ナナシナムメイ

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7/18/2024, 11:50:42 AM

〈お題:私だけ〉

「君たちには、分からないでしょうけどね!」
声を荒げたのはいつも真面目な印象の隣の席の子であった。名前は…確か…「島田さん、どうしたんですか?急に」
先生が目を丸くして授業を中断する。
「あ、いえ…その…えっ…とはい!ごめんなさい!」なんの脈絡もなく叫んでしまった島田さんに皆んなの視線が集中している。
結局、クラスは授業よりも叫んだ理由を憶測し合うに留まったのである。
清楚系とされてきた今までのイメージはチャイムがなる頃にはすっかり消え去り、クラスの島田さんへの認識は、「ふしぎちゃんだね」という誰かの呟きによって確定した。

私はクラスメイトの会話には参加せずに教室から出て、それとなく島田さんを追う。

トイレへの通路で先生と島田さんが話しているのが見えた。特に怒られているといった様子はない。むしろ先生の方が困惑している。

私は島田さんを追うのをやめて教室に戻ると、一瞬視線が集まる。島田さんと間違ったのだろう。これから無遠慮に注目されるであろう島田さんが気の毒だと思った。
しかし、授業が始まっても戻ってこない。
流石にクラスメイトから心配の声が上がる。

帰りの会、「彼女は入院することになりました」と先生がとんでもないことを口にした。
理由は、突然倒れて目を覚さないということだった。検査の為の入院と改めて説明した先生は帰りの会を切り上げる。
憶測はさらに加速して、島田さんの過去や普段の健康状態にも触れ出す人が徐々に増えていく。
私は島田さんの言葉を思い出していた。
「君たちには、分からないでしょうけどね!」
私は島田さんと同じ事を思わず叫んでいた。
私にも島田さんのことはわからない。

(物語の登場人物及び出来事は完全な創作です。)

7/17/2024, 5:06:08 PM

〈お題:遠い日の記憶〉

「もしもし、かめよ、かめさんよ」
私がこの童話を知ったのは、幼少期の頃だった。妹が歌っていた。

私は物覚えが悪いので、妹に何度もせがんで、うさぎとかめを歌ってもらった。
何度もせがむ私を、鬱陶しく思ってしまったのだろう。妹は外で遊ぶ事を提案した。

「追いかけっこしようよ」
「いやだ」
「お兄ちゃん、カメみたいだもんね」
「お前はウサギだよ、結局負ける」
足の遅かった僕は妹に追いつけないのが、つまらなかった。
でも、結局遊んだような気がする。

カメはとてもノロマで、イジメられていてる。
僕がそのカメだった。
うさぎは足が早いし、意地悪なやつを懲らしめるいいやつだ。妹には、悪口として使っていたけれど、今ならば、良い意味を含ませていたんだと…今更か。

妹とはもう疎遠になったけれど、今度、連絡でもしてみようと思う。

第一声は何にしようか。
俺は「もしもし〜」と妹に語りかけようと思う。

(合作)


7/16/2024, 3:58:00 PM

〈お題:空を見上げて心に浮かんだこと〉

真空パックに入れたようなのっぺりとした雲が空を覆っている。
12時を回ったばかりの下り坂は小雨に打たれているようだった。
濡れたアスファルトはきっと、冷たい風が傾れているに違いない。とても心地良さそうだ。

寝る時間と謳われた時刻は過ぎ去って、時計の針は緩やかに歩みを進めた。
僕は静寂に居座る秒針から耳を逸らして微かな雨音を聞く。

そのまま目を閉じれば目に見えない世界がそこにはあった。空想世界とも言われているその世界は僕の中で無限に広がっている。
一度(ひとたび)空想世界に足を踏み入れれば、ずっともっと騒がしくて冷たい。

今夜は涼しい夢が見れそうです。

7/15/2024, 3:23:45 PM

〈お題:終わりにしよう〉

環境汚染や環境破壊の根底にあるのは、人類の利便性の追求と快適性の軽視である。
便利なら快適だろうという思い込みはまさに民衆の勘違いである。

便利を享受し続けている消費主義的な思考回路では、生産者の不便を知ることはないだろう。

「食べ物を粗末にするな」「モノは大切に」「もったいない」「残さず食べなさい」「簡単に捨てるな」…etc。
これらは、生産者の提供物に感謝と敬意を示しているからこその考え方である。

「金を払っているから裁量権は自分にある。口出しするな」という考えは、生産者に対する失敬である。
同時に、生産物を消費者として購入したことを忘れ、我が物顔で扱ってしまう独裁欲に塗れた主張である。

大量生産され、大量に購入できるのは、大量に消費する事をよしとした消費者が過半数だからである。


粗暴な扱いはもう、終わりにしよう。

(脱消費者主義より)

7/14/2024, 1:48:01 PM

〈お題:手を取り合って〉

「君は何故、動かないのか」

項垂れた男は、その激動の感情に酔いしれるばかりで動こうとしない。

「己の無力を知るのが怖いのかね?期待されていないと云う事実を知ってしまうのが怖いのかね?」
もちろん心の上では、みな彼に期待している。
応援もしている。彼ならやれるだろうと。
失敗しても、初めから出来ないと分かっているから、失望もされない。彼は生きやすい世の中に辟易していた。

「微塵も期待されないのがそんなに辛い?
以前、君は期待されたくないと言っていたではないか。もしかして、上辺だけの期待に応えることも出来ない無能だと気が付いてしまったのかね?」

彼は酷く落ち込んでいる。周りの人達がみな彼に無関心であると悟ってしまったのである。

「君の失敗を本気で叱らないのも、君の事を誰も見ていないからこそだ。知っていたのだね?」

彼は、塞ぎ込んでしまった。
猛暑日だというに、心が冷え込んでしまった。だから少しでも暖まろうと自分を抱き寄せている。

「君の失敗を通して自分の行動を律している大人たちを知ってしまったから、君は無気力になってしまった。」

彼の肉体は暑さで眩暈を起こしていた。
そうすると、より鮮明に声が聞こえてくる。

「人に愚行を晒しても誰も見てくれない。ネットに自身の愚かさを晒しても、行動や行為を責め立てるばかりで君を見てくれる人は無い」

悪行には、批判が集まる。
しかし、彼を批判する言葉は少ない。
悪行は勿論、行儀や容姿や貧富を叩かれるばかりである。彼を真剣に叱ってくれる人は無い。

「君は、君の心に触れてくれる人がいない。恋愛で慰め合っても徐々に虚しくなっていく。何故なら、観客を求めて彷徨ってしまうから。二人の世界に、二人の関係性を肯定してくれる第三者を求めてしまうから」

自分の存在価値を示したい。
恋人は彼を薪にしているだけである。
彼は恋人にとって、ただの消耗品であると自覚していた。

「君が今感じているその怒りも、君を見ていない僕からの言葉のせいだ。教えてあげよう。」

少し声が薄れているのに彼は気が付いた。
「君は僕や僕以外に自分を訴え、理解されるのを求めている。その原動力が怒りだ。」

本当に声に対して怒りを向けているのか。
自分の感情が行き先を見失っている。
わなわなと震えているのは、猛暑が原因か、或いは反論すら出来ない自身に対するものか。

『君の近しい人を大切にしなさい。
心通わせることを恐れては、縁は歪んでいきますよ。お互いに助け合って生きなさい。』




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