一筋の光
ステージを照らすスポットライトは一筋の光だ。
時に静かに、時に熱く、ドラマチックに、エモーショナルに、ステージに立つ人間を照らす。
そこに自分が立つとは夢にも思わなかった。そこに立つのは、たとえば自分の手を引いてくれた人や、背を押してくれた人、並んで笑ってくれた人、そして重く閉ざされた扉を押し開けてくれた人。そんな、光の中で輝く者たちのためにあるものと思っていた。
本番前の舞台に立ち、一筋の光を浴びる。奇跡のように自分がこの手に得た、夢のような、魔法のような甘いひととき、幸せな時間を。
「お客様にお届けしよう」
数時間後には熱に包まれる会場の、まだ静かな天井を見上げる自分に彼が笑いかけた。もちろんだとも、と胸を張って答えて自分も笑ってみせる。
仲間たちと最高のパーティをここに。それこそが、開かれた扉から射し込んだ一筋の光に導かれて、この場所に辿り着いた自分の使命だ。
哀愁をそそる
望郷の念というものはいつだって突然訪れる。
ひやりと冷たい風が運ぶ懐かしい花の香り、遠くに見える家々のぼんやりとした灯り。暮れ方に漂う夕餉の気配に、虫の鳴く声。肌寒さに気がつく秋の夕暮れ時は特に、きゅっと胸を刺すような痛みに襲われる。
帰る家などもうないのに。そう溢しそうになった口を閉ざして苦笑を浮かべた。帰る家どころか生まれた故郷すら自分にはもうない。それでも哀愁をそそるような秋の風に、望郷の思いは煽られる。
ばかな奴だなぁと、彼ならきっと笑うのだろう。そんな意地を通さなくても、誰もお前を責めたりはしないのに、と。
頭に乗せていた大事な帽子を、深く被り直して家路を急ぐ。故郷になくとも、今の自分が帰る家は確かにある。それでも帰りたいと願う場所は、いつだってひとつだった。
鏡の中の自分
楽屋でメイクをしてもらい、用意された衣装を着て。仕上げのヘアセットの間は鏡の中の自分と対面する時間だ。
どこからどう見ても自分なのに、どこからどう見ても自分とは思えない。もうすっかり慣れてもいいはずなのに、アイドルとして完成する直前のこの瞬間は、どうしても気恥ずかしさでそわりとしてしまう。
メイクも衣装も仕上げもプロの仕事だ。そしてここから先は自分自身の、プロとしての仕事になる。こんなところで気後れして、気持ちで負けるわけにはいかない。背を伸ばし、鏡の中の自分とまっすぐに向き合う。
ファンにも、プロデューサーにも、そして仲間たちにも。胸を張ってこの姿を見せられるように。
「準備できた?」
隣から声をかけられて、つい笑ってしまう。
「できました。いつも早いですね」
「いちばんに見たくて」
だからってみんなを急かしてるわけじゃないからね、と慌てた様子の言葉にスタッフのみんなが笑う。緊張感漂う本番前の楽屋が、和やかな雰囲気で満たされる。
「ぼくもじゅんびばんたん!」
「じゃあ行こうか」
皆が待っているステージに。三人並んで楽屋の出口に向かう、その前にもう一度、鏡の中の自分と目が合った。
どこからどう見ても自分なのに、どこからどう見ても自分とは思えない。アイドルとして完成した自分は少し緊張しつつも、堂々と背を伸ばして。そして、本当に楽しそうに笑っていた。
眠りにつく前に
これは誰にも話していないことだが、眠りと死の違いがうまく認識できない時期があった。目を閉じる。意識がなくなる。その後に目覚めるかどうかの違いでしかない。恐怖心はなかったが不満感はある。こんなことで死ぬなんて面白くない。
だから共に寝る時は手を繋いで欲しいと眠りにつく前に告げたら、君は面倒くさそうにため息を吐いた。おいおい、ただ手を繋ぐだけだぞと笑い、まあこちらも本気で言ったわけではないから断られることも想定内ではある。
「早朝から騒々しく動き回っている奴が何を言っている」
それは朝の話だろう。今は眠りにつく前の話をしているんだ。
「お前が起きなかったら、叩き起こしてやる」
だから安心しろ、と言いたいのだろう。君はとても優しい。だからこそもっと聞いてみたくなってしまう。これは甘えだ。
叩き起こしても起きなかったらどうする?
「……追いかける」
どこまで?
「地獄の果てまで」
こう言えば満足だろう、と呆れた様子の顔に書いてある。けれども冗談を言わない君はきっと、本当に追いかけて来てくれるだろう。
今夜は安心して眠れそうだ。