気がつくと風が強さを増していた
重たい風が木々を揺らす
いつもなぜ風の弱いうちに
行かんとせんのだろうか
そうだ私には未来が見えない
だから見ようともしなかった
見えないのなら考えるだけ辛いと
私は心を空っぽにしてしまった
そうやって毎度失敗をして
自分に落胆し周囲に落胆させた
たとえ嵐が来ようとも
ここにとどまれはしない
困難に苛まれ間に合わねども歩くしかないのである
何もない道を
生まれたところは畜生の
向かうところは修羅にして
辿り着く先地獄道
ここは天下の桂川
引き返したるは本能寺
篝る炎を後にして
単三日と判れども
もはや先に平和なし
己がままに突き立てよ
過ぎゆく脳裏に我が妻子
己がただ今欲するは
そこには来るなとしかと告ぎ
迫る安寧世の為に
ひたすら東を掛け行かん
儚かる夢我が命
風前の灯は揉み消えゆ
己の刀のその先に
約一寸の光あり
ベルが鳴った。
私の意識はすぐさま覚醒した
客を一番に迎えた誇り高い鍵守りの声は勇猛に溢れている
ああ 億劫だ 憂鬱だ
甲高い鐘の音が脳を直にさわっているようだ
私は覚悟をして自分だけの
世界から出ていかなければならない
無知を恥ずることなく
時間に囚われることなく
ありのままにいられる世界だったのに
私は重い腰を上げて玄関の扉を開ける
そこに立っていたのはありし日の私だった
情けない
息を立てて眠る寵児に一体注がれるものは何ぞや
それは大いなる大自然にかつてから溢れていた
殺風景なビルディング街に吹き付けるものは何ぞや
扣けど中は伽藍堂でそれはとても無愛想だった
凍つた滝の中を流れていくものは何ぞや
何も流れず時間だけが止まっている
それはただ世が情のなかにある限り時は止まり続けている
何者もそれを溶かすことなかれ
全てが逆さまだったあの頃に
心を捧げて目を伏せた
置き捨てた机上の砂時計は
もう何も測ってはくれない
雨上がりの水溜まりに佇むその姿は
どこか遠くを眺めていた
彼が残した行き場のない波紋と
共に私は歩いている