噂によると、悪の組織は、世界に絶望し、闇に堕ちた魔法少女で構成されているらしい。判断材料はない。趣味なのかルールなのか、悪の組織の構成員は皆平等に、可笑しな仮面を付けている―――そのせいで顔を窺えないので、判断がつかないのだ。
だから、あくまでも噂。
憎き悪の組織め! と日々奮闘している少女たちが、まさかその組織に寝返るだなんて、ね。
―――もしも。
もしも、だ。
もしも、時間を巻き戻せる魔法が使えたら。
その時は。
―――もう少しだけ、みんなの記憶に残れるように過ごしたいな。
「―――ねえ、あの敵の姿、なんだか見覚えがない? この前殺されたあの子に・・・」
「ない」
フッ。
と、風に乗って飛んで行く。
普段は見上げる家々が、あんなに遠くに見える。
ベランダで洗濯物を干している主婦。
自分の部屋で奇声を上げる少年。
修羅場真っ只中な男女。
平時なら到底見られない貴重な瞬間。
一時一時の、そのフレームが。
なんだか不思議で、ちょっと可笑しい。
なんて。
笑ったら失礼かな。
―――そんなとある日の、蒲公英綿毛の空の旅。
思い出せない。
思い出せない。
思い出そうとすると、頭がズキリと痛む。
どうして自分がここにいるのか。
自分は何者なのか。
そしてここは一体何処なのか―――って、あ、あの鉄の塊は何!?
走ってる・・・、魔力の気配は感じられないけれど、一体何を原動力として走っているのだろうか?
と、謎の鉄の物体に興味を注がれていると、今度はブォンと轟音が、頭上のずっと上から聞こえてきた。
・・・? えっ、あ、あれ。あれ、なんで。どういうこと!?
あんなに大きな鉄の塊が、しかもあんなにも上空を飛んでいるなんて、到底信じられない現象だ! ひょっとして、これは夢だったりするんじゃないだろうか?
あんな高さを飛行出来る者がいたら、それは宮廷魔法士くらいのものだが・・・。
「―――いたぞ! あの女だ、捕まえろ!」
「―――えっ?」
初めて見る様々なものに、我を忘れて夢中になっていると、突如飛び込んで来たのは、黒服黒尽くめの男たち。
ああ、もう。なんて踏んだり蹴ったりな一日なのだろうか。
私は、男たちが現れた方向とは逆を向いて、無我夢中で走り出す。
とにかく、とにかく!
なんだか分からないし、記憶が蘇る気配もないけれど、アイツらに捕まったら不味いことは分かる!
とにかく走って走って。
胸元のペンダントを握り締めて。
そうして、これまた何故か魔力を帯びていない遊具が置かれている広場の近くに佇んでいる男を視界に捉えると、私はなりふり構わず彼の腕を掴んだ。
「お願い、追われてるの! 助けて!」
彼しかいなかった。この世界で―――なにもかもが初めて見るこの世界で、何処か見覚えのある顔の彼だけが、私の一筋の希望だった。
―――ずっと子供のままでいたい。
誰だって大人になれば、一度はそう零すはず。
だってそう。相対的に見れば、子供の方が大人よりも利点がある。
例えば、一週間に二回は必ず休みがある。休日出勤だなんていう忌まわしい言葉に縛り付けられていない、自由な子供が羨ましい。
例えば、お年玉が貰える。俺は高校生に上がった時点で大人の仲間入りとして扱われた為、お年玉は中学生までだったが・・・、それでも、自分で稼がず勝手にお金入ってくる環境ってサイコー!
例えば、例えばそう―――子供なら、夢を見るのだって自由だ。空を飛びたい。魔法を使いたい。子供てったって、それが許されるのは小学生くらいまでだろうが・・・、口にせずとも、見る分なら自由気ままだ。いつまでも新人気分で居られちゃ困ると、夢を見る暇も与えられない大人よりは、自由だ。
そんな感じで、今日も俺はへとへとに腐り果てて帰路に着く―――途中、公園を横切った時に、風で揺れるブランコを見て、昔の記憶が想起した。
そういえば小さい頃―――とは言っても、小学校低学年の頃の話だが、有名なスタジオ作の映画をテレビで見て、いつか俺の前にも、美少女が舞い降りて来ないかなぁなんて想像してたっけ。
「・・・っと、いけね。こんなことしてる場合じゃねぇよ。早く帰って残りの仕事終わらせねぇと」
懐かしさに浸るのも程々に、俺は家の方角へと足を向けた―――その瞬間だった。
めいいっぱいの力で、腕を引かれたのは。
そして、俺が振り向くと同時か否か、腕を引いた主であることは間違いない、凛とした声が響いた。
「お願い、追われてるの! 助けて!」
まさかこの一言で、幼少期に描いた夢が現実のものになるとは思わなんだ―――。
「僕は死にませぇん!!」
―――ドラマの台詞って、なんだか時々口に出したくなる面白さがある。でもこの台詞を実践で使うのは、ちょっと喉に突っかかるものがあるから。
だからこの台詞は止めて、僕は僕の言葉で愛を叫ぼうと思う。なんてったって、叫ばないと相手には伝わらないからね。
「―――」
君にちゃんと届いたかな。
もしかしたら、ブレーキの音に掻き消されてしまったかもしれない。そうだとしたら残念だ。
でもまあ、君に消えない愛(キズ)を刻めたのだから、良しとしよう。