〈お題:ささやき〉
求めているのに、届かない。
さんざめく大通りから細い通りを眺める。
踏んだり蹴ったり、凹んで傷物になったペットボトルが僅かに音を立てて姿を眩ませた。
モノクロな景色。
その中で嫌に目に付く張り紙に心が揺さぶられる。
「そこのキミ!」
「私達は見てるよ!」
そんなポスターが貼られている。
揺るぎなく、風が吹き荒んでも変わりなく。
誰も彼も掲示板に意識を向けることはない。
色褪せたポスターが移ろう流れを見続けている。
また一つ、ポイっと放り捨てた輩が足速にその場から逃げてゆく。
ペットボトルが人混みに残されてやがて見慣れた姿になってどこ吹く風と消えてゆく。
「ポイ捨てしないでね!」
かつてポスターが主張していた事柄は、薄情にも風化していった。誰の心の中にもポスターの求める事に深く賛同する者はない。
騒がしい通りのポスターをマジマジと見詰めて、褪せた言葉を、囁くばかりの私達に耳を傾ける人なんていない。
草臥れた僕はそれを細い通りから眺めている。
〈お題:春風とともに〉
早朝のランニング。太陽が雲隠れして少し肌寒く空気が澄んでいる。一息吸っての走り出しは軽やかに、身体の冷えを感じながら公園を目指す。
そういえば花粉と黄砂が世間で騒がれている事を思い出す。花粉症を持たない身からすれば実感の湧かない世界だ。
手前の十字路を右に曲がろうと足を運んだ時、風の予感に従って目を瞑る。
吹き抜ける風が柔らかい。
軽快な足取りで耳障りな選挙区を横断する。
今日も快晴だ。
公園まであと少し、目に見える距離に。
公演の前の信号機が青から赤に変わるのを見て緩やかに減速する。涼しい風が心地よい。
公園からラジオ体操の音が聞こえ始めた頃には公園に背を向けて歩き出す。
「もう行っちゃうの?」信号が青になる。
春風に相応しい温い風が本当の春を運んでいたのを、芽吹いた蕾が証明する。
〈お題:記憶〉
昔々、あるところにツム太郎さんがおりました。
あぁ、なんたることだ。
現在は務所暮らしなようです。
経緯はなんだったかなぁ…あー。
思い出せないが、しかし悪いことをよくする奴だった。風の噂で脱獄に失敗したとかなんとか。
実の所、今何をやっているかわからない。
脱獄なんて上手くいかないとそう思うんだがなぁ、何度か成功したらしいじゃないか。
本人もどんな罪で捕まったか覚えてないんじゃないか。…なんだって、唯犯罪を数えるのをやめただけだって!全く、真生の悪だね。
無期懲役がいいと思うんだがね、脱獄するんじゃ…え?5円チョコを盗んだだって?
まさか…工場を襲撃するなんてな。
前はどっかの事務所を襲撃したんじゃなかったか?…そうそう、命知らずだなぁ。
え?印象か…愉快な奴だったな。
今度、その悪い行いが認められてついに、死刑判決か言い渡されるって専らの噂だね。
…あと500年も経てば老いて動けなくなるか。
〈お題:さぁ冒険だ〉
朝起きたら顔を洗う。
冷たい水に触れる勇気を賞賛しよう。
顔を冷や水で洗いながらぼんやり考える。
今日は一日…。日常だ。変わり映えしない。
いつもと同じ。"それは嫌だ"そう感じた時が踏み出す絶好の機会である。
朝食をいつもより豪勢に。いつもの日課に一手間を加えるか。それでは物足りない。
時間が有れば、まだ見ぬお食事処なんかに行くのも一つ。
それでは時間がかかり過ぎる。
或いはそんな時間がない。
そんな時は、小さな冒険をする。
例えば、時間の掛からない冒険を。
「時間に余裕ができた時、〜〜をしよう!」
〜〜に当てはまる言葉は好きな物を。
ただ少し、昨日はしていなかった事を。
〜花見をしよう。〜夢を友人と語ろう。〜旧友に連絡を取ってみよう。〜夜、散歩に出掛けてみよう。〜月をしっかり観察してみよう。〜お風呂のお湯にいつもより長く浸かってみよう。
或いは入浴剤を変えてみるとか。
意識的にいつもと違う事をする時に、唱えて欲しい言葉がある。
「さぁ冒険の始まりだ!」
小さな冒険が味気なければ次はもっと大きな冒険を。
〈お題:ひそかな想い〉
私は、今。とても…。