赤い海にいるようだと、思った。
真実、ここは海ではなく学校の廊下なのだが。
ワックスをかけて、1日しか経っていない廊下の表面は、水面の如く輝いている。また、軽く波打つ廊下の表面のせいで余計に、自分は水面の上に立っているのだろうと錯覚してしまう。
しかしそんな訳はなく、何もない夕焼け小焼けがただ単純に、照らしているだけだ。
けれど、赤い海に見えることに変わりなく、早くここからいなくなってしまおうという気持ちは、先程から変わらない。
日から背を向け歩き出せば、くんっと服を引かれる感覚に気がつき、振り向く。
振り向けばそこには男がいた。男の顔は影って見えて、誰かは伺えない。
伺えないが、手を差し出されているのはわかる。その手を掴もうかと、手を伸ばす。
そんな時、貴方のそばにと、自分の口から言葉が漏れるが、自分は今そんな言葉を吐いたのかと疑問と、恐怖に苛まれる。
そうして、差し出された手に触れようかと思えば、明るいチャイムの音が一つ二つと鳴る。ハッとして、目を手を差し伸ばした相手に目をやれば、そこに誰もおらず、赤い海もただの青い海に戻り、空気も穏やかなものに戻る。
しかし、あれはなんだったのだろうかと首を傾げて、また先程行こうとした道を急ぐ。
ただ、そんな、不思議な話だった。ただ、それだけのことである。
星を抱けば、私は。
私は、あの星になれるのではないかと。
星のひとかけらを抱けば、私は。
私は、太陽の如く輝けるのだと、錯覚していた。
星は太陽なくして輝けず。
太陽は星がいなくても輝けて、酷く残酷なものであるのだ。私は、酷い人なのだ。
太陽に近づく努力もせず、輝けないと嘆くのだから、酷く傲慢なものだろうと、自分を笑うことしかできないのだ。
こたつにみかん。
ちょっと、私の愛しい人。
そのみかん、むいてくれない?
自分では嫌よ、こたつから手を出さなければならないじゃない。それはいやよ、寒いもの。
貴方は万年暖かいのだから、いいじゃない。
私の代わりに、みかんをむいてくれても。
私、万年手が冷たいの。冷え性なの。
嫌ね、愛しい人。
私、優しくないわ。今もこうして、貴方にみかんをむかせている。酷い人なの、私。
おかしいわね、愛しい人。それが自分の特権だと、笑っていられるなんて、お気楽な人。
いつか騙されるわ。私みたいな、酷い人に。
嫌ね、愛しい人。
そんなに優しくされてしまったら、溶けてしまうわ。雪みたいに。いなくなるわ、それは嫌でしょう?
そうよね、愛しい人。貴方は私が好きだものね。
いつまでも、そのまま。雪を溶かす暖かな太陽でいてね。愛しい人。好きよ、愛しい人。
木がさわざわと泣いている様子を見ると、貴方は簡単に寂しさで泣くことができていいわねと。ふと、感じてしまう。
ここは、絶対的不可侵領域。
私の理想郷はこの6畳内かつ、小さな光源物に集約されている。
私、これが理想なの。私、これが幸せなの。
誰も分かってはくれない。
私はそれだけでいいのに。他はいらないのに。
この不可侵領域外にしか、幸せが存在しないと思っている貴方を、私が理解できないように。
貴方も、私を理解できないでしょう。
お願いだから、私の不可侵領域を荒らさないで。
ここが私のユートピア。私を私の花畑だけで、生きさせて。私は、蝶のように可憐なの。
私、妖精のように自由に羽ばたいていたいの。