ななしろ

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6/4/2023, 5:45:26 AM

 わたしの恋は生まれた瞬間から失われるべきものだった。叶いようのない想い。抱くことすら許されぬ想い。その横顔を眺めているだけで満足していられたのならよかったのに。わたしの名を呼ぶ声には親しみが込もっている。向けられる眼差しには慈しみが満ちている。それらに気が付くたび胸をかきむしりたくなるような衝動が走る。どのようなことがあってもわたしは彼女の恋愛対象にはなれない。注がれるのは紛れもない“愛”のみであって、決して“恋”になることはない。
 穏やかに愛されている事実の、ぬるま湯のような心地よさ。燃えるように愛することができない現実の、息が詰まるほどの苦しさ。彼女はわたしが生涯で得る感情の悉くを向ける唯一であり、世界を鮮やかに彩るすべてだった。ほんとうは彼女以外に何もいらない。血を吐きながらでも側に居たいだけ。だけどわたしは、彼女がわたしのありきたりな幸せを願っていることを知っていた。
 ああ。だから、この恋は最初から報われないのだ。わたしは彼女を愛するどころか想いを伝えることすら望んではいけない。喉を焼くどろどろとした情欲は臓腑の奥底まで隠して、絶えることのない無償の愛を笑顔で受け止めて。いつか二人を別つときが来るまで、無垢な子どものふりをするわたしを赦してほしい。

6/3/2023, 4:13:50 AM

「わたし正直だからはっきり言わせてもらうけど」

 そうして始まるお説教。の、ふりをしたマウント取り。わたしはそんなやり方しないとか、アンタの考え間違ってるとか。アンタのためを想って、なんて何度聞かされただろう。それを言っておけばどんな言葉でも許されると思ってる? 正直っていうより、相手の気持ちを考えられないって自己紹介してるようなものじゃないの。サバサバ系を自称しているけど、その態度と言い方が原因で周りから人が離れていってるのには気付いていない。
 いつ孤独になるかな。いつ後悔するかな。あたしはあなたのこと全然想ってないから悪いところは一切指摘してやらないし、ひねくれ者だから取り返しがつかなくなる時を楽しみに待っている。誰からも見捨てられて気にかけてくれるすらいなくなったら、今まであたしがされてきたみたいに正直に言わせてほしい。「あなたが嫌われてるからこうなったんですよ」って。

5/4/2023, 9:35:09 AM

 星降る夜に旅立った君よ。あれから幾年が過ぎただろう。かつて小さな子供であったぼくたちの記憶は遠い空の向こうに取り残されたまま。背丈が伸びようと、あの頃より高く手を伸ばそうと、瞬く光には届かない。君だけが幼さを残した姿で星の間を駆けている。そんな夢を未だに見る。
 別れの言葉も交わせなかった君よ。ただひとつ心残りなのは、最期までぼくの友でいてくれた感謝を伝えられなかったことだ。もう帰ることはできないあの夜を思いながら静かな水面へと花を流す。そしてこの川が遠くの銀河まで続いて君のもとへまで届きはしないかと、宝石を散りばめたかのような空を見上げながら祈った。

4/26/2023, 9:26:35 AM

 流れる星に何を見る? 果てなき夢かな、誰かの命かな、もしくは降り掛かるかもしれない吉凶とか?
 それは一秒にも満たない軌跡。だから人々は星にまぼろしを見る。いつの日かの願いを見る。けれど、流れる星は実在するもの。彗星からこぼれ落ちた塵、数千度にもおよぶプラズマの輝き。現実と幻想の間で瞬く光に人々は想いを託す。星はただ空に線を、描く。

 流れる星に何を願う? 叶えたい夢かな、誰かの幸せかな、もしくは平穏な未来とか?
 奇跡ではないぼくたちだけれど、それでもいいなら想いを聞かせて。そして瞬くプラズマの中、きみたちの眼差しを受けたぼくたちにも願わせてほしい。どうかその願いが叶いますように。この輝きが燃え尽きる瞬間を、きみたちが見届けてくれますように。

4/15/2023, 3:39:51 AM

 古くから在る神社の本殿。その賽銭箱の前で年端もいかぬ子供が何やらしゃがみ込んでいる。悪戯されては敵わんと注意するために近付いたが、よく見れば子供は賽銭箱のふちにガラス玉や飾りボタンなどを丁寧に並べていた。

「何をしている?」
「うん?」
「どうしてそんなものを並べているのだ」
「これね、かみさまにあげてる」

 同じようにしゃがんで問うてみると、子供はたいして驚きもせず素直に答える。小さな手が握りしめているのは並べているそれらを入れていたらしい小袋と、拙い字で『かみさまへ』と書かれた封筒だった。

「その手紙は?」
「おねがいごとしたいから、かみさまにかいたの」
「この供え物たちはお前のものか?」
「うん。わたしのたからもの」
「自分の宝を神に捧げると」
「たからものあげたら、おかあさんのびょうきはやくなおしてくれるかなって」
「なるほど」

 磨かれたドングリ、キラキラ輝くシール、愛らしい指人形。短い生の中で集め大切にしていたそれらを、幼子は母のために捧げるという。

「よろしい。思いが本物であれば供物は選ばぬ」
「うん?」
「お前の宝を神は受け取ると言った。ただそこに並べられると他の参拝者が困るゆえ、置くなら祭壇にしなさい」
「はいっていいの?」
「靴は脱ぐのだぞ」
「はあい」
「そして両の手を合わせ、母のことを願いなさい。自分の名前と住所を言うと尚よい」

 ついでに作法を教えれば、言われた通りに柏手を打って願いを告げた。最後に小さくお辞儀をした後、子供は伺うようにこちらを見上げる。

「かみさま、これでおねがいごとかなえてくれる?」
「ああ、しっかり聞き届けたからな。願いが叶ったら知らせに来なさい。また手紙でもよいぞ」
「わかった!」

 不安に強張っていた顔を緩めて、子供はようやく年相応に笑ってみせる。


 そして、その数ヶ月後。願い事をした時よりも晴れやかな表情で、子供は自分の母と再び参拝に来ていた。

「こんなところに神社があるなんて知らなかった。一人でお参りしてくれてありがとう」
「うんっ」
「お参りの仕方を教えてくれた人にも会えたらよかったんだけどねえ。お礼が言いたかったのに」
「わたしがおてがみかいたから、だいじょうぶだよ!」
「ほんと? ちゃんとお礼書けた?」
「うん!」

 親子の楽しそうな会話を聞きながら、神は本殿に届いた二通目の手紙を開くのだった。

『かみさまへ
 おかあさんげんきになりました
 おねがいごとをかなえてくれて、ありがとうございました
 またあいたいです!』

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