液を塗ったり、粉をはたいたり、色を乗せたり。化粧の楽しいところは、個人的にはやっぱり最後のところだ。色を選び、乗せる。彩る。最後の最後で、一気に「顔」として完成していく。
そういう、様々な色のついた化粧品……ポイントメイク用のコスメにはラメの入ったものも多い。このラメというやつ、写真に写りづらい。肉眼で見るときらきらと美しいのだけど、写真に写すと存在感がない。下手すると、全然写りすらしない。商品写真なんかを見る限りそんなことはないので、プロにかかればきっとなんとかなるのだろう。けどまあ、素人のスマホカメラではそんなものだ。
なのに全然廃れないな、なんてちょっと思った。すごく極端な言い方だけど、ラメは写真映えしない、とすら言えてしまう、気がする。通信技術が発達して、画像は気軽で雄弁な伝達手段になった。写真映えは今や物事の重要な評価基準になってすらいるように思う。でも、肉眼でこそきれいに見えるものが、まだまだ人気でいるのだ。それがなんとなく嬉しいような気がする。
#輝き
惚気ていいか?
顔も声も性別も年齢も知らない人を好きになりました。いわゆるネット恋愛でした。私の、べた惚れ。もう、ベッタベタ。紆余曲折あって、今はお付き合いをさせていただいています。
ボイスチャットはしない派だった、その人。付き合ってから少しして、声を初めて聴きました。
めちゃ
くちゃ
好きな声でした。話の内容を忘れて、「こえすき……」と呆然と呟きました。元々特定の声質が好きなんですが、その人はドンピシャそういう声をしてたんです。もう、ドンピシャ。ど真ん中。好きな人の声で好きな声だとヤバいです、ホント。はい、ただの惚気でした。
#君の声がする
「ありがとうとごめんなさいを言える人になりなさい」。基本的に母の言いつけを守らない私が、いちばん忠実に従ったのはこの言葉だったと思う。なぜだろう。納得したからだろうか。確かにありがとうとごめんなさいは、言えた方がいい。そう、幼心に思ったのだろうと思う。
私は素直に言いつけを守り、見事に、パッと「ありがとう」「ごめんなさい」が出る人間に育った。もはやほとんど反射である。そう、反射的に、なのだ。さて果たして、このありがとうには……本当に、「ありがとう」が籠っているんだろうか。あらためて「ありがとう」という言葉に向き合って、そんな疑問が湧いてくる。
いや、無論、思っている。思ってもみないことなど、口にできない質である。私の視点では、そうだ。でも言われた相手はどう思うだろう。こんな反射的な、たったの5音から、何を受け取るのだろう。
そんなことを考えながら、ふと思い浮かぶのはセンキューハザードのことだ。運転中、前を譲ったときに、数秒焚いてくれるハザードランプ。ボタンを2回押すだけの、シンプルすぎるお礼。
カチカチ。
なるほど、たったの2カチであろうと、それなりに受け取れるものもある。5音ならばきっと、尚更。
#ありがとう
ダイレクトメッセージが苦手だったな、と思う。なんならリプライも苦手だった。SNSの話だ。この苦手というのは嫌いではなく下手という意味で、直接連絡を取るという行為が私は本当に下手くそだった。特定個人に伝えたいことも@メンションなしでタイムライン上に投棄。いわゆる空リプを多用していた。相手がその投稿を見るか、伝わるかは運次第。なんなら受け取るかも相手次第。そう、相手次第だ。相手次第だという言い訳がないと、誰かに話しかけられなかったのだ。受け取りたくなければ見なかったフリをしてくれるはずだからと。
どうしても話しかけたい人にすら、そうしていた。
そんな当時の私が、今の私を見れば驚くだろう。どうしても、本当に、話しかけたい人ができるなんて。毎日毎日理由を探しては、ダイレクトメッセージを送ることになるなんて。
#そっと伝えたい
先の人生がどうなるかはわからない。
あらゆるものが変わりうる。環境が。人が。自分が。「これは私の芯だ」、そう思っていたものすら、私はいつの間にか失っている。もっと大切なものを見つけてしまう。見つけてしまう、のだ。芯だったはずの、大切だったはずのものより、もっと大切にしたいものがあると、気づいてしまう。大切だったはずのそれを、しまい込んでしまう日がくる。新しい芯にとまどいながら、私は生きる。
心にもあらでうき世にながらへば恋しかるべき夜半の月かな
一番好きな和歌だ。
生きながらえた先に、何があるのか、わかりはしない。あらゆるものが変わりうるなかで、私は私の未来に何が起こるのか、全く見通せないでいる。私自身すら、きっとどんどん変わってゆくのだから。でも、ほんの少しだけ確度の高い未来があると思う。今現在のことを、いずれ思い出せるということだ。今を懐かしむ日は、生きていればきっとやってくる。
先の人生がどうなるかはわからない。
でも、その日はきっとやってくる。
靄がかった未来のなかで、きっとくるその日のことを、道標のように感じている。
かつて私の芯だったものも、そこで道標としてかがやいている。
#未来の記憶