〈お題:届かないのに〉
与えられた感情の、猶予が迫る。
魅せられた、提示された、齎された感嘆の意。
冷たい水が火照った頬に焼け付く様な。
甘美な炎症が胸で痒みを伴った。
吐き出せる言葉では意味が生まれず。
視線が泳いだ先で夢を見る。
一向に言葉が出ず。一切の感謝も届かない。
抱いた理性。
懐疑的で有るならば、本能とも煩悩とも解らない。
綺麗を求めて彷徨って、清廉であろうと蓋をする。至らず籠る有終の。
過去に開いた瞳孔の、見定める先、闇の夜。
泣かねば曇る晴れの潔白。
〈お題:雨音に包まれて〉
長い時間、太い枝の下で立ち往生している。
散歩に出掛けた日に限って雨が降る。
雨に打たれ、「水も滴るいい男」になったわけでもないから損な事だ。
なにより今朝の天気予報は晴れだったはずだ。
「雨具は無しか…」
散歩用のリュックサックの中に常備してあった雨具一式は、連日降る雨のため一度外に放り出したのだ。乾かすという名目によって回収を怠った事実に今は苦しめられている。
さて、思考は流れ、雨に関連する記憶に耽って空を見る。
灰色の空に、ザーザーと耳を圧迫する騒音。
遠くの方で雷の音がする。
「これは…」
木の下が安全とは言い難い状況と、激しさを増す雨に、焦燥感を煽られる。
一時間もしないうちに頭上に雷様が現れる。
なんで、こんな人里から離れた場所へ足を踏み込んでしまったのか。
風邪をひきたくない一心で、比較的弱い雨の中を帰らなかったのか。長引くと知りながら楽観的でいられたのか。雨が騒ぎ立てる。
どうやら、もう雷様がいらっしゃるようだ。
〈お題:さあ行こう〉
あさ。「おはよう」と窓辺へ向かう。
カーテンのその先に広がる快晴に手を伸ばして深く、息を吸う。
「ふぅー」
寒さを感じさせない穏やかな風流が頬を撫で。
夢の続きに背を向ける。
顔を洗って、静寂を取り払って、熱を帯び始めた頬を張り詰める。
「ふっ…」
牛乳と、パン。ヨーグルトに蜂蜜。
「…さてと」
穏やかな一日のその予兆を身に着ける。
着替えるその目的に想いを馳せて。
友人との深い交わりに感謝する。
「そろそろ時間かな?」
時計の針はまだ幼ないから。
「行ってきます」
余裕に心を預けて、仕切りを跨ぐ。
閉ざされた扉のその残り香を胸にして、光を仰ぐ。
天に昇る頃には…きっと。
そんな夢を見る。
〈お題:木漏れ日〉
夕日で照らされる角部屋から見える外の景色は、背の高い木々に遮られ街の様子を伺う事は叶わない。森の翳りは雪解け水か、先日の雨の影響か未だにぬかるんでいるようだった。
窓から見える光景はその程度のもので、それでいて木漏れ日とその揺らめきが心地よい。或いはあの景色の一部となることに憧れでも抱いているのかもしれない。
〈お題:ささやき〉
求めているのに、届かない。
さんざめく大通りから細い通りを眺める。
踏んだり蹴ったり、凹んで傷物になったペットボトルが僅かに音を立てて姿を眩ませた。
モノクロな景色。
その中で嫌に目に付く張り紙に心が揺さぶられる。
「そこのキミ!」
「私達は見てるよ!」
そんなポスターが貼られている。
揺るぎなく、風が吹き荒んでも変わりなく。
誰も彼も掲示板に意識を向けることはない。
色褪せたポスターが移ろう流れを見続けている。
また一つ、ポイっと放り捨てた輩が足速にその場から逃げてゆく。
ペットボトルが人混みに残されてやがて見慣れた姿になってどこ吹く風と消えてゆく。
「ポイ捨てしないでね!」
かつてポスターが主張していた事柄は、薄情にも風化していった。誰の心の中にもポスターの求める事に深く賛同する者はない。
騒がしい通りのポスターをマジマジと見詰めて、褪せた言葉を、囁くばかりの私達に耳を傾ける人なんていない。
草臥れた僕はそれを細い通りから眺めている。