NoName#s81

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2/25/2025, 4:02:16 AM

花と聞いてぱっと思い浮かぶものの多くが、街路樹の花だ。今は、二月の末。梅が青空に映え、蕾の膨らみだした白木蓮が目につく季節だ。そして桜が咲き、次いでハナミズキ、つつじ。やがて百日紅が咲けばもう夏だ。
どうにも街路樹に偏ってしまうのは、私が日常的に運転をする仕事をしているからだと思う。こういう仕事をする時に、街路樹の名前を知っておくと、景色の見え方が変わって楽しいからだ。景色の移り変わりが、目に見えるようになるのでだ。

さて。一輪の花、というお題だ。前述の通り、私は花というと街路樹ばかり思い浮かべてしまう。大抵、彼らは一度に多くの花をつける。一輪だけで咲く花というのを、私はあまり思い浮かべられなかった。そういえば水仙の季節だが、あれらも群れて咲く印象が強い。百合も、群生のイメージがある。ひまわりも、ひまわり畑のイメージばかり根強くある。
自然に咲くものであれ、誰かが植えたものであれ、花が一輪だけある状況というのが思い浮かばない。あるとしたら、それは室内だろうか。室内の、一輪挿しと、花。これらがパッと浮かばなかったのは、私が部屋に花を飾るという習慣を持たないからだろうか。

一輪の花。ときに可憐な女性などを喩えていう言葉でもある。私がこの言葉に儚げなイメージを持つのは、摘んできた花だという文脈が、頭のどこかにあるからなのかもしれない。

#一輪の花

2/21/2025, 11:18:18 AM

数ヶ月後、フライトの予約をとった。
飛行機には数えるほどしか乗ったことがない。というか、二度しかない。修学旅行の行きと、帰りで、二度。
だけである。本当にそれだけだ。
あの時は修学旅行という状況だったから、前の子についていけばそれでよかった。先生も見守ってくれていた。でも今回は、ひとりだ。家族と、とか、友達と、でもない。いきなり、ひとり。幸いインターネットというものがあるので、調べることはできる。いまは飛行機という乗り物の常識というものを、どうにか仕入れようとしているところだ。
仕事終わりにどうにか空港へ飛び込み、そのまま19時発の飛行機に乗る、予定だ。初フライトにして、なかなか無謀だとは思う。
目的地は一千キロ先。どうしてもそこに行きたい。どうしても。

#夜空を駆ける

2/21/2025, 4:37:21 AM

インターネッツ安全地帯でありたいと思い、そう振る舞おうと普段から努めている。なんのことやら。
私がインターネット初心者だった頃の話だが、何かの縁でフォローした方が、かなり愚痴っぽいひとだった。確か当時、その方は受験生であった。愚痴っぽくなるのもやむなしといったところか。そして私は、その人のツイートがタイムラインを埋めるほどに、精神的に追い詰められていった。他人なのに。しかも、それに気が付かなかった。理由はわからないけどなんだか落ち込んでいた。
何かの拍子に、ネガティブな言葉を見過ぎだからだ! と気づいた。そういう言葉を使わない、そういうリツイートをしない人のリストを作り、そっちばかりを見るようにした。落ち込みからは回復した。
それで、そういうリストに入るような振る舞いをしたいな、と思うようになった。
愚痴はまあ、出る時は出てしまう。溜め込むのも不健康かなと思うので、我慢はしていない。我慢はしないけど、表現には気をつけるとか、なるべくしている。暗いニュースや炎上といったあれそれには、言及しない。界隈の学級会みたいなものも無視して、全然違う話をする。
すくなくとも私のアカウントだけは、ネガティブな言葉が苦手な誰かの、安全地帯になるように。
そういった真面目な話を、できない人だと思われているかもしれない。いや、実際にできない人だと言えるのかもしれない。ただ一応、何も思っていないというわけではない。それを心にしまっておくことを選んだだけだ。

#ひそかな想い

2/20/2025, 2:45:43 AM

インターネット上での、匿名での付き合いは、私にとっては日常的なことだ。
匿名といっても、程度は様々だ。私の周りでは、だいたいみんな、固定のハンドルネームを持っている。発言と、発言した人とは紐づけられる。また、多数のSNS上で同じ名を使い、別アカウント同士を紐づける人も多い。現実とは別の名を名乗ってはいても、その人はその人だ。コテハンというやつだ。
ひとつのコテハンを長く使う同士であれば、話しているうちに人となりもわかるというものだ。顔も声も年齢も性別も知らないのに、その人の性格だけはよくよく知っている、なんてこともよくある。名を匿しているだけで、その人はその人だ。私のインターネット上での付き合いは、大半がそういう相手だ。
その点で、私にとってこのアプリは新鮮な場だ。
私はこのアプリのアカウントと、他のSNSのアカウントを紐づけていない。
私の文章は匿名のまま、あなたに届く。私の情報は、ここに書いてあるもの以外何もない。匿名の発言者の、発言だけが、あなたに届く。
さあ、私は誰だろう。
そして、誰がフォローしてくれているのやら、ハートを贈ってくれているのやら、一切分からないのもおもしろく思う。
あなたも、いったい、誰なのだろう。

別に名前も登録できるから、その気になれば匿名性を取っ払うこともできる。が、今のところ私は、匿名のままを望み、選んでいる。他のnonameさんと混ざらないように、番号だけつけたけどね。

#あなたは誰

2/19/2025, 2:58:47 AM

それは手紙ではなかった。
宛名はなかった。ただ、多分あなたなら気づくだろうというところに、その文章を置いた。あなたなら分かるだろうという内容を書いた。どうしても押し付けがましいような気がしてしまって、メンションできなかったし、宛名は書けなかった。それでも、それを公開しないという選択肢も取れなかった。中途半端に、その文章を放り出した。それは手紙ではなかった。
読んでくれたらしい、とは、通知から窺い知ることができた。

いつも苦しみを綴るあなたに、わたしの言葉がどう届くのか。苦しむ人に、苦しむなと言うなどと、あまりにも無責任なことに思えた。だから、そうとは書かなかった。言葉を選び、選んで、出来上がった文章は、それでもやっぱり、わたしの気持ちの押し付けにしかならなかった。

あなたに、やさしい日記を書けるくらいの、やさしい一日がありますように。
そうでないならせめて、書くことがあなたを生かしますように。

そんな押し付けを、直接渡す勇気がなかった。

そんなわたしに、あなたは直接話がしたいと言ってくれた。
わたしの文章を読んで、死ぬのをやめたのだと言った。

手紙ではなかったそれが、それでも届いたのだなと思った。今なら、手紙と呼んでいいのかもしれない。

#手紙の行方

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