好き嫌い。
ってさ、人間なら誰しもあることだと思うんだ。
感受性があればね。
でさ、学生だったら誰しも―――ってことはないと思うけど、でもさ、嫌いな人多いと思うよね。
なにがって、教師。
私もね、凄くムカムカしている。いつも。
難しくって、うーんって悩んでいる問題を、いつも的確に当ててくるんだよね。それでさ、私は答えられなくって、みんなの前で恥をかく。
私、体育が一番苦手なんだけどさ、・・・あの人たちってなんなんだろうね。「やれば出来る」って主張してくるんだよ。「辛いのはお前だけじゃない」って。
あは。あはは。あ、ごめんごめん。
イライラしちゃってさ、一周回って面白くなっちゃった。おかしくなったわけじゃないから、変に思わないでね。
それでさ、本題なんだけど、きみも私と同じ気持ちでいてくれたら、私としてはこの上なく嬉しいんだ。。
つまりね、私は今から、彼ら―――教師に対する復讐計画を仕掛けようと思って、実際に今夜それをとりおこなう手筈が整っているんだけど、きみもその計画に参加しない? ってお誘いをしているんだよ。
どうかな?
もしきみが、少しでも計画に積極性を持ってくれるのであれば、今夜十二時きっかりに、××高校の焼却炉の前で待っていると誓おう。
なぁに。校門は乗り越えられるよう、側に踏み台を置いておくよ。
後、一時間四分・・・楽しい夜になりそうだね。
―――人生には、きみの将来を左右する選択肢が存在している。
朝。
最近、幼馴染の様子がおかしい。
同じ部活に入っている先輩とデートをしているところを目撃されてから、挙動が妙だ。
「なあ、今日一緒に帰らないか?」
放課後。
校門前で立っている幼馴染にそう聞かれる。一緒に帰っているところを誰かに見られたら、恥ずかしいだろ、と前までは言っていたのに、一体どういうつもりなのだろう。
一先ず、心の中で選択肢を上げてみる。
一緒に帰る。
一緒に帰らない。
取り敢えずは、この二択だろうけど・・・、以前までは、一緒に帰るなんて以ての他と言っていたのは彼の方だし、最近の彼に違和感を感じるのも事実だ。ここは、暫く様子を見るという意味でも、そっとしておくのがいいだろう。
「ごめんなさい。一緒に帰って友達に噂されるのも恥ずかしいし」
そう返すと、幼馴染は悲しそうに眉を下げて帰って行ってしまった。ちょっと可哀想なことをしてしまっただろうか。
次の日の放課後。
「なあ、今日一緒に帰らないか?」
昨日と変わらず、一言一句同じ台詞を吐く幼馴染。
諦めないなぁと思いつつ、恒例のように選択肢を二つ考える。
一緒に帰る。
一緒に帰らない。
しかしこれは、考えるまでもないだろう。
「ごめんなさい。一緒に帰って友達に噂されるのも恥ずかしいし」
幼馴染は悲しそうな表情をして帰って行った。二回目ともなると、心が痛んでくる。
また次の日の放課後。
「なあ、今日一緒に帰らないか?」
・・・三回連続でこう来るとなると、逆に関心するものがある。
ここまでくれば、選択肢を考えるのも不毛というものだ―――
一緒に帰る。
一緒に帰る。
一緒に帰る。
一緒に帰る。
―――?
