うぐいす。

Open App

「狭い住まいは不快だとは思わないかい?」
「突然どうしたんだ。こんな狭っ苦しい空間で、まさかラップバトルでも始めようって言うんじゃないだろうな。だとしたら、おれは四の五の言わずに勝負をおりるから、不戦勝でお前の勝ちだよ」
「初対面の人間に『お前』と言うのは、些か不躾じゃないかな? それはともかく、開幕早々に掛け言葉を決めてやりたかっただけなんだ。冒頭の台詞に関しては気にしないでくれ」
「気にするなと言われても、気になるのがおれの性だが・・・、まあ、今は右から左へ華麗に受け流すとしよう」
「ああ、そうしてくれ。しかし、君はなんというか、適応力が高いのだな。華麗に受け流せれるのは、若者の特権だと思うよ。僕の方はと言うと、華麗ではなく加齢なのか、細かいことが気になって仕方なくてね」
「それは加齢ではなく性格の問題なんじゃないか? ああ、そうそう。さっきは言いそこねたんだが、こんなにもブツブツと長ったらしく話していたって、読者は飽きるだけだと思うんだ。つまり、何が言いたかと言えば、無駄な雑談は置いておいて、さっさと本題に入るべきだと言うことだ」
「秋が来るよりも先に飽きが来ると言うのならば、そうだね。確かに、早々に本題に入るべきだ。前置きはなるべく短く行こうじゃないか」
「後は、下手な駄洒落が霧散してくれれば、最高だな」


「君は、一見けものへんとは全く無関係に思える『狭』という字に、何故けものへんが付いているのか考えたことはあるかい?」
「・・・質問に質問で返すようで悪いが、もしかして本題っていうのはそれか? だとしたら、今すぐこの話を中断して、外に助けを求めることに労力を費やす方が有益だぜ。アンケートしなくったって、そんな話題、誰も興味がないことは明白だからな」
「なに。一体何故けものへんなのか? の問いを喉から手が出るほど気になる読者はいないと言いたいのかい? そんな馬鹿な。馬と鹿が狂乱するよ」
「あのな、気になる奴はいるかもしれないが、今はなんたって文明の利器というものが存在するんだ。気になる奴は個々で調べるに決まっている。そういう時代だ」
「ほう、そういう時代なのか。なるほど。すまほというのは、そんなにも便利な電子機器だったんだね。一体この薄っぺらい機体で何が出来るのかと不思議だったんだ」
「時代について行けてなさ過ぎるぞ、お前・・・」

 と、男二人が生産性のない会話を繰り広げていると、エレベーターに取り付けられている小型の音声装置から、若い女性の声がした。
 その声は、大変申し訳なさそうに言った。
 先刻から落雷の影響で停止していたエレベーターだが、復旧の目処がたったので、後数分もすれば無事稼働する・・・と、そのような有無のことを。

「なんだか、エレベーターが停止したことより、お前と二人で閉じ込められたことにほとほと疲労を感じたぜ。だがまあ、やっと動くらしいから、その疲労感ともおさらばだな」
「なに。密室に閉じ込められておきながら、いつ動くとも知れないエレベーターに閉じ込められては、神経を使うのも必然だ。君の疲労はあって当然のものだ、若者よ」
「これ以上おれを疲労させたくなければ、稼働するまで話しかけるのは遠慮してくれないか。それと、さっきも気にかかったんだが・・・、どう考えてもおれより年下のお前が、おれを若者って呼ぶのは、ちょっと違和感があるんじゃないか?」
「何を言う。僕は君よりずっと年上だ。なにせもう十余年は、このエレベーターに籠もり切りだからね」

 それだけ告げると、男は姿を消した。
 ふっ、と煙のように、たちまち。

 
 〜♪(世にも奇妙なBGM)

6/4/2024, 1:50:57 PM