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4/16/2026, 2:15:09 PM

ただ、いっしょにいるだけでよかった。

あまりわらわない、おれよりすこしちいさなきみ。



きみが来てくれて、ほんとうにうれしかった。
もうひとりじゃないと思った。


でもごめんね。


きみはおれとなんて、いたくなかったよね。
おれがはなしかけた時、いつもすこしいやなかおをしたの、きづいてたよ。

かなしかったけど、見なかったふりをしてまた話しかけた。
なんども、なんども、なんども、なんども。

だってきみもひとりだった。
ひとりぼっちでここに来た。
へやからでない。だれとも会わない。しゃべらない。
ならきみも、おれとおなじくらい、かなしくて、さみしかったでしょ。

それに、たとえ好かれていないと分かっていても、だれかのそばにいたかったの。



すこしずつ、すこしずつ、おへやから出てきてくれたきみ。


目があっただけできんちょうした。
はじめてわらってくれたときは、おもわず大きな声をだしたから、びっくりさせちゃったよね。
おれのあとについてへやを出てきてくれたの、すごくかわいかった。
手をつないだときは、泣きそうになった。
いっしょにふとんにはいると、たのしくて、くすぐったくて、でもなんだかとてもあんしんした。


だいすきだ。


だいすきになりたくて、だいすきになってもらいたくて、
いつしかほんとうにだいすきになったきみ。

きみもおれのこと、おれとおなじくらい、だいすきならいいのに。



そばにいるその子をぎゅっとだきしめると、あたたかくて、しあわせなきもちになった。
いきなりぎゅってしたから、ちょっとだけびっくりしたこえがきこえたけど、気にしない。
にこっとわらいかけると、とまどいながら、きみもにこってしてくれて。
どうしたのってきいてくれて、おれを見つめてくれる。


たいせつなたいせつな、おれだけのともだち。
あしたもあさっても、ずっといっしょにいられたらいいな。

4/15/2026, 8:26:16 AM

神は居るんだろうな、とは思っていた。
だが、祈ったことはなかった。
俺のいちばんの望みは既に叶っていて、他に不足なんてひとつもなかった。



辺りはもう、夜になっていた。中天には月が白く輝き、遠くから獣の声がしていた。
舌を動かそうとすると、口の中で砂がじゃり、と動いた。それだけでもまあまあ最悪な気分だったが、この場で唾を吐く訳にもいかなかったので仕方なく飲み込んだ。大丈夫だ。産まれてこの方、風邪なんてひとつもひいたことがないのだから。

「お前を……、……売ることにする。」

青年は、まさに非常に悩み抜いた末の決断だ、といった様子で口を開いた。事実、ここに連れてこられてから何十分も、あるいは数時間も、俺たちはこうして顔を突き合わせていた。

「……それは、考え直していただくことは出来ないのですか。」
「……あぁ……、悪いな。」

青年はそう言うと、俺の数メートル手前に座り込んだ。このまま俺を見張りながら朝を迎える気のようだった。逃げるのは……、きっと難しい。俺は何とか上体を起こして正座すると、所謂土下座のような格好をした。

「お願いします。解放してください。」
「…………。……歳の割に、えらく行儀がいいな。」
「お願いします。このまま縄を解いていただくだけで構いません。村へはひとりで帰ります。俺が村へ戻る時間で、貴方なら遠くへ逃げられるでしょう。ですから」
「残念だが、逃げるための金が無いんだ。食料も武器も無い。食料はお前の村を襲って手に入れる予定だったし、武器は仲間がそれぞれ持っていったからここにはもう残っていない。」
「でも」
「お前を売るのが1番手っ取り早くて、楽で、得だし、俺は盗賊だ。攫った子供の説得なんかには応じないし、もう黙れ。寝ろ。明日は歩くぞ。」
「…………。」

なんとか説得の手立てはないだろうか、と俺は土下座の姿勢のまま考えた。青年はきっと盗賊に向いていないか、なりたてだろうと思われた。いつも見ている者たちと毛色がかなり違っていた。身なりは小綺麗で、子供の自分に怒鳴りも殴りもしなかったし、言葉遣いもそこそこ整っていた。

