Open App
10/13/2024, 9:15:04 AM


高校生の時、『りっくん』という友達がいた。
身長170センチほどの痩せ型、塩顔のイケメンで、将棋部かテニス部に入ってそうな感じなのに、なぜか柔道部に入っていて、クラスではいつも気怠そうにしていて、学校もサボりがちで、だからといってヤンキーというわけでもなく、正義感が強くて、陽キャがイジメてる子の机を教室の外に出してクスクス笑ってると、無言で立ち上がってその机を教室の中に戻すことができるような不思議なヤツだった。
イジメられてる子を助けて、陽キャから「かっこいい~」と、からかわれても、「だせーことすんなよ」とボソっと返すのがかっこよかった。
記憶が正しければ、りっくんに話しかけたのは俺からだ。
「俺も空手やってたんだ」みたいな感じで。
りっくんは柔道部なのに、なにが『も』なのかは不明だが、とにかく、それをきっかけに仲良くなったのを覚えている。
りっくんは不思議なヤツで、見た目はそれなりに良くて、陰キャがつけないヘアーワックスをつけてバシっと髪をキメてたし、なんかダルそうな感じもヤンキーぽかったし、学校の校則で禁止されているにも関わらず関係ねぇよってロックな感じで原チャで通ってきてたけど、ヤンキーじゃなくて、陽キャグループにも入ってなくて、俺みたいな陰キャグループにも入ってなくて、かと言って一匹オオカミ!って感じで尖ってるワケでもなくて、休み時間はいつも寝たフリしてるような人だった。なのに、二人きりで話す時は芸人みたいに面白いヤツだった。
だから好きだった。変な意味じゃなくて、個性的でカッコいいなぁと思ったのだ。
なにより前述したように、陽キャ連中がイジメられてる子の机を教室の外に出してニヤニヤした時、俺だって「こいつら……!」と思ったけど、助けてからかわれたり、バカにされるのが怖くて、なにもできず見てみぬフリをして友達とどうでもいい会話をして気づいてないフリして、あえて知らんぷりしたのに、りっくんは動いた。
今になって思う。りっくん、彼は大人だった。
この歳になって思うのが、後になって後悔して、自分を嫌いになるくらいなら、やれることをやるべきなのだ。誰に嫌われようが恥をかこうが馬鹿にされようが、そんなものは過ぎ去ってみれば本当にどうでもいいことなのだから。

……で、本題。
今日のテーマ『放課後』
あれはたしか、文化祭だか体育祭だかが終わった後の放課後だったか。
陽キャ主催の、クラスの男子全員参加の腕相撲大会が開かれた。と、いうのも、その時の担任の先生が、なんか分からないけど皆頑張ったので、全員にお弁当を奢ってくれるという話になって、一人500円までで好きな弁当を選べということになったのだが、陽キャがそれだけじゃつまらないと言って、腕相撲をして優勝者はどれだけ高い弁当でも頼んでもいいことにしようというミニゲームが催されたのだ。
こういう時、やっぱり強いのはヤンキー連中だ。たぶん普段、喧嘩してるからだろう。
いっぽう、陽キャはあんまり強くない。なんなら恰幅のいい陰キャに一瞬でのされることもある。しょせんヤツらは勢いだけだ。いや、ベツに俺が陽キャを嫌ってるとかそういうわけではなく、真実として。
そして、俺も、それなりに強かった。なにせ中学までは伝統派空手を習っていて、こう見えて黒帯もとっているのだ。現にクラス19人の男子のうち、11位という高成績を納めた。
そんで散々、書き連ねてきた『りっくん』の成績は、ここまで書いたのだから当たり前というか一位だった。
陽キャも陰キャも女子も関係なく、皆が応援する中、勝ち残った『りっくん』とクラスのヤンキーの一騎打ち。あの時じゃないだろうか、文化祭や体育祭より、クラスが一丸となった感じがあったのは。
結果は『りっくん』の圧勝だったけど、ヤンキーも「つえーわ」とか言って笑ってたし、陽キャも陰キャも盛り上がってて、女子も楽しそうで、先生も笑ってて、そこにイジメやからかいなんか1ミリもなくて凄く良い雰囲気だった。

腕相撲大会が終わって、弁当を先生が買ってきてくれた、すっかり夜の学校の放課後。物凄い非日常感があった。
「楽しかったな」
一人だけ1000円近くする、すき焼き弁当みたいなのを喰いながらりっくんが言う。
普段そんな気配りなど絶対しないくせに、陽キャ連中がペットボトルのお茶を皆に配ってくれる。もちろん、ふだんイジメられてる子にも。女子が「お疲れ」と笑顔で声をかけてくれ、飴やお菓子をくれる。ヤンキーが「結構やるやん」と俺の肩を叩いて笑う。
「うん、楽しかった」
あの頃、300円いくかいかないかくらいだった高菜弁当をくらいながらりっくんに答える。
こんなふうにクラス全員、仲良い日がずっと続けばいいと素直に思った。皆、普段、かっこつけたり大きく見せようとしたり、子供ながらに駆け引きしたり、いろいろあるけど、一皮むけば子供で仲良くなれるのだ。
だけど楽しいのは今日だけだ。明日から、また日常が始まる。
陽キャは、やはり誰かをからかってイジメるだろうし、ヤンキーもフンって感じで冷たくなる。俺達もそちら側に関わろうとはしない。
楽しかったけど、無性に切なくなった。

……と、いうような昔話を、一昨年のお正月に帰省した時に久しぶりに会った『りっくん』に居酒屋で飲みながら話して聞かせた。
俺としては、あの時の『りっくん』の心情などを聞きたかったのだが……
「はは、あったなぁ、そんなこと」
そう言って笑うと、りっくんはスマホの画面を俺に見せた。
「これ、こないだうちの妻と子供とお義母さんで旅行に行ってきたんだけど、ゴーカート乗ってさ……」
俺の話はさらっと流され、幸せな画像を見せつけてきて、なにか、自分語りまで始まってしまった。
まったく、大人の放課後はつらいぜ……

10/10/2024, 4:16:24 PM


年をとると涙もろくなる。
現に俺も映画や漫画などを見ていると、ふとした拍子に涙が溢れ出て来る。
子供が奮闘しているシーンなんかは、なぜかは分からないが『ガンバレ!!』という気持ちと共に涙が零れてくる。結婚してないし、子供もいないが……
最近だと、ラッコの赤ちゃんが初めてお腹でブロックをカチカチやったシーンをテレビで見て泣いてしまった。俺の人生において、これから先も、いっさい関係ないだろうに……

……とにかく、もっと建設的な涙の理由を考えるべきだ。
本日のテーマ『涙の理由』
そこで本格的に頭を捻って考えてみる。
ここ最近、一番、本気で泣いたのっていつだろうと。
……ない。なかった。
そもそも俺は、昔から今まで本気で泣いたことってあるのだろうか。
学生時代の部活の試合で負けても「わり~まけちまったぁ~」ってゴクーみたいにヘラヘラしてた気がするし、車の教習所の仮免落ちた時も「なんでなん?」って真顔で呟いてた気がするし、貯金の残高が10万きった時も「ギリ生き延びられるか……」とたかをくくっていた。
敗北だらけの人生なのに、俺には本気で悔しがった経験がないのだ。
甲子園や格闘技の試合なんかで負けて泣いている人の感情が俺には分からない。
いや、言語化すればギリギリわかる。たぶん、こういうことだろう。これ以上ないくらい頑張って自分を追い込んで、それでも自分より上の連中がいて敵わなかった、あるいは本気の自分のベストコンディションを出し切れなかった、そういうのが悔しいのだろう。
だが、俺からしてみれば俺より強いやつは強い、しゃあないって感じだ。悔しくもなんともない。強かったぜ、後は勝手に頑張ってくれって感じである。涙は一滴たりとも溢れてこない。たぶん、俺がそこまで自分を追い込んでいない証拠だろう。部活の練習も、教習所の勉強も、たぶんそんなふうに適当だったのだ。しらずしらずのうちに自分に逃げ道を残していたのだと思う。負けても落ち込まないように……
書いてて情けなくなって涙まで出てきた。

だが、今からでも遅くはないはずだ。なにかを始めるのに遅いということはない。
そう、明日からでも始めるべきだ。本気で何かに取り組むのだ。『涙の理由』を見つけるために!!
だが、なにを頑張り、涙すればいいのだろう……
仕事、だろうか? 本気でカラアゲをパックに詰め込むのか? そして泣くのか? そんなの、ただのやばいやつだ。
もしくは、本気で酒を飲みながらユーチューブを見て泣いてみるか? そして、酔っぱらった頭で考えたウザいコメントをコメント欄に書き込むのか。それはそれでただの厄介な飲んだくれファンだ。別の意味で翌日、自分のコメントを見返して泣きたくなる。

