彼女を起こさぬよう、そっとベッドを抜け出す。
軽く身支度を整え、キッチンに向かう。
なるべく音を立てないように、慎重に調理開始だ。
サラダやスープをこしらえたら、いよいよメインの玉子焼きにとりかかる。彼女の好きなふっくらふわふわの甘い玉子焼きだ。
砂糖と少しのみりんをよく溶く。焦げやすいから手早さと集中力が必要だ。火加減にも気をくばり、少しずつ焼いては寄せて卵液を足す。
菜箸に伝わるふわっとした手応えに、昨夜の彼女のふくよかで柔らかい体を思い出す。
「んー、いい匂い。おはよう。」
甘い香りに気づいた彼女が起きてきて、僕の背中に抱きついてきた。
あぁ、今日も彼女の目が覚める前までに作り終えることができなかった。
僕としては「朝ご飯できたよ。起きて?」って、眠る彼女の頬にキスをして起こすのが夢なんだけど。いつも玉子焼きの香りがそれを阻止するんだ。
ま、いっか。
起き抜けの彼女も、可愛いことに変わりないし。僕は体の向きを変え、彼女におはようのキスをする。
あ、しまった!
玉子焼き、ちょっと焦げちゃった。
お題「目が覚めるまでに」
出張先から帰京する新幹線の中で、私は何度もスマホの時計を確認する。もう間に合わないとわかっているのに。
病院の面会時間ギリギリに彼女の病室に飛び込むと、彼女はベッドの上に穏やかな表情でよこたわっていた。
「すまない。」私が言うと、彼女は「何で謝るの?見て?」と、彼女のとなりで、おくるみにくるまれた小さな命を私に見るよう促した。
私がのぞき込むと、赤ん坊はすやすや眠っている。
「抱っこしてみる?」
すでに上半身をお越し赤ん坊を胸に抱いた妻が言う。私はうなずいて、そっと、そして最上級に壊れやすい大切なものを扱うがごとく、我が子を抱いた。
「ママのお腹からやっと出てきてくれたな。生まれてきてくれてありがとう。私が君のパパだ。よろしくな。」
妻のもとに子供をかえすと、私は妻に言った。
「よく頑張ってくれたね。ありがとう。体調は大丈夫かい?立ちあえなくてすまない。」
「仕方ないわ。この子が早く私たちに会いたいって、予定日より3日も早くなってしまったんですもの。
でね、この子の名前なんだけど…。」
面会時間を大幅に過ぎてしまい、看護師がさすがに注意をしにやってきた。
「後は電話で。また明日、何としても来るから。」
私は後ろ髪をひかれつつ、幸せをかみしめながら帰途についた。
お題「病室」
I'll write it later.
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明日、もし晴れたら?!
7月から何日連続かもわからない熱帯夜と猛暑日が確定されたも同然。毎日暑さ負けしている身としては切にもう勘弁して欲しいと願うばかり。
お題「明日、もし晴れたら」
I'll write it later.
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家庭の事情で仕事を変えて早半年。
苦手でいつまでも慣れない接客業にしっぽを巻いて逃げ出したい日々だ。
時間が自由になる、ただそれだけで自宅近くのコンビニでアルバイトを始めた。
オーナー夫妻は別として、私以外は皆若い子たちだ。覚えの悪いおばさんとは働きたくないだろう。
だから、彼らが客のいない間におしゃべりをしている時などに、ゴミ捨てやクリンリネスなど、彼らがやりたくなさそうな、それでいて私が1人になって作業できることは、積極的にやった。
そうしたら、つい最近、その若い子たちの1人に、「いつも気がつくとゴミ箱はきれいになっているし、調理場も油汚れとかなくなってるし。きれいにしてくれてるの鈴木さんですよね。甘えてしまって、スミマセン。ありがとうございます。」と言われた。まさか、オーナーにも言われたことがないのに、こんな若い人に気付かれていたとは。私はただ一人になりたかっただけなのに。
若い人に物怖じして関わらない方がいいと思っていたが、私でも彼らの足を引っ張るだけでなく、役に立てることもあるのだと、若い人に教えてもらえた今日の仕事終わりだった。
お題「だから、ー人でいたい」
俺は今、小さな面接官の前に座っている。
キョウコさんの息子だ。先日、予期せぬところで彼に出会ってしまったので、日を改めて正式に面会することになった。
ファミレスのあまりに目立たなそうな席に通してもらった。
注文を済ませ、ドリンクバーでそれぞれ飲み物を準備し席につくと、小さな面接官は俺をまっすぐ見つめた。子供の澄んだ瞳というのは、世俗のアカにまみれた俺にはまぶしすぎる。
俺は彼の横に座る母親としてのキョウコさんを現実として普通に受け入れている自分に軽く驚いていた。
彼女が俺をみて頷く。
「改めて、……改めてってわかる?」と俺がきくと
「わかんない」と小さな面接官は答えた。
「だよな。んじゃ最初から。初めまして。俺の名前は…」と言いかけたのを遮って、子供が言った。
「初めましてじゃないよ。この間、走ってきたじゃない。あと、僕このおじちゃんのシャボン玉パチンパチンて」
?
俺はキョウコさんの顔を見て「いえいえ知りません」と首をふって合図した。彼女も困惑している。
子供は続けて「あとさ、あとさ、カタツムリのおじちゃん!」
いつのまに俺には二つ名が…。おじちゃんていうこの声…。それにカタツムリ…どっかで言われたような。
「??………!!」
「あーっ!」俺の大声に店員が飛んできた。「お客様、他のお客様のご迷惑になるような…」俺はくいぎみに「スミマセン。」と店員に謝った。
子供はキョウコさんと「おじちゃん怒られてるね。」とたのしそうに笑っている。
おいおい、誰のせいだと思ってるんだ。
嘘だろ?あの公園での小さな出会いが、ここに繋がっているとは。何だか俺まで可笑しくなって、3人のテーブルは笑い声に包まれた。
お題「澄んだ瞳」