NoName#s81

Open App
1/6/2026, 10:22:10 AM

インドア派だ。部屋を出ないでいくらでも、楽しく過ごせるたちだ。旅行に興味は殆どない。
そんな私に恋人が、それも、遠距離の恋人ができた。それで私は、修学旅行以来の飛行機に乗った。ひとりで。それはもう、ビビりにビビりながら。それでもあなたに会うために。
新幹線だってひとりで乗るのははじめてだった。ホテルにだってひとりで泊まるのははじめてだった。細々とした旅行用のモノを買い揃えた。キャリーケースも、買った。はじめてキャリーケースを転がした。不慣れな足取りで。
ぜんぶ、あなたに会うためだった。連休のたび、荷物を鞄に詰めるようになった。私は一転して、旅をする人間へと変化した。
なのにそれでも私は“旅行”にはとんと興味がないままなのだった。だってあなたと一緒なら、ホテルから一歩も出なくたって、大大大満足なのだ。

1/5/2026, 5:27:02 PM

私の住む地域は、冬、殆ど雨が降らない。雪もだ。しかし今年は数度の雨と、それから一度、雨混じりの雪も降った。珍しいことだ。
珍しいことだ、と思いながら、やはり冬という季節に私が連想するのは青だ。夏以上に。
キンと冷えた空気の中。防寒装備をがちがちにかためて、駐輪場の原付にまたがる。ふと上を見る。真っ青。雲ひとつない、青空。
夏というのは雲の季節だと思うのだけど、冬の晴れは雲すら見当たらないから余計青ばかり印象に残る。
それが湘南の冬だ。
夏よりこっちのが好きだな、とは、あまり人に言ったことはない。

#冬晴れ

3/1/2025, 3:26:58 AM

消えちゃいたいの。

どうしてそんなことを言ったのか。そこに至るまでのことは、覚えていない。私は確か中学生だった。母もまだ四十代か。私の背丈も、とっくに母より高かった。
ずっとずっとずっと抱えてきたその気持ちを、どうして母に言ったのか、全然思い出せない。だって、絶対に言ってはいけないことだと、私は決めていたはずだったから。
誰にも、一度も、その言葉だけは言わない。母にならば、尚更。心配させるから。心配させる、だけだから。どうせ、私は、そんなことは実行しない。できない。だいたい、実行するしないでなく、「消える」ことは、不可能だ。私はもう、産まれてしまった。存在してしまった。それは変えられない。ならば、心配させるだけのそれを口に出すことは、してはいけない。当時の私はそう決めていた。そのはずだったのだ。なのに。
母は私を抱きしめた。硬い床にふたりで倒れ込んで、そのままずっと抱きしめあった。夕方で、部屋は北向きで、明かりはついていなくて、フローリングは暗いオレンジ色をしていた。母の体温を感じた。久々にだれかの体温を感じた、そう思ったことは、思い出せる。人の体温は、熱かった。私の涙も。
どうして泣いたのか、どうしてあんなことを言ったのか、母がそのあと何か言ったかどうか。それらは、思い出せない。
あのオレンジ色と、体温だけを覚えている。

それが何かを劇的に変えるとか、そういうことはなかった。想いを吐露したところで、私は暗がりから抜け出せないままだった。何年も。消えちゃいたい、は、消えなかった。でもそう思うたびにあの温度を思い出した。それをよすがに生き延びた。

あれから十五年は経つのか。
あの温度を思い出すことは減った。ほとんど、なくなった。今の私は、とっくに暗がりを抜け出している。消えちゃいたい、も、消えている。
あの時間を思い出さずとも、頼らずとも、生きていけるようになりつつある。でも、あの時間が、あの体温の記憶がなかったら、きっと私は今ここにいなかった。暗がりを抜け出すことも、なかった。

はっきり思い出せたあの温度も、今はおぼろだ。
あまり抱きしめなくなったぬいぐるみ。棚に飾る。それでもまだ、見守っていて欲しいと思う。

2/27/2025, 1:00:46 PM

あれは個人が所有するガジェットとして珍しい部類だと思うのだが、たまにNHKのニュースなんかでも見かけるようになった。市民権は得つつあるのだろうか。

私はVRゴーグルを持っている。VR世界にダイブし、他の人と交流するのが、私の日課になっている。
交流をするには、姿が必要だ。例えばふつうのSNSであればアイコンとスクリーンネームで事足りるだろう。だがVR上では、プレイヤーの手と頭、時に足の動きまで反映される。反映するための、姿が必要になる。それがアバターだ。
ジェスチャーを反映するためだけのものであれば、画一的な姿でも事足りたはずだ。が、我々はそれに飽き足らず、アバターを自分の好きな姿にカスタマイズしている。

日本コミュニティでは、性別問わずアニメ風の美少女キャラクターをアバターにしている人が多い。目の色を、髪型を、衣装を選ぶ。顔立ちもいじくれる。それが自己表現となる、と言えるかもしれない。姿そのものが、自分の思う「カワイイ」を伝える手段になりうる。これはジェスチャーと同じくらい、いやもしかするとそれ以上に雄弁だ。

各々が、自分の好きな姿を選べる世界だ。

2/26/2025, 2:43:06 AM

カードワースというゲームがある。
フリーゲームだ。27年ほどの歴史を持つ。いまだにというべきか、コミュニティも健在だ。TRPGライクなゲームで、ユーザーがシナリオを作り、それを読み込んで遊ぶことができる。というかメインシナリオがないので、ユーザー作のシナリオを中心に遊んでいくことになる。ユーザーが作るのでシナリオの出来はまあ、玉石混交ではある。
そういうシステムのゲームが、27年の歴史を持つとどうなるか。玉石混交、そう、玉が混ざっている。とんでもないレベルの玉が、相当数存在している。
私は中学生の頃にカードワースに出会った。数多のシナリオに挑んだ。変な戦闘バランスに苦戦したり、変なイベントで全滅したり。でも、そうやって続けるうちに、すばらしい物語に出会うこともあった。

暗い部屋。親の、もっさり動くノートパソコン。私はあの夏、全然外に出かけなかった。でも、広い世界を旅していた。異国の路地を駆け抜け、熱砂を踏み締め、深い森に分け入った。船に、馬車に、ドラゴンに乗って、どこまでもどこまでも遠くに行った。ダンジョンに迷い、罠に嵌り、奇妙な魔法に苦しめられて、それでも私たちは諦めなかった。冒険を続けた。私と、私の作ったキャラクターたち。

キャラクターを作成し、シナリオを遊ぶ。最初はまっさらだったキャラクターも、様々な人の作ったシナリオの中で、経験を積んでいく。人によって、パーティによって、遊ぶシナリオも千差万別だ。同じシナリオを遊んでも、違う結末を辿るかもしれないし、遊ぶ順序によって感じることも違うだろう。
私と、私の作ったキャラクターたちだけの冒険の記録。
今もパソコンを開けば、いつでも冒険に出ることができる。

#さあ冒険だ

Next