「だめだ、俺には何もない……ううぅ…」
絶望し、ゴミだらけの狭い部屋の中で頭を抱えて唸る。
涙は出ない。が、心は泣いていた。

10/7/2024, 9:41:58 AM

本日のテーマ『過ぎた日を想う』

「後悔先に立たず」というコトワザがある。
後になってから、いくら悔やんでも過去のことは取り返しがつかないという意味だ。
俺には、その経験がいくつもある。
たとえば、専門学生時代と会社員時代……
あの頃、変な夢に妄信せず、仕事を辞めずに真面目に働いていれば今頃は年収も年相応であったはずだ。だが、俺は逃げた。
おかげさまで、今ではカラアゲをパック詰めする仕事をこなしてギリギリで生計を立てている。
たとえば、高校生時代……
好きだった人に「好きです」と伝えられるだけの勇気があれば、うまくいくとは思えないが、仮にうまくいっていれば、俺はその人だけを愛してその人を守る人生を選べたはずだ。こんな所でカラアゲをパック詰めせずに、町工場とかで働いて、貧しいながらも幸せに好きな人と暮らせていたかもしれない。
だが、そこからも、俺は逃げた。

そして、現在……
『過ぎた日を想う』……
立派な大人になった俺は、酒を覚えてしまった。
350mlほどのチューハイ缶を一気にグイっと飲み干せば、嫌なことの大半を忘却してしまえる。
過去の過ちも、ついさっき犯したばかりの失態も、その全てを。
そして、翌日、普段はROM専なのに、酒の勢いで調子にのって書き込みした好きなユーチューバーの動画のコメント欄に熱く語り散らしている自分の小っ恥ずかしいコメントを見つけ、二日酔いの頭で読み返しながら思う。
酒はやめようと……

8/10/2024, 1:54:57 PM


本日のテーマ『終点』

これまでいろいろありながらも、なんとか生き延びてきた俺の道程に、ついに人生の終点が訪れた。
具体的に言うとエアコンが壊れてしまった。
リモコンを冷房に設定して温度を20℃に下げてもエアコンの送風口からぬるい風しか出てこないのだ。
まごうことなき死活問題である。なにしろ昨今は温暖化の悪化により気温35℃超えが当たり前の時代に突入している。さらに悪いことにモノで溢れた俺のアパートの一室は風の逃げ場が無く、室温は37℃に迫る勢いであった。
はっきりいって、夜でも35℃近い部屋で眠るのは拷問に近い……
俺はアパートの管理会社に修理の依頼の電話をした。
「あ、もしもし、すみません……〇〇の〇〇号室の梶ですが…エアコンが壊れてるみたいで修理をお願いしたいんですが……」
管理会社の方から業者の人に確認を取ってもらったところ、折り返しで電話があった。
それによると今はエアコン関係の修理やら取付けやらの依頼が込み合っていて、俺のところの修理は最短でも8月の半ば頃になるそうだ。
俺は深く絶望し、同時に激昂した。
「ふっざけんなよ!」
俺はスマホを壁に投げつけ大声で怒鳴りたてた。怒鳴りたてようとしたが……俺もいい歳をした大人なので、あくまで心の声にとどめ「あ、そうですか……じゃあ、それでよろしくお願いします……」と言って電話を切った。

さて、そういうわけで8月半ばまでエアコン無しで過ごさなければならなくなってしまったわけで。
そうなって一番困るのは、とにかく眠れないことだ。
いつもの生活パターンだと深夜0時~2時までに床につく俺であるが、エアコン無しだと暑くて眠れないのだ。汗がダラダラと溢れてくる。
首周りとふくらはぎの裏に大量のあせもまで出てきた。これはまずい……
とりあえず近所のドラッグストアで制汗剤スプレーを買って体にまぶしてから眠るようにしてみるとだいぶマシになった。が、汗の問題は解決しても温度の問題のほうは何も解決していない。
まさか暑いというのがこれほどまでに過酷だとはエアコンが壊れるまで想像もしていなかった。
エアコンがないと眠れない。眠れるのは室温がいい具合になる4~5時ぐらいになる。そうなると仕事にでかけるまでの時間を差し引いて数時間しか眠れないので疲れも取れない。
さらにエアコンをつけずに眠った後の寝起きは地獄だ。起きたて数十分は脳が煮だっている感じがして数十分は何も行動できなくなる。水分不足なのか、ふくらはぎやお腹の筋肉までつってきた。かなりヤバイ感じであった。
「夏に、ころされる……」
寝起き、ゴミに溢れた狭いアパートの一室で俺はひとしれず呟いた。

