通販サイトを開いた。
「とりあえずBBクリームってやつを買ってみるか。目の下のクマを隠さないと、何日徹夜してんだよって感じだもんな」
なんかブツブツ呟きながら、その場しのぎのアイテムを通販サイトでポチる。原因療法ではなく、あくまで対症療法でいくのは俺らしい。
考えてみると少しおかしくなってくる。
若い頃は美容になんか何一つ気を遣ってなかったのに、歳をとってからは全盛期の自分に近づける為に必死で筋トレしたりスキンケアをしている。
誰が見てるわけでもないというのに、『鏡の中のみっともない自分』を一番許せないのは、ほかでもない俺自身なのだろう。

11/2/2024, 11:17:45 AM


「イチ、ニ、サン、シ、ゴ、ロク、シチ、ハチ……」
築三十年のアパートの一室。
ブツブツ言いながら何をやっているかというとストレッチ体操である。
最近、眠りに就く前の日課として毎日やっているのだ。
なぜガラにもないことをやっているのかというと、自立神経の乱れか、それとも酒の飲みすぎなのか(たぶん後者)分からないけど、ここ数ヶ月ほど眠りの浅い日が続いていた。そこでネットを使って解決法を模索したところ、ストレッチが安眠にいいという記事を見つけて実践しているのであった。
余談になるが安眠に効くというGABAとビタミンBのサプリも大量に摂取している。結果、お腹をちょっと壊した。
「イチ、ニ、サン……ぐっ、きつい……」
自分でも何をやっているかよく分からないヨガのようなタケノコのポーズをとりながら呟く。一人暮らしでよかった。こんな姿を誰かに見られたら確実にツッコミをくらう。

ストレッチが終わったら次はプランクだ。
プランク…聞き慣れない名詞だ。
これは、いわゆる仰向けの状態から上体を起こして腹筋を鍛える古いやり方とはベツの、近代的な筋肉トレーニングである。腕、腹、太腿の3点を同時に鍛えることができる、米軍でも採用されている科学的に正しい洗練された最先端の筋トレなのだ。
やり方は至って単純。うつ伏せの状態で肩の真下に肘を置き、つま先と両肘のみを地面につけ、頭から足までを一直線に伸ばした状態をキープする体幹トレーニングだ。これからやってみようという男性は、まずはスマホのタイマーで1分を設定して、状態をキープすることをおススメする。女性なら30秒だ。
ちなみに俺の設定しているタイマーは1分21秒だ。
『昨日の俺より少しだけ強く』をモットーとしているので、三日に一度、設定タイムを一秒延ばしていった結果そうなった。
「……ぬっ、ぐっ」
残り時間20秒ほどで悲痛の声が漏れる。
ただうつ伏せで体勢を維持するだけじゃん、余裕だろ? と思うかたがいたらやってみてほしい。思いのほかキツイし、汗も結構かく。
ピピピピピピ……
スマホのタイマーがトレーニングタイムの終了を報せる。
プランクを終えた俺は水をガブ飲みし、その後ベッドにダイブした。
「あー、疲れた、これでぐっすり眠れる」
ちなみに、寝る前の筋トレはアドレナリンが出て眠れなくなるので厳禁だ。水をガブ飲みするのも、夜中トイレに行きたくなるのでよろしくない。
いっぺんに全部やろうとするのではなく、計画的に……
具体的に記すと、
朝、起きてから3時間後に筋トレ、その後整理体操のストレッチ、サプリを飲み、シャワーを浴びて、太陽の日差しを浴びながら少量のカフェインを摂って散歩するのがベストだ。
ッて、そんなのできるか!起きたら顔洗って寝癖直して歯磨いて出勤するので一杯いっぱいだ!
そう考えると俺は寝つきが悪いだけで、いつもギリギリまでまどろんでるんだなと実感する。

