古くから在る神社の本殿。その賽銭箱の前で年端もいかぬ子供が何やらしゃがみ込んでいる。悪戯されては敵わんと注意するために近付いたが、よく見れば子供は賽銭箱のふちにガラス玉や飾りボタンなどを丁寧に並べていた。
「何をしている?」
「うん?」
「どうしてそんなものを並べているのだ」
「これね、かみさまにあげてる」
同じようにしゃがんで問うてみると、子供はたいして驚きもせず素直に答える。小さな手が握りしめているのは並べているそれらを入れていたらしい小袋と、拙い字で『かみさまへ』と書かれた封筒だった。
「その手紙は?」
「おねがいごとしたいから、かみさまにかいたの」
「この供え物たちはお前のものか?」
「うん。わたしのたからもの」
「自分の宝を神に捧げると」
「たからものあげたら、おかあさんのびょうきはやくなおしてくれるかなって」
「なるほど」
磨かれたドングリ、キラキラ輝くシール、愛らしい指人形。短い生の中で集め大切にしていたそれらを、幼子は母のために捧げるという。
「よろしい。思いが本物であれば供物は選ばぬ」
「うん?」
「お前の宝を神は受け取ると言った。ただそこに並べられると他の参拝者が困るゆえ、置くなら祭壇にしなさい」
「はいっていいの?」
「靴は脱ぐのだぞ」
「はあい」
「そして両の手を合わせ、母のことを願いなさい。自分の名前と住所を言うと尚よい」
ついでに作法を教えれば、言われた通りに柏手を打って願いを告げた。最後に小さくお辞儀をした後、子供は伺うようにこちらを見上げる。
「かみさま、これでおねがいごとかなえてくれる?」
「ああ、しっかり聞き届けたからな。願いが叶ったら知らせに来なさい。また手紙でもよいぞ」
「わかった!」
不安に強張っていた顔を緩めて、子供はようやく年相応に笑ってみせる。
そして、その数ヶ月後。願い事をした時よりも晴れやかな表情で、子供は自分の母と再び参拝に来ていた。
「こんなところに神社があるなんて知らなかった。一人でお参りしてくれてありがとう」
「うんっ」
「お参りの仕方を教えてくれた人にも会えたらよかったんだけどねえ。お礼が言いたかったのに」
「わたしがおてがみかいたから、だいじょうぶだよ!」
「ほんと? ちゃんとお礼書けた?」
「うん!」
親子の楽しそうな会話を聞きながら、神は本殿に届いた二通目の手紙を開くのだった。
『かみさまへ
おかあさんげんきになりました
おねがいごとをかなえてくれて、ありがとうございました
またあいたいです!』
4/15/2023, 3:39:51 AM