ほどほどに明るい街に生まれ、生きてきた。この明るいというのは、単純に明かりの数のことだ。この辺りには、びかびかの繁華街はない。でも、街灯のない路もほとんどない。夜出歩くのに懐中電灯はいらないけど、開いている店もほとんどない。そのくらいの明るさの街だ。
空に見えるものといえば、月と、少しの明るい星。暗い星は見えない。街の明るさが優ってしまう。あるいは曇っている日には、地平線近くが僅かに明るく色づく。街あかりの反射が映り込んでいるのだろうと思っているが、本当かは分からない。
そんな街だ。流れ星を見たことは、ほとんどない。四半世紀生きてきて、ほんの二度ほど、それも大人になってようやくだ。でも、実際に見る前から、その言葉だけは知っていた。
流れ星に、三度お願いをすると、願いが叶う。
幼心に、叶わないのだろうと思っていた。ひねた子供だ。星が流れるのは一瞬のことで、願い事を三度も言うには短すぎる。なら、そんな言い伝えは、ないのと同じじゃないか。そう思っていた。
だから、自分で叶えるしかない。そう思っていた。
ひねてるんだか、そうでないんだか。
#星に願いを
幼いころから、と言ってよいと思う。ずっとインターネットに触れてきた。私は音声ベースのコミュニケーションがおそろしく苦手だった。だからテキストチャットのコミュニティというのは、私がはじめてまともに人と話した場だったと言ってよい。ディスプレイに浮かぶ文字、その向こうの顔も知らない人たち。どこに住んでいるのかすら、分からない、彼ら。
それを遠いと感じたことは、そうない。私の人生の主軸はオンライン上に置かれているのだから、距離など気にする必要はない。なかった。つい最近まで。
今は強いて言えば、新幹線代を気にしている。
帰ってきたぞオフライン。とびきり素敵な人たちを連れてきた。
#遠く……
何もかもを、人に喋ってしまいがちだ。SNSには思い浮かんだ言葉をすぐさま書き込む。ブログには溜め込んだ思考をあらいざらい吐く。それらに書かないでおいたものごとも、日常のふとした雑談にぽろぽろと混ぜ込まれてゆく。秘密だとラベリングしたものごとと、そうでないものごとの境界は、あっさりと溶けて消える。
私には、秘密にしておきたいことが特にない、かもしれない。
私の秘密があるとしたら、それはわざわざ言葉にされない何か。もしくは言葉にしようのないもの。絵にも描けない。表情にもあらわれない。誰かに伝えるまでに、伝わりうるかたちになるまでに、こぼれ落ちる何か。抱いた想いが表現になるとき、切り落とされてしまうもの。私はそれを誰かに伝えることはできない。死ぬまで。
#誰も知らない秘密
原付は高速道路を走れない。
私の愛車、赤いスーパーカブも、125ccの原付2種だ。だから遠乗りにも下道でゆくが、問題は渋滞だ。渋滞に引っかかっていては時間がかかるし、何より気持ちよく走れない。
だから、遠乗りするときは早起きをする。朝の5時前に家を出れば、そうそう渋滞に巻き込まれることはない。
最低気温の時間帯。
街並みは暗く、しかし夜中とは違う気配を湛える。スロットルを開ける。エンジン音。60km/hの風の音。他には何も聞こえない。何も。目を覚ましつつある街のざわめきまでも、騒音が掻き消す。何も聞こえない。
静かだ。ミラーに映る空が白む。
#静かな夜明け