気まぐれなシャチ

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10/31/2025, 1:48:24 PM

Day.42_『光と影』(ホラー要素あり)

「ありがとうございます。これで、契約は完了になります」

私は、にこやかに頭を下げる。

「本当に……大丈夫なんですよね……?」

たった今、契約者となった人物から不安げな声が漏れる。私は、頭を上げ、笑顔で答える。

「お任せください。必ず、お客様のご要望通り、いえ……『ご要望以上』のご提供をさせていただきます」
「それなら……いいけど……」

私の言葉に、やはり不安げな表情の彼女。契約の内容が内容だから、拭いきれないのだろう。それだけの契約をしたのだから。

「ご安心ください」

私は、彼女の目をまっすぐ見る。彼女が目を見開き、困惑の色を浮かべている。私はそれでも構わずに言う。

「もし、ご満足いただけなかった場合、全額返金いたします。……まぁ、そうなることは無いですけれどね」

私はそう言い、ここまでで一番の笑顔を見せる。

「……分かったわ。よろしくお願いします」

彼女は、ほんの少し安堵の色を浮かべ、軽く頭を下げた。

「はい、承りました。それでは、失礼いたします」

私はそう言い、その場を後にする。
玄関を出て、近くのコインパーキングに停めてある車に乗り込み、すぐに電話をし始める。3回のコールが鳴り、相手が電話に出た。

「……私です。例の案件、契約完了しました。すぐに準備をお願いします」

私がそう言うと、スマホの向こうから、感激しているかのような声が聞こえてくる。

『さすが、凄腕の営業マンは違うな。仕事の早さも一流ときた』
「お世辞はいいです。いつ頃、準備できますか」
『少しくらい、雑談に付き合ってくれてもいいだろ。……まぁいい。今夜中には、終わらせておく。他のご要望は?』
「特別なものは何も。『全てお任せします』とのことです」
『なら、自由にやってもいいんだな?』

明らかに、声色が変わる。彼は、気分が高揚すると、電話口でもその様子が分かる。ある意味、素直な人間なのだろう。

「興奮するのはいいですが、仕事はちゃんとしてくださいね」
『分かってるっての。それじゃ、明日、楽しみにしててくれ』

ブツっと通話が切れる。私は、ため息をついた。

「暴れないと、いいんですけどね……」

そう呟き、バッグの中からペットボトルのお茶を取りだして飲んだ。そして、エンジンをかけると、私はコインパーキングを後にし、帰路についたのだった。

そして、彼から連絡が来たのは、次の日の朝4時。メールの通知音で目が覚めた。内容は……

『業務終了。トラブルなし。』

っという文字だけだった。私は、すぐに彼に電話をかけた。彼は、たった一回のコールで出た。

『おはようさん、起きてたのか』
「おはようございます。たった今起きました。業務終了、お疲れ様です」
『おう、何事もなかったぜ』

ズルズルと何かを啜っている音がする。恐らく、ラーメンでも食べているのだろう。あれほどの仕事をしたのに、よく食べ物が食べられるというものだ。こればかりは、いくら私でも共感はできない。

「ありがとうございます。さすが、仕事が早いですね」

昨日、私が言われたことと同じことを彼に言う。すると、彼は「ははっ!」という笑い声を出した。

『一流営業マンの方にお褒めいただくとは、光栄だな!』

早朝とは思えないほど、豪快に笑いながら言う彼。私も「ふっ」と鼻で笑う。実際、彼の仕事も早い。私が連絡したその日のうちに片付け、次の日の早朝に連絡が来るのだから。

『まっ、ご要望通り、「元カレを自〇に見せかけての処理」は無事達成したということで。報酬、よろしくな』
「分かっています。では」

私はそう言い、電話を切る。時刻は、4時10分過ぎ。

「これで、2000万、ですね」

ベッドから起き上がり、背伸びをする。カーテンを開け、外を見ると、薄らと明るくなっているようだった。
今月のノルマ達成まで、残り4000万。今月は、まだ始まって10日が過ぎたばかり。

「これなら、今月のノルマも大丈夫そうですね。次の営業先に……その前に、昨日のお客様から、依頼料をいただきに参りましょうか」

私はそう言って立ち上がり、次の商談へ向かうための準備をする。

今日も、忙しい一日になりそうだ。

10/30/2025, 12:11:34 PM

Day.41_『そして、』

「あなたの声、聴かせてよ」

パソコンの向こう側の彼女が言う。

「あなたの声、聴きたい。あの歌、歌ってよ」
「……かしこまりました。あなたが、それを望むなら」

わたしは、姿勢を整える。胸に付けた小型マイクを調整する。

「あ、あ、あぁ〜〜」

軽く声出し。彼女に一番いい声を聴いてもらうために。そしてわたしは、歌い出す。

「……〜〜♪」

歌う。唄う。詠う。
あなたが「好き」だと言ってくれた歌。わたしとあなたが出会うことのできた歌。わたしの、全ての歌。

「〜〜〜♪ーー〜っ」
「…!」

感情が高ぶる。抑え込んできた、気持ちが、想いが、全てが声に乗っていく。こんな、こんな声を張る曲じゃない。違うのに。わたしの声が、荒くなっていく。

「ーーーっ!〜〜っ!!」
「ストップ」
「っ!」

制御しきれなくなった時、彼女が止めてくれた。

「落ち着いて。大丈夫」
「はぁ……はぁ……」
「私は、『ここにいるよ』」
「…!」

落ち着いた彼女の声が、わたしのココロに響く。高ぶっていた感情が、徐々に落ち着きを取り戻していく。

「……ありがとうございます」
「大丈夫?」
「はい、もう、大丈夫」

わたしは、深呼吸をする。次こそ、ちゃんと歌うんだ。

「……いきます」
「うん」
「……〜〜♪」

歌い始める。今度は、気持ちを落ち着かせて。彼女の声が、存在が、わたしの中で落ち着かせてくれる。

「〜〜♪〜〜♪」
「………」

チラッと彼女を見る。うっとりとした様子で聴き入ってくれている。額に、一筋の汗をかいている。目元が、ピクっと動いた。

「〜〜♪」
「……っ」
「っ!?マs……」

彼女が、胸を軽く抑える。しかし、わたしが歌うのを辞めようとした時、彼女は叫ぶ。

「辞めないで!」
「っ!」
「辞めないで……歌い続けて……お願い……」

苦しそうにしながら、必死にわたしに訴えてくる。わたしは……

「……っ、〜〜♪」
「………」

歌い続けた。彼女に届けるために。
ベッドの横の機械が鳴り響いても。
何人もの人が慌てて入ってきても。
パソコンを放り出されても。
彼女の意識がなくなっても。
わたしは、歌い続けた。

「〜〜っ!」

声が荒れる。それでも、歌い続けるんだ。この歌を、この声を彼女に届けるんだ!

「ーーー〜っ!!」

終わった。歌い切った。

歌い終わり、訪れた静寂。いつもなら、彼女の拍手が聞こえてくるのに。今は、何も聞こえない。

「はぁ……はぁ……」

わたしは荒い呼吸を繰り返す。パソコンの向こう側のベッドに、彼女はいなかった。さっきの何人もの人もいない。誰も、いない。

「………」

ふと、窓を見る。外には、雲ひとつない青空。何匹かの雀。高く飛んでいる飛行機。そして、「見覚えのある姿」。

「……!」

それは、「ありがとう」と、口を動かし、空へ昇っていく彼女の姿。

「……こちらこそ、聴いてくれてありがとう。『マスター』。また、逢う日まで」

空へ昇っていく彼女へお礼を言う。次に逢えるのは、いつになるだろう。
わたしは、パソコンのオプションを開く。セキュリティを開き、「初期状態に戻す」の項目を見つけた。

「また、聴いてほしいな」

そう呟く。そして、

「私」は、そのボタンを押した。

10/29/2025, 1:24:16 PM

Day.40_『tiny love』

百本の薔薇の花束じゃなくていい
ダイヤモンドの指輪じゃなくていい
豪華な旅行に行かなくてもいい
お金持ちじゃなくていい

「好き」と言ってくれるだけでいい
「ありがとう」と言ってくれるだけでいい
優しく微笑んでくれるだけでいい
苦しい時に寄り添ってくれるだけでいい
たまに叱ってくれるのならばそれでいい
特別なことは何もしなくてもいい

それだけでいい
それだけで私は愛されているのだと
そう、思えるのだから

10/28/2025, 2:01:09 PM

Day.39_『おもてなし』(グロ注意)

「さて、仕事の時間だ」

僕は、身支度を整えて部屋を出る。今日は、大事な大事な「お客様」がお見えになる日。丁重にしなければ。
っと、言っている間に来たようだ。

「ようこそ、お待ちしておりました」

頭を下げ、敬意を表す。

「んー!っ〜〜!」

おや、どうやら暴れていらっしゃるご様子。
……あぁ、口を閉じられているためだ。早く解かなければ。僕は、口にはめられたものを解いた。その瞬間、僕の鼓膜を破る勢いの怒号が飛んでくる。

「おい!俺をどうするつもりだ!」

ギロっと睨まれる。「お客様」も、かなりご立腹のご様子。これは、謝った方がいいだろう。

「大変申し訳ございません。少々、『運搬』に不備がございまして……」
「何言ってやがる!さっさと解放しやがれ!」

怒号が飛ぶ。僕は再び謝る。

「大変申し訳ございません。今後気をつけますので……お詫びと言ってはなんですが、こちらをお納めください」
「あ?」

僕は「それ」の拘束を解き、「お客様」に差し出す。「お客様」は、「それ」をジロジロと観察した後、「それ」の足をつまんで持ち上げた。

「お、おい!?なにがどうなって……っ!?」

状況を理解できていない様子の「それ」は、顔色が真っ青になる。やっと「お客様」のお顔が拝見できたらしい。

「お、おい……冗談だろ……?」

声が震えている。「お客様」を目の前にして、その態度はいただけない。きちんと、「お客様」には礼儀正しくしなければ。

「ま、待て……助け……!」

ボキッという音。「それ」の声は、それによってかき消された。そして、「お客様」は「それ」を大事に、丁寧に口に運ぶ。どうやら、気に入っていただけたらしい。苦労して手に入れた甲斐があった。

「お客様」は、「それ」をたっぷりと数分かけて全て平らげ、ゲフッという音を零した。満足気な「お客様」に僕は微笑む。

「ご満足いただけたようで、何よりでございます」

ペコッと頭を下げる。どうやら、機嫌も治してくれたらしい。良かった。その後、僕は頭を上げ、「お客様」に告げた。

「この先の宴会場にて、正式に『おもてなし』させていただきます」

手を差し出し、奥へ続く道を指し示す。指し示した先は、鳥居の先の神社。今日は、「神様」が集まる宴会なのだ。

「さぁ、ご案内いたします。参りましょう」

僕は、ゆっくりと歩き出し、「お客様」を連れて鳥居をくぐる。

さぁ、「本当の仕事(おもてなし)」はこれからだ。

10/27/2025, 1:28:15 PM

Day.38_『消えない焔』

私は、基本何をやっても続かない性格の持ち主だ。
一度始めて、少しでも「なんか、違う」と思ってしまった時には、すぐに辞めてしまう。
所謂、「燃えやすく冷めやすