〈お題:さあ行こう〉
あさ。「おはよう」と窓辺へ向かう。
カーテンのその先に広がる快晴に手を伸ばして深く、息を吸う。
「ふぅー」
寒さを感じさせない穏やかな風流が頬を撫で。
夢の続きに背を向ける。
顔を洗って、静寂を取り払って、熱を帯び始めた頬を張り詰める。
「ふっ…」
牛乳と、パン。ヨーグルトに蜂蜜。
「…さてと」
穏やかな一日のその予兆を身に着ける。
着替えるその目的に想いを馳せて。
友人との深い交わりに感謝する。
「そろそろ時間かな?」
時計の針はまだ幼ないから。
「行ってきます」
余裕に心を預けて、仕切りを跨ぐ。
閉ざされた扉のその残り香を胸にして、光を仰ぐ。
天に昇る頃には…きっと。
そんな夢を見る。
〈お題:木漏れ日〉
夕日で照らされる角部屋から見える外の景色は、背の高い木々に遮られ街の様子を伺う事は叶わない。森の翳りは雪解け水か、先日の雨の影響か未だにぬかるんでいるようだった。
窓から見える光景はその程度のもので、それでいて木漏れ日とその揺らめきが心地よい。或いはあの景色の一部となることに憧れでも抱いているのかもしれない。
〈お題:ささやき〉
求めているのに、届かない。
さんざめく大通りから細い通りを眺める。
踏んだり蹴ったり、凹んで傷物になったペットボトルが僅かに音を立てて姿を眩ませた。
モノクロな景色。
その中で嫌に目に付く張り紙に心が揺さぶられる。
「そこのキミ!」
「私達は見てるよ!」
そんなポスターが貼られている。
揺るぎなく、風が吹き荒んでも変わりなく。
誰も彼も掲示板に意識を向けることはない。
色褪せたポスターが移ろう流れを見続けている。
また一つ、ポイっと放り捨てた輩が足速にその場から逃げてゆく。
ペットボトルが人混みに残されてやがて見慣れた姿になってどこ吹く風と消えてゆく。
「ポイ捨てしないでね!」
かつてポスターが主張していた事柄は、薄情にも風化していった。誰の心の中にもポスターの求める事に深く賛同する者はない。
騒がしい通りのポスターをマジマジと見詰めて、褪せた言葉を、囁くばかりの私達に耳を傾ける人なんていない。
草臥れた僕はそれを細い通りから眺めている。
〈お題:春風とともに〉
早朝のランニング。太陽が雲隠れして少し肌寒く空気が澄んでいる。一息吸っての走り出しは軽やかに、身体の冷えを感じながら公園を目指す。
そういえば花粉と黄砂が世間で騒がれている事を思い出す。花粉症を持たない身からすれば実感の湧かない世界だ。
手前の十字路を右に曲がろうと足を運んだ時、風の予感に従って目を瞑る。
吹き抜ける風が柔らかい。
軽快な足取りで耳障りな選挙区を横断する。
今日も快晴だ。
公園まであと少し、目に見える距離に。
公演の前の信号機が青から赤に変わるのを見て緩やかに減速する。涼しい風が心地よい。
公園からラジオ体操の音が聞こえ始めた頃には公園に背を向けて歩き出す。
「もう行っちゃうの?」信号が青になる。
春風に相応しい温い風が本当の春を運んでいたのを、芽吹いた蕾が証明する。
〈お題:記憶〉
昔々、あるところにツム太郎さんがおりました。
あぁ、なんたることだ。
現在は務所暮らしなようです。
経緯はなんだったかなぁ…あー。
思い出せないが、しかし悪いことをよくする奴だった。風の噂で脱獄に失敗したとかなんとか。
実の所、今何をやっているかわからない。
脱獄なんて上手くいかないとそう思うんだがなぁ、何度か成功したらしいじゃないか。
本人もどんな罪で捕まったか覚えてないんじゃないか。…なんだって、唯犯罪を数えるのをやめただけだって!全く、真生の悪だね。
無期懲役がいいと思うんだがね、脱獄するんじゃ…え?5円チョコを盗んだだって?
まさか…工場を襲撃するなんてな。
前はどっかの事務所を襲撃したんじゃなかったか?…そうそう、命知らずだなぁ。
え?印象か…愉快な奴だったな。
今度、その悪い行いが認められてついに、死刑判決か言い渡されるって専らの噂だね。
…あと500年も経てば老いて動けなくなるか。