10/30/2024, 10:54:49 AM


『懐かしく思うこと』

人間に帰巣本能はあるのだろうか。
学術的なことは分からないが、俺はあると思う。実際、この前も専門学生時代に住んでいたアパートにふらりと立ち寄ってしまった。
電車を3つ乗り継ぎ、片道1000円近くかけて昔の住処に帰る。
専門学生時代に住んでいたアパートは健在だった。外観を眺め、溜息を漏らす。
あの頃のまんまだ。アパートの前に設置されている自販機も、ゴミだらけのゴミステーションも、当時と同じだった。
ふと思う。
俺が住んでいた304号室には、今はどんな人が住んでいるのだろうか。
304号室に住んでいた頃、夜の10時にPSPというゲーム機でモンハンの通信を繋げると、見知らぬ隣室の部屋の人たちが無線通信で繋がり、一緒に皆で遊んだものである。
俺と一緒にモンスターと戦っていた顔も知らない戦友たちは、まだこのアパートに住んでいるのだろうか。元気なのだろうか。
みわっち、ニール、あけぴよ(一緒に遊んでいた人たちのモンハンのハンドルネーム)……元気でな。
心の中で呟き、そっとアパートを後にする。

アパートを後にした俺は、そこから200メートルほど先にある24時間営業のスーパーに向かった。
専門学生だった頃、そのスーパーには週5の勢いで通っていた。
なにしろこのスーパーは全ての品物の値段が安い。当時、買っていたものはコーヒーや菓子パンだったと思う。
あの頃は俺も若かった。コーヒーのカフェインでテンションをぶち上げて、菓子パンの糖分で血糖値をスパイクさせればどうにかなると思っていたのだから。アホ丸出しだ。今の俺なら栄養を考えて小松菜と袋入り麺を買う。
ただし今日は何も買わない。完全なる冷やかし目的の物見遊山である。
店に入り、レジの方向を見た俺は感動した。
(あ、あの人は……)
レジに立つ痩身で眼鏡をかけてて長身の坊主頭な男性。見間違うはずもない、あの頃のまんまだ。俺が専門学生時代にこのスーパーに通っていた頃も、ここで働いていた人だ。
(いまもここで働いているのか)
なんだか嬉しくなった俺は、何も買わない予定だったのに缶コーヒーを手に取ると、ウキウキ気分でレジに並んだ。
俺が、痩せた坊主頭の背の高い眼鏡の店員さん、と彼のことを意識していたように、彼も、いつも店に来る俺のことを、いつも黒い服きてる声の小さい変なヤツと思っていたはずである。
感動の再会ってやつだ。
俺は缶コーヒーを台の上にのせると、お金を払うでもなく、店員さんの顔を見て『うへへ、お久しぶりです』と意味深に微笑んでみせた。
「あっ……」
店員さんが俺を見て、何かに気がついたように声をだす。
(気づいてくれたか。そうです、俺です)
「お支払いはペイペイですか?」
「……ぬぁっ! あっ、は、はい、じゃあ、ペイペイで……」
ズッコケそうになるのをこらえ、スマホで支払いを済ます。結局、覚えてるのは俺だけだったようだ。店外に出て、購入したコーヒーを啜りながら思う。そんなもんだよな、と。

その後、たまに通っていた近くのスーパー銭湯に立ち寄り、サウナで整って休憩し、やることもないので今住んでいるアパートに帰った。
今のところ、ここを終の棲家と見定めて生活を送っている俺だが、いつかここから出ていき、違う場所で生活するのだろうか。
その時は、ここに帰ってきたくなるのだろうか。
先のことは分からない。ただ、一つだけ分かったのは、皆を覚えているのは俺だけで、皆は俺のことなど何一つ覚えてくれていないということだけだ。
だが俺はそれでも思い出を胸に強く生きていく! 誰の記憶に残らなくてもいいのだ! だけども、俺と関わった人が、たまーに、そういや変なテンションのやついたな、と思い出してくれればそれでいい。誰かの懐かしみの一端を担えればそれでじゅうぶんだ。

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