そこで俺は考えた。エアコンの修理の日まで、仕事終わりにネットカフェに立ち寄ってそのまま宿泊することにしてみた。
からあげをパックに詰め込むだけの仕事を終えると、その足で近くのスーパーに立ち寄って発泡酒とチューハイを買い、飲食物持ち込み可のネットカフェにチェックインする。もちろん選ぶのはフラット席だ。
このネカフェはナイトパック9時間で1800円と良心的でさらにシャワー料金が20分まで無料なので最高なのだ。
俺はシャワーを浴びて空調の効いた快適なフラットシートで無料の映画を見ながら発泡酒を飲んで最高のひと時を過ごした。
そんな生活を続けていると一週間ほどでお金がカツカツになってきた。
「ふっざけんなよ!」
俺はペイペイの残高を確認して声を荒げて叫んだ。が、俺もいい歳をした大人なので深呼吸をして心を落ち着け、自分を窘めた。
「ネカフェに泊るのはもうよそう……」

ということで今は暑さに耐えながらこの文を書いている。
業者さん、どうか俺の部屋のエアコンを一刻も早く直してください!

6/19/2024, 4:30:43 PM

みなさん、初めまして。私はビニール傘です。
私は恋人の梶さんと六畳一間の狭い部屋で同棲しています。
「いいなあ、ソロキャンプ。俺もやってみたいなあ。スキレットにマクライト、デルタナイフも欲しいなぁ…置く場所がないけど…」
パソコンのディスプレイを見つめて意味不明なことをブツブツ呟いているのが私の恋人の梶さんです。
さっきまで「今日のテーマは『相合傘』か…」なんて言って、珍しく真剣な表情で考えごとをしていたのに、今は『ゆうちゅうぶ』っていうインターネットのサイトを見るのに夢中みたいです。
なので本日のテーマは梶さんにかわって私が書いてみようと思います。
ですが、ビニール傘の私は今まで一度も文章を書いたことがないので、上手く書けるかどうかわかりません。ですから温かい目で見守って頂けると幸いです。

梶さんと出会う前の私は『こんびに』という物で溢れる雑然とした場所に監禁されていました。狭くて、息苦しくて、外の世界に逃げ出そうと何度も思いました。けれどビニール傘の私には歩くための足がありません。困りました…
そんなときに現れて、私をこんびにから助け出してくれたのが梶さんです。
こんびにに入ってきた梶さんは私のところまで一直線にやってくると、私の手を掴んで引っ張り上げ、私の体を固定していた傘立てという拘束器具から私を解放してくれました。
まるで、囚われの身になっているお姫様を助けにきてくれた王子様のようでした。その英雄的な行動に感銘を受けた私は、一瞬で梶さんのことが好きになりました。
きっと梶さんも、私の透き通るようなビニール製の肌に一目惚れして、助けてくれたのだと思います。両想いですね。

梶さんに連れられてこんびにの外に出ると、雨がサァサァと降っていました。
「…いきなり降ってくるんだもんなあ」
梶さんが憂鬱な顔で空を見上げて恨めしそうに言います。私を助け出してくれた大好きな恩人の梶さんに、そんな顔をしてほしくありません。
私はニコっと微笑んで梶さんに言いました。
「大丈夫ですよ、私が守ってあげますから」
「…………」
私と梶さんは相合傘をして家まで帰ることにしました。
「ちゃんとささないと濡れちゃいますよ」
「…………」
梶さんは恥ずかしがり屋な性格の人なので、私が話しかけても何も答えてくれません。
ですが、言葉はなくても、私の手をしっかりと握ってくれます。虚弱体質な私の体が傷つかないように、大事に丁寧に接してくれます。
「おっと危ない、ぶつけて傘を壊すとこだった。700円もしたんだから気をつけないと…」
…………とにかく。
不器用だけど優しい梶さんのことが大好きです。

本日のテーマ『相合傘』
梶さんの代筆をなんとか勤め上げることができました。
ところで明日の天気は雨でしょうか? 雨だったらいいなと思います。梶さんと相合傘で、お出かけできるから…
梶さんに聞いてみましょう。
「梶さん、明日の天気は雨ですか?」
「ふぁぁ…ねむ…いけど…寝る前に歯を磨いて、洗い物を片付けないと…ペットボトルのラベルも剥がさないといけないし、ああ面倒臭い…」
それどころではないようです。
困っている梶さんのお手伝いをしてあげたいところですが、ビニール傘の私には見守ることしかできません。
歯ブラシを咥えたままコップやお皿を洗っている梶さんをそっと応援してあげます。
「頑張ってください、梶さん。生活のお手伝いはできませんが、雨の日は私を頼ってくださいね」

Next