「うん、一緒に帰ろう」
不思議と口が勝手に動く。
まるで、誰かに操作されているみたいに。
「ああ! 帰ろう!」
幼馴染は、私の言葉にうれしそうに声を上げた。
まるで願い事が叶ったときみたいに、満面の笑みを携えて。
―――入生、には、キみの将來を佐右すル選択死、が存在死てイる。
「はあ、最悪」
「あー最近多いよね。SNSでよく見かける。人のリプライ荒らしたりね」
「それ害悪。そうじゃなくて、最悪って言ったの」
「血と血で結ぶ約束・・・」
「なんだそれ。約束・・・契約とか?」
「ぶっぶー! 盟約でしたー!」
「今の君が一番迷惑だよ!」
「ところで、なにが最悪なの?」
「君のせいで綺麗さっぱり忘れたよ!!」
「よかったね」
「・・・さ、サンキュー?」
「どいたま」
「往復一回殴りたい」
「せめて一発にして」
俺は『秘密』が嫌いだ。
絶対に誰にも言わないでね、なんて―――そんな分かりやすい前振りをされたら、誰だって言いたくなるものだ。公言したくなるものだ。日本のエンタメ的に言えば、言うな=言えだろう。幼稚園だって知っているさ。
クラスはおろか、学校中に広まった『好きな子の話』に、元凶はお前かと、至極当然のように、俺は詰められた。
まあ、そりゃそうだ、と。
その友人が、自分の好きな子の話をしたのは、俺だけだったのだから、相手からすれば激昂ものである。ちゃんとしっかり、言わないでって口止めしたんだから。
でも、仕方がないんだ。
俺の中で半強制的に、言うなという言葉が、言えという言葉に置き換えられてしまうのだから。
仕方ないんだ。上島さんを尊敬しているんだから。
いや、まあ。これは全面的に俺が悪いんだけどさ。
と、そんなエピソードがあるから、俺は秘密が嫌い。大嫌い。秘密っていう言葉は聞きたくもない。―――秘密のアッコちゃんは例外だけどね。
それでも、秘密にしてねと言われる度に、病的なまでに反応する俺の口は、秘密にすることを厭えなかった。
一応、反省はしているんだぜ。後悔はしていないけどね。
―――そんなんだからかな。とうとうバチが当たったのは。
初めて出来た彼女に、内緒だよと言われた。可愛らしく頬を染めて。
その瞬間に悟った。俺はまた一人、相関図から人を減らしてしまうのかと・・・、結果として、その予想は間違っちゃいなかった。
内緒だよ、と言った彼女は、続けざまに言葉を放った。
「実はね、私、貴方のせいで人生をぶち壊された男の妹なの。知らなかったでしょ。知らないでしょうね、私のことも、その男のことも。お兄ちゃんは、貴方の軽率な行動で自ら命を絶ったのだけれど、貴方はそんなこと知りもしないでしょうね。早々に転校してしまったものね。自分の行いの尻拭いすらせずに」
彼女の発した言葉の意味を、中々理解出来なかった。いや、理解したくなかったと言った方が正しいかもしれない。
確かに、いちいち他人のことを覚えていないのは事実だ。俺が『秘密』を触れて回った後も関係性が続いていればその限りではないが、殆どの人間から縁を切られているのだから、忘れていても不思議ではない。
彼女は、怒りに表情を歪めているようだった。俺が破滅へと導いてしまったらしい男の妹―――そんな女が、俺にわざわざ告白して来た理由は。
「・・・っう、く・・・ぁ・・・・・・」
女は、後ろに隠し持っていたのか、おもむろに包丁を、俺の腹へとあてがった。鋭い痛みは、腹部を中心として全身へと浸透していく・・・、そんな気がした。
腹部から血が流れ出る。
ああ、くそっ。なんだってこんなことに―――いや、因果応報というやつか。だからって、そうむざむざと死を受け入れるだなんて、到底出来やしないけど。
こんなことなら―――と、そこで俺は、重大なことに気付いた。
俺は、この女のことをなにも知らない。
告白されて付き合ったのは数日前どころではなく、1年半前だ。それだけの月日を共にしたのに、好きな物や嫌いな物なんて些細なことさえ知らなかった。
『秘密』でさえも。
ああ、こんなことなら、もっと聞いておくんだった。初めての彼女に浮かれ過ぎていたのかもしれない。
もっと女の話を深掘りしていれば、もしかしたら誰も知らない女の秘密を―――弱みを、知れていたのかもしれないのに。
俺はそんなことを、薄れゆく意識の中でひたすら考えていた。みっともなく、薄汚く、卑しく。
「内緒、だよ。なんて・・・もう、大っぴらに広めたくても、出来ない話だけどね」
男が絶命した後、女は血濡れた包丁を手にしたまま、ポツリと呟いた。
「狭い住まいは不快だとは思わないかい?」
「突然どうしたんだ。こんな狭っ苦しい空間で、まさかラップバトルでも始めようって言うんじゃないだろうな。だとしたら、おれは四の五の言わずに勝負をおりるから、不戦勝でお前の勝ちだよ」
「初対面の人間に『お前』と言うのは、些か不躾じゃないかな? それはともかく、開幕早々に掛け言葉を決めてやりたかっただけなんだ。冒頭の台詞に関しては気にしないでくれ」
「気にするなと言われても、気になるのがおれの性だが・・・、まあ、今は右から左へ華麗に受け流すとしよう」
「ああ、そうしてくれ。しかし、君はなんというか、適応力が高いのだな。華麗に受け流せれるのは、若者の特権だと思うよ。僕の方はと言うと、華麗ではなく加齢なのか、細かいことが気になって仕方なくてね」
「それは加齢ではなく性格の問題なんじゃないか? ああ、そうそう。さっきは言いそこねたんだが、こんなにもブツブツと長ったらしく話していたって、読者は飽きるだけだと思うんだ。つまり、何が言いたかと言えば、無駄な雑談は置いておいて、さっさと本題に入るべきだと言うことだ」
「秋が来るよりも先に飽きが来ると言うのならば、そうだね。確かに、早々に本題に入るべきだ。前置きはなるべく短く行こうじゃないか」
「後は、下手な駄洒落が霧散してくれれば、最高だな」
「君は、一見けものへんとは全く無関係に思える『狭』という字に、何故けものへんが付いているのか考えたことはあるかい?」
「・・・質問に質問で返すようで悪いが、もしかして本題っていうのはそれか? だとしたら、今すぐこの話を中断して、外に助けを求めることに労力を費やす方が有益だぜ。アンケートしなくったって、そんな話題、誰も興味がないことは明白だからな」
「なに。一体何故けものへんなのか? の問いを喉から手が出るほど気になる読者はいないと言いたいのかい? そんな馬鹿な。馬と鹿が狂乱するよ」
「あのな、気になる奴はいるかもしれないが、今はなんたって文明の利器というものが存在するんだ。気になる奴は個々で調べるに決まっている。そういう時代だ」
「ほう、そういう時代なのか。なるほど。すまほというのは、そんなにも便利な電子機器だったんだね。一体この薄っぺらい機体で何が出来るのかと不思議だったんだ」
「時代について行けてなさ過ぎるぞ、お前・・・」
と、男二人が生産性のない会話を繰り広げていると、エレベーターに取り付けられている小型の音声装置から、若い女性の声がした。
その声は、大変申し訳なさそうに言った。
先刻から落雷の影響で停止していたエレベーターだが、復旧の目処がたったので、後数分もすれば無事稼働する・・・と、そのような有無のことを。
「なんだか、エレベーターが停止したことより、お前と二人で閉じ込められたことにほとほと疲労を感じたぜ。だがまあ、やっと動くらしいから、その疲労感ともおさらばだな」
「なに。密室に閉じ込められておきながら、いつ動くとも知れないエレベーターに閉じ込められては、神経を使うのも必然だ。君の疲労はあって当然のものだ、若者よ」
「これ以上おれを疲労させたくなければ、稼働するまで話しかけるのは遠慮してくれないか。それと、さっきも気にかかったんだが・・・、どう考えてもおれより年下のお前が、おれを若者って呼ぶのは、ちょっと違和感があるんじゃないか?」
「何を言う。僕は君よりずっと年上だ。なにせもう十余年は、このエレベーターに籠もり切りだからね」
それだけ告げると、男は姿を消した。
ふっ、と煙のように、たちまち。
〜♪(世にも奇妙なBGM)