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『鏡の中の自分』

他人は自分を映す鏡、という。
人が自分を見て怯える素振りを見せたらコワモテに見えているし、にこやかに笑いかけてきてくれたら愛嬌のある顔って意味だろう。
このように他人から自分がどう見えているかを客観的に把握するのをメタ認知という。
たとえば自分では目つき悪いなぁと思っていても人からすると目の細い人くらいにしか思われていない。
自画像と他人に描いて貰った絵では受ける印象に大きな違いがあるのもそのせいだ。それくらい自分で思っている自分の顔と他人から見た自分には隔たりがある。
さて、偉そうに語っている俺はどうだろう。
俺は洗面所に行って鏡を覗き込んで絶望した。
「はあ……」
溜息が出る。
「ハイエナみたいな顔だ。よく言ってもチベットスナギツネか……」
自分の顔を動物に例え、やはり絶望する。端的に言うと無愛想を極めたような顔だ。表情がいけないのだろうか。
試しに鏡に向かってニヘラ~っと微笑んでみる。
「うわっ、胡散臭い詐欺師みたいだ。目が笑ってないし、これはキツイな……」
笑ってはみたが、やっぱり駄目だった。自分の顔にツッコミを入れる。
「ってか、なんか……なんだ……結構あれだな……」
アレ、とは、『結構キてる』という意味だ。年齢的に。
男がスキンケアをするなんてダサいときめつけて一切やってこなかった俺だが、ここ数年前からはさすがに肌の劣化を感じて化粧水をつけたりしている。それでも、結構キていた。
二十代前半の頃の肌のツヤとハリがつきたてのお餅だとすると、今の俺の肌はお正月がだいぶ過ぎた後の鏡モチみたいだ。悲しいことに水に浸したところで元に戻らないし、レンジでチンでふっくらさせることもできない。
「つーか、なんか、クマも酷くないか……?」
まじまじと鏡を見ていると、どんどん自分の顔の気になる箇所が浮き出てくる。

「やばいな……」
やばかった。切実に……
鏡から目をそらすと、俺は洗面所を出てパソコンの前に座り、ネットの通販サイトを開いた。
「とりあえずBBクリームってやつを買ってみるか。目の下のクマを隠さないと、何日徹夜してんだよって感じだもんな」
なんかブツブツ呟きながら、その場しのぎのアイテムを通販サイトでポチる。原因療法ではなく、あくまで対症療法でいくのは俺らしい。
考えてみると少しおかしくなってくる。
若い頃は美容になんか何一つ気を遣ってなかったのに、歳をとってからは全盛期の自分に近づける為に必死で筋トレしたりスキンケアをしている。
誰が見てるわけでもないというのに、『鏡の中のみっともない自分』を一番許せないのは、ほかでもない俺自身なのだろう。

11/4/2024, 9:04:26 AM