佐々木は、長蛇の列に絶望した。
花見日和、休日の親睦会。
気になるあの子が隣に座る。
弾む会話。白いフリルが可愛く揺れて、佐々木は有頂天になった。
いつもより早く流し込んだビールと、取り分けてくれた惣菜の揚げ物が、佐々木の腹を容赦なく攻撃した。
「ちょっと、トイレ行ってきます」
「あ、はーい。待ってます」
佐々木は、ニヤつく口元を隠して、いそいでトイレに向かった。
「‥なんで、今日に限って‥」
設置された簡易トイレは、どうみても数が足りない。今か今かと、ヤキモキする気持ちを押さえて深呼吸する。
腹の痛さより、あの子の隣が取られないかが心配だ。
佐々木の順番がきた。懐かしい和式トイレで用を足し、トイレットペーパーに手を伸ばす。
カラン、カラン。
音だけが虚しく響いた。
(ああ、誰か嘘だと言ってくれ)
佐々木は天を仰いだ。とっさにひらめいてポケットからサイフを取り出した。
「今日の俺はツイてる!」
佐々木を救ったのは、スーパーのレシートだった。
その日の深夜、LINEの着信音が鳴なった。
佐々木は、ベットでうつ伏せに寝ながら、暗い部屋でスマホ画面をみてニヤニヤしている。
白クマの可愛らしいスタンプに、おやすみなさい(ハート)の吹き出しがついている。
興奮して足をバタバタさせるたびに、肛門に激痛が走った。
が、身体が勝手に動くので、いたしかたない。
「さくちゃんのお母さん、亡くなったんだって」
買い物袋をキッチンに置いて、マフラーを外しながら母がいった。
「え?さくちゃんって小学校の?」
「そうそう、さくとくんよ。仲良かったじゃない」
ソファでくつろいでいた雅也は、驚いたが、まだ、高校生だ。身近な人の『死』は、よくわからない。
その日の夜、雅也はベットに寝転び天井をぼーっと見ていた。
雅也のなかで、さくちゃんは、小学生のままだ。中高はなればなれになってから、一度も会ってない。
最後の運動会。リレーのアンカーだった雅也は、バトンを落として最下位。まわりのため息や罵声が聞こえる中、さくちゃんだけは「がんばれ、がんばれ!」と応援してくれたことを思い出した。
さくちゃんの母の葬式。
すすり泣く声が響く。
「まだ、若いのに‥一番下の子は3歳だって」
「これから大変ねぇ」
同情と悲しみに包まれた空気に、雅也の目頭も熱くなり、唾がうまく飲み込めない。
高校生になった、さくちゃんを見た。
周りの大人が泣いてる中、涙をこらえて毅然と立っている。
雅也は、泣くのをぐっと、こらえた。
かわりに、さくちゃんにエールをおくった。
(がんばれ!がんばれ!がんばれ!)
カフェで男女が向かい合って座っている。
何分くらいたったのだろうか。
男は、視線をコーヒーカップに落とし、汗をダラダラかいている。
女は、大きい目で男をじっと見ている。
「ねぇ、聞いてる?」
男は頭をフル回転させて考えていた。
女がため息をつく。怒っているようにも見える。
「何で、何も言わないの?」
びくっと男の体が動いた。膝のうえで握りしめた手に力がこもる。
「せ、席を間違えてますよ」
女はメガネをかけた。
「あ、すみません。間違えました。」
悪びれず、さっそうと席を立ち、足早に女は店を出ていった。
一人残された男は、「ふーーー」と、長い息を静かに吐き出した。
「あぁ、怖かった」
ハンカチで汗をぬぐって、冷たくなったコーヒーを一気にながしこんだ。
夜空に浮かぶ黒いお椀。
お椀に入れた星は、勢いよく溢れてこぼれていく。
こぼれた星たちは、滝となり、地上に降り注ぐ。
「‥で?続きは?」
さわがしい大衆酒場のカウンター。
灰色スーツの男が白シャツの男に聞いた。
白シャツの男は、ビールグラスをぐいっと飲みほし、長いため息をついた。
「‥続き?続きはない!さっき、オチがないことに気づいてさ、色々と考えたよ〜地上にいる人たちは口をあけて降ってくる星を食べてさ、食べ過ぎで病院に運ばれる〜とか、無限に落ちてくる星に埋めつくされて人類滅亡‥とか」
「なんだそれ」
「そうなんだよーなんだそれって自分でもなって、俺が書いたのって『起承転結』でいう『起』じゃない?!『起』だけ書いて満足してたんだよ!!あぁ、恥ずかしい」
白シャツの男は顔を両手で隠し、体をグネグネよじってもだえた。
「‥まぁ、頑張れよ」
灰色スーツの男は、ビール片手に慰めた。
‥そう、これも『起』しかない。