ここが地獄だったらさ、この糸は自分のために垂らされたわけじゃないような気がしてしまうな。そんな感じの光が見えた。苦しいとき、逃げ出したいって思い続けるためにはそれなりの持久力が要る。最後尾で上手く走れなくても毎日登校するみたいな、果てしない持久力が要る。今をこのまま過ごすのが好きな生き物だから、かえるをゆっくり茹でるみたいに、その瞬間を皆見誤る。光が消えきらないことが絶望なんだっていうみたいな、こういう言葉に頷ける人がいるなら、停滞も後退も別に罪ではないんだ。
手の届かない夢は欠けたりしない。背中合わせに辿り着いた仮想はかつての姿を失って、もう一つの現実としてまた眼前を覆うようだった。夢の欠片で手を切って、その傷が中々治らないことを、現実を知ったと呼ぶのはあんまり好きじゃない。たぶん夢を見るのが下手になっただけだ。痛いのは嫌いだったような気がするけれど、今ではなんだかそうでもなかった。星に手を伸ばしては落としてしまう人間たちに、決して手の届かない一等星がありますように。全ては遠き理想郷。そういうやさしさがあるって思う。永遠に。
ひたり。って、手を繋いだときに肌がどこか遠く思えたんだ。貴方の胸の内がひどく脈打つように、忙しなくて、暖かくて。馴染まない肌の体温が、足し引きされていく時間が少し気障しかった。
愛しさを不法投棄して、どこへでも遠くへいこうよ。手綱を握ってくれる人からどうか離れていこうよ。一途さを神聖化して、見えなくなったものばかりじゃんね。逃げてほしいよ、笑っていてほしいよ。少なくとも許せていてほしいよ。飲み込まなくちゃいけないの?このエゴも、貴方のエゴも。
今も思い出せるんだけどさ、額に髪が張り付いていたね。貴方の胸中みたいに、物言わなくなった手と手。この手に吸い付くみたいだ。いつもみたいに、一人みたいだ。いつかみたいに貴方のいない、不完全な孤独に遭った。貴方に牙を剥く未来を、強く信じていたんだね。今は冷えていない体温を、懐かしく思うよ。
疲れたら言うんだよ。っていつも言ってあげたかったけれど、そうしてもきみは逃げられるわけじゃなかったから、遂に今日の日まで言えなかったな。立ち止まってしまった足を動かしてあげられるほどのじょうぶさはもう捻り出せないから、手を繋いで、多分つまんないとは思うけど、これからたくさんのありえないような話をするね。きみはこんなところでくたびれて座り込んでいるのが好きじゃあない人なのは知っているから、おんなじ気持ちでしなやかに寄り添ってはあげられないや。
でもいいんでしょう。きっと一人よりいいんでしょう。いつかきみがまた立ち上がって、この深い底のところから立ち上がってさ、もう一度太陽の光をさんさんと浴びて、気持ちよさそうに伸びをするまで一緒にいようね。そうしていつか、きみが隣にいるくだらない人間のことに気付いたら…、
眠りたいなら言うんだよ。つまんないとは思うけど、ずっと話していてあげるから。
揺らぐ面を眺めているような、ことができるような、隙間が胸にあればいいのに。豊かなのに。そうして涙を零すように、俯いた誰かの頬をぬくもりが撫でればいいのに。乾いた葉の切れ端を花束みたいに抱えている。一息分を求めている。幸せを一匙加えていく。今はどうかよく息を吸って吐いていいんだよ。笑っていられるだろうか。
ずっと、手を伸ばしていいって思えない日々を、時代を、誰もが送っているんだって思うけれど。
やさしさに輪郭があるんだとしたら、それを抜けるために爪の先を丸める。丸めたい。この手の伸ばし方を知りたい。かつて栄光だった未来から、シャッターチャンスを逃した過去になる。そうしているこの一瞬間を、過ごすための意味が要る。