「……あの」
「もう黙れ……。」

地を這うような声だった。青年の雰囲気に気圧され、一瞬たじろぐ。だまれ……黙れ?そんなつもりはなかったが、何か気に触ることでも言っただろうか。青年を見上げると、驚いたことに、彼は酷く怯えている様子だった。その様相に声を出すこともできず、俺はまた砂の混じった唾を飲み込んだ。

「お前、本当になんなんだ……。なんで怖がらない。なんでそんなに落ち着いている……。……あぁ、あの男がいるからか?お前を逃がしたら、あいつを連れて、俺を殺しに来るつもりなのか……?」

何を言っているのか、全くわからなかった。が、何故青年が俺を恐れているのかは理解した。要するに俺ではなく、父からの報復が怖いのだ。きっと村から逃げ出す前に、父が盗賊相手に大暴れしているところでも見たのだろうなと思った。初めに目が合った時も、彼は酷く怯えていたから。だからこそ、盗賊ではなく、盗賊に襲われている村人のひとりだと勘違いしてしまった訳なのだが。

黙れと言われてしまったのでとりあえず土下座の格好のまま首を振って否定したが、効果がどれだけあるかは不明だった。

「寝ろ。」

青年は繰り返した。

そもそも、俺は落ち着いているのではなく、感覚が麻痺しているだけなのだ。温室育ち、世間知らず。あまりに強い人が赤子の頃からそばに居たから、盗賊とかが普通に出るこんな世界でも危ない目にあったことがない。危険を危険だと認識はしていても、その実感が無い。ただそれだけだ。今だって現実味が無いと思っているし、なんならあまりに危機感の無い話だが、普通に眠気を感じてもいた。

俺は寝た。



夜明け前、空が白み始めた頃に青年は立ち上がった。

「行くぞ。」

それだけ言って、俺の腕を引いた。丁寧ではなかったが、乱暴でもなかった。
歩きながら、俺はぼんやりと辺りを眺めた。朝靄の中に木々の輪郭が浮かんでいた。それを見て、父はどうしているだろうかと思った。朝起きたら父が助けに来ないだろうかとも思ったが、『あの』父が未だ助けに来ていないということは、きっともう、父の元に帰るのは難しいのだろう。それよりも、何も言わずに居なくなってしまったのが、ひどく申し訳なかった。でもこれで良かったのかもしれないとも思った。俺がいない方が、父は自由に生きられるのだから。

青年は俺の歩幅に合わせて速度を落としていた。意識してそうしているのか、無意識なのかは分からなかった。



街が見えてきたのは昼を少し過ぎた頃だった。大きな街ではなかったが、人の往来はそれなりにあった。青年は人目を避けるようにして路地を選んで歩き、やがて雑然とした区画に入った。獣の臭いと、腐った何かの臭いが混ざった場所だった。

「ここで待て。」

青年はそう言うと、俺を柱に繋いで奥へ消えた。

柱に背を預けて、俺は空を見た。雲がゆっくりと流れていた。また父を思い出した。こういう時、父ならどうしただろうか。でも父ならそもそも最初に目が合った時にすぐに相手が盗賊だと気がつくだろうし、次の瞬間には目の前の盗賊を叩きのめしている。俺にはどちらも出来なかった。

しばらくして、青年が男をひとり連れて戻ってきた。品定めをするような目つきで俺を見る男だった。値段の話をしている声が聞こえたが、数字はあまり高くなかった気がした。まだ体が小さいから労働力としては価値が無いのか、と場違いにも少し悔しい気持ちになった。
青年が俺の傍に来て、縄を確認するような仕草をした。そのついでのように、小さな声で言った。

「俺が言えることでは無いが……、いい人に買ってもらえよ。」

まさにこの身が売られるという場面なのに、やはり現実味が無いのはいい事なのか、悪いことなのか。青年は街の雑踏に消え、俺は店の奥に押し込められる。こんな時でさえ俺の頭にあるのは、気高く美しいあのひとが、今日も幸福に生きられるだろうか、そうだったら嬉しい、という、ただそれだけなのだ。

4/13/2026, 2:47:02 PM

考え中

4/12/2026, 10:12:29 AM

薄闇の世界を、子供は感覚を頼りに進んでいた。何も見えないが、壁や床の質感と匂いでおおよその居場所はわかっていた。もう、幾度となく歩き慣れた道だ。今感じるのは、埃と石と、古い布の香り。あと少し進んだら絨毯が終わり、石の床になる。そこはあまり人の出入りのない屋上への階段で、子供はそこで朝を迎えるのが日課だった。

小さな子供の体では、城の石の階段は大きく、少し登っただけで息が切れる。もう少し体を鍛えたいと思いもするが、まだ成長途上の身体で筋トレなんかしたら背が伸びなくなる。なんてどうでもいい理由で、面倒な鍛錬から逃げる自分を正当化していた。とりあえず、1度休憩だ。子供は階段に腰掛けて、暗闇の中で息が整うのを待った。

こういう、真っ暗な場所は嫌いではなかった。体がこの暗闇に溶けて、混ざって、世界の一部になっている、そんな気持ちになれたから。そうしたら、自分がひとりだということを少しの間忘れられた。

「うーしそろそろ行くかー」

気の抜けた声を出して、虚無へ沈もうとする気持ちに藁を投げる。掴んだとて浮かべるかはその時次第だが、やらないよりはやった方がマシ、おまじないのようなものだ。 それがいつしか性格になって、孤独な子供の精神を支えていた。

屋上に着いた。天上に目をやると、空がほんの少し明るくなっていた。もうすぐ朝だ。とはいえ、日が昇る訳ではない。日は『既に昇っている』。この世界では日は常に天上にあり、夜の間はその光が弱まる。子供は大の字に寝転がって空の丸を見つめながら、いつものように、情緒が無い夜明けだなと思った。



この時間だけは、子供の陰鬱な生活の中で、かなりマシだと思える部類の習慣だった。

子供はーー子供自身は全く信じていないのだがーー、この世界の神に選ばれるという、王の後継なのだそうだ。数ヶ月前に保護されてからは、城の中で守られながら、衣食住の不安無く日々を生きていた。屋上でひとりきりのように思える今この瞬間でさえも、きっと忍者か暗殺者みたいな役割の人が子供を見張っている。

しかしこの時代、王の後継は子供の他にもうひとりいるのだ。で、そっちが将来的には大変優秀かつ人柄も素晴らしく武芸の腕も天才的な男になる、ということが『決定している』ときたものだから、子供は波風立てぬよう、自分には何も出来ることはありません、というのをアピールして生きていこうと思っていた。実際、子供がどんな努力をしたとて、この体が大人になる頃にはきっと大抵の分野において向こうには負けているだろうなと思っていた。ならば何もせず、政治的な駒にすらならず、努力すらする気のない無能として片付けられていた方が合理的である。そう結論づけた子供の心に迷いがあるとするなら、それはたったひとつ。こんな姿を父が見たら、眉を顰めるかもしれない。そのことだけだった。

かつて、子供の生きる理由は父だった。というか、『自分が大切だと思った人を、出来うる限り大切にする』ということがこの人生における子供の方針で、その大切な人というのが子供にとっては父だった。子供は、父が本当に大好きだった。父のためならなんでもできた。しかしその父が居ない今、子供の日々に意味は無くなった。父があまりに大好きだったから、そして実際本当に偉大な父だったから、子供が城で出会った人々ごときがその代わりをつとめられようもなかった。死ぬ理由がないから生きている、まさにそんな状態だった。

だって、子供は恵まれているのだ。

城の外ではありとあらゆる理由で死ぬ人を見た。それを全て、幼い自分には助けられないからと見捨てて来た自分が、意味の無い日々に飽きたくらいで死を選ぶわけにはいかなかった。自分にとっては憂鬱な今日この一日さえ、昨日死んだ誰かが必死に生きたいと願った一日なのだ。こうして死ぬ選択肢について考えていること自体、これ以上なく無駄に生きている証でもある。

とはいえ日々を無駄に過ごすというのが、今の子供の仕事のようなものだ。虚しい仕事だが、世界の平和のため、子供の安寧な生活のため、この生活を死ぬまで続けなければならない。



気づくと、空の色が深い青色から澄んだ水色へ変わっていた。
父の瞳のような色だ。

この世界のどこかで、父もこの夜明けを見ていたらいいな、と子供は思う。きっと見ている。無気力になってしまった子供が未だに早起きなのは父の影響であり、父は子供より早く起きる人だった。

今日も、夜明けが近づいていた。

4/11/2026, 10:34:28 PM

人と人とは、言葉で分かり合う。

親と子、兄と弟、あるいは友や隣人、恋人や配偶者と。ありとあらゆる関係性は送られ合う言葉によって築かれるものであり、それらは不確かかつ曖昧で、常に誤解を生じ、だからこそその絆は得難く、素晴らしいものだ。

しかし自分は、それがあまりうまくないらしかった。



幼い頃からそうだった。拾って育ててくれた養父母でさえ、時たまこの物言いで怒らせた。村の人々からは少し遠巻きにされ、いい歳だと言うのに交際相手どころか友人すらいなかった。笑顔で話しかけてくれるのは初対面の相手くらいで、それも自分が口を開くとどの人もその頬をひきつらせた。

「おまえは一言多いんだよ。」

村人を怒らせた後に、よく養父母から言われた台詞だった。なるほどそうかと思い言葉を選び、言葉を減らした。

しかし、何も変わらなかった。



ある日、赤子を拾った。沐浴中に籠が流れてきたので中を見たら、赤子だったのだ。赤子は衰弱して泣くことすら出来なくなっていたが、弱々しくこちらを見つめるその目には確かに、生への欲求が宿っていた。それを見て、オレはその子を拾うことにした。当時もあまり豊かではない時代だった。飢饉が起こることも度々あり、この子と似たような境遇の子供は数え切れないほど見てきた。子供に限らず、この歳までたくさんの者を見殺しにしてきた自覚はあるのだが、この子はなんとなく見殺しにするのは忍びない、可能ならオレが救ってやりたいと思った。きっと目が合ったせいだ。求められては、拒むことはできない。あるいは自分もかつては、同じ境遇であったからかもしれない。

家に連れ帰ったはいいものの、養父母に世話になっている身で食い扶持を増やすのも申し訳ないと思い、己の分の食事を少し減らして赤子に与えた。不思議なことに赤子は全く泣かなかった。代わりにこちらをじっと見つめてきて、オレが何だと声をかけるとニコッと笑った。お陰で養父母からもしばらくは隠すことができた。しかし声をかけるたびにこんな風に笑いかけてもらえるというのはオレにとっては初めてで、酷く動揺した。同時に感じたことがないような穏やかな気持ちでもあった。

その後、とある経緯で赤子の存在が養父母に露呈してからは、昼の赤子の世話は養母がしてくれるようになった。かなり遅くなったが、名前も付けた。そのあたりの時期から、赤子は泣くようになった。オレが見えている間は顔をくしゃくしゃにして、必死になって耐えているのだが、姿が見えなくなった途端堰を切ったようにふやふやと声をあげるのだった。言葉を話すようになってからは、ちちうえ、と泣いた。幼い子に寂しい思いをさせて可哀想だ、という気持ちもあったが、同時に少し嬉しいような、どす黒い感情が自分に湧いているのも感じていた。代わりに夜から朝までは子供の好きにさせた。子供はちちうえちちうえとオレの足に絡みつき、腰にぶら下がり、手を繋ごうとし、抱きつき、おやすみのキスをせがみ、そしてオレの上に乗っかって寝た。毎朝服の腹には子供のよだれの跡が丸くついたので、オレはいつも同じ服を着て寝た。

それはオレたちが家を出るまで続いた。



酷い飢饉だった。隣家でも飢えて死ぬ者が出た。年若い自分が最も家の食料を減らしていると分かっていたので、養父母には何も言わず家を出ることにした。子供を頼むと書き残して。しかし子供はそれを察していたらしかった。

「おねがいです。おれもつれていってください」

小さな声は震えていた。飢えて死にたいのかと言ったら、子供はちちうえといっしょならなんでもいいです、と泣いた。その時、子供の泣いた顔を直接見たのはこれが初めてだと気がついた。その日から子供との二人旅が始まった。

幸運なことに、仕事は飢える前に見つかった。盗賊に襲われている人を助けたことがきっかけで、自分に何らかの戦闘の才があるということを発見したのだった。武器は盗賊が使っていた弓矢と剣を拝借し、古くなったら捨てた。不安定かつ危険な仕事だったが、その分報酬はそれなりに高かったし、体を鍛えるのは楽しく、なにより自らの得意なことで人の役に立てるということが、そして自分についてきてくれた子を飢えさせずに済むということが、素直に嬉しかった。



「おれもおおきくなったら、ちちうえみたいにつよくなるんです!」
「諦めた方が賢明だな。」
「けん…?」

子供は怪訝な顔をした。この子には難しい言葉だったようだ。少し考えて言い直す。

「おまえに戦いは無理だ。向いていない。」
「な、なんでですか!?」

子供が成長するたびに、こうして平易な言葉に直すことが増えていた。子供は無知ゆえにオレの発言に怒りだすこともせず、オレが話し終わるのを素直に待っていた。それはオレにとっては有難く嬉しいことだ︎が、自分とばかり会話しているから、人を怒らせる物言いがこの子にも移らないか心配だった。

「手を見ろ。料理用の刃物でその怪我だ。武器の扱いが得意になるとはとても思えん。それに突然襲撃を受けるとお前は体が固まる。それでは武器を持っても死ぬだけだ。」
「……で、でも……、でも……。」
「そもそも、おまえはなにか作ることの方が好きなのではないか?刃物の扱いはともかく、味へのこだわりはたいしたものだ。かまどは火が燃えやすいよう石の積み方が工夫されているし、この間は余った木でなにか彫っていただろう。素晴らしい才能だ。オレには真似出来ん。」

オレに褒められているのがわかったのか、子供の顔がパッと明るくなる。でも直ぐに不貞腐れた顔に戻った。

「でも、おれはちちうえみたいにかっこいくなりたいんだもん……。」
「…………そう、……か。」

愛らしい発言にこちらが動揺する。こういう素直さは考えものだ。どう答えたらいいか分からなくなる。自分は慣れていないのだ。そう、慣れていない。こうしてはっきりと、まっすぐに、好意を伝えられるということに。

「ならばよく食べてよく眠れ。まずは戦える体を作ることだ。オレに教えられることはないが、鍛錬には付き合おう。」

出来る限りの譲歩を提案すると、ドンッと足に衝撃が来た。子供が突進してきたのだ。

「ちちうえだいすき!!」

今度こそ、オレは返す言葉を失った。



欠陥しかない親でも子は勝手に育つもので、幸いオレの物言いは子には移らなかったようだった。初めて会う人間に対しては緊張しがちではあったが、オレよりよっぽどマシな人間関係を築く子に育った。飢饉も終わり、最早こんな危険な旅に幼い子がついてくる理由も無いと思うようになったが、子に「どこかでおまえを保護してくれる人間を探そうか」とも言い出せなかった。端的に言えば、オレはその子に絆されていた。なんの警戒もなく差し出されるその小さな手を、大好きだと言う幸福そうな笑顔を、傍で眠る体温を、オレは失いたくなかったのだ。

だから、せめて自分に出来ることはなんでもした。1度でも負けるようなことはあってはならないと思った。鍛錬は怠らなかったし、難しい仕事は断った。一緒にいたいと言われたから出来るだけ傍に居たし、他にも子にせがまれたことは出来うる限り叶えてやった。まぁそれは大抵、手を繋ぎたいとかぎゅってして欲しいとか、そんな要求ではあった。

そのうち、子にせがまれる前に、手を差し出すようになった。抱き締めてやるようになった。おやすみのキスだけでなく、おはようのキスもするようになった。そのたびに子はふにゃふにゃに頬を緩ませて喜んだので、オレも嬉しかった。



言うことがない、とはこういうことか。

あるいは、これが幸福というものなのだろうか。少し違う気もする。もっと激しくて、強くて、なんらかの衝動を伴う別の感情のような。と思ったところで子がうにゃうにゃと寝言を言い出したので考えるのを中断し、毛布をかけ直してやる。幼い寝顔を眺めながら、もしかしたらこの子が大人になっても、この答えは出ないかもしれないと思った。

やはりオレは、こういうのがうまくないのだった。

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