俺は『秘密』が嫌いだ。
絶対に誰にも言わないでね、なんて―――そんな分かりやすい前振りをされたら、誰だって言いたくなるものだ。公言したくなるものだ。日本のエンタメ的に言えば、言うな=言えだろう。幼稚園だって知っているさ。
クラスはおろか、学校中に広まった『好きな子の話』に、元凶はお前かと、至極当然のように、俺は詰められた。
まあ、そりゃそうだ、と。
その友人が、自分の好きな子の話をしたのは、俺だけだったのだから、相手からすれば激昂ものである。ちゃんとしっかり、言わないでって口止めしたんだから。
でも、仕方がないんだ。
俺の中で半強制的に、言うなという言葉が、言えという言葉に置き換えられてしまうのだから。
仕方ないんだ。上島さんを尊敬しているんだから。
いや、まあ。これは全面的に俺が悪いんだけどさ。
と、そんなエピソードがあるから、俺は秘密が嫌い。大嫌い。秘密っていう言葉は聞きたくもない。―――秘密のアッコちゃんは例外だけどね。
それでも、秘密にしてねと言われる度に、病的なまでに反応する俺の口は、秘密にすることを厭えなかった。
一応、反省はしているんだぜ。後悔はしていないけどね。
―――そんなんだからかな。とうとうバチが当たったのは。
初めて出来た彼女に、内緒だよと言われた。可愛らしく頬を染めて。
その瞬間に悟った。俺はまた一人、相関図から人を減らしてしまうのかと・・・、結果として、その予想は間違っちゃいなかった。
内緒だよ、と言った彼女は、続けざまに言葉を放った。
「実はね、私、貴方のせいで人生をぶち壊された男の妹なの。知らなかったでしょ。知らないでしょうね、私のことも、その男のことも。お兄ちゃんは、貴方の軽率な行動で自ら命を絶ったのだけれど、貴方はそんなこと知りもしないでしょうね。早々に転校してしまったものね。自分の行いの尻拭いすらせずに」
彼女の発した言葉の意味を、中々理解出来なかった。いや、理解したくなかったと言った方が正しいかもしれない。
確かに、いちいち他人のことを覚えていないのは事実だ。俺が『秘密』を触れて回った後も関係性が続いていればその限りではないが、殆どの人間から縁を切られているのだから、忘れていても不思議ではない。
彼女は、怒りに表情を歪めているようだった。俺が破滅へと導いてしまったらしい男の妹―――そんな女が、俺にわざわざ告白して来た理由は。
「・・・っう、く・・・ぁ・・・・・・」
女は、後ろに隠し持っていたのか、おもむろに包丁を、俺の腹へとあてがった。鋭い痛みは、腹部を中心として全身へと浸透していく・・・、そんな気がした。
腹部から血が流れ出る。
ああ、くそっ。なんだってこんなことに―――いや、因果応報というやつか。だからって、そうむざむざと死を受け入れるだなんて、到底出来やしないけど。
こんなことなら―――と、そこで俺は、重大なことに気付いた。
俺は、この女のことをなにも知らない。
告白されて付き合ったのは数日前どころではなく、1年半前だ。それだけの月日を共にしたのに、好きな物や嫌いな物なんて些細なことさえ知らなかった。
『秘密』でさえも。
ああ、こんなことなら、もっと聞いておくんだった。初めての彼女に浮かれ過ぎていたのかもしれない。
もっと女の話を深掘りしていれば、もしかしたら誰も知らない女の秘密を―――弱みを、知れていたのかもしれないのに。
俺はそんなことを、薄れゆく意識の中でひたすら考えていた。みっともなく、薄汚く、卑しく。
「内緒、だよ。なんて・・・もう、大っぴらに広めたくても、出来ない話だけどね」
男が絶命した後、女は血濡れた包丁を手にしたまま、ポツリと呟いた。
6/6/2024, 7:15:35 AM