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哀愁をそそる

 望郷の念というものはいつだって突然訪れる。
 ひやりと冷たい風が運ぶ懐かしい花の香り、遠くに見える家々のぼんやりとした灯り。暮れ方に漂う夕餉の気配に、虫の鳴く声。肌寒さに気がつく秋の夕暮れ時は特に、きゅっと胸を刺すような痛みに襲われる。
 帰る家などもうないのに。そう溢しそうになった口を閉ざして苦笑を浮かべた。帰る家どころか生まれた故郷すら自分にはもうない。それでも哀愁をそそるような秋の風に、望郷の思いは煽られる。
 ばかな奴だなぁと、彼ならきっと笑うのだろう。そんな意地を通さなくても、誰もお前を責めたりはしないのに、と。
 頭に乗せていた大事な帽子を、深く被り直して家路を急ぐ。故郷になくとも、今の自分が帰る家は確かにある。それでも帰りたいと願う場所は、いつだってひとつだった。

11/4/2023, 3:16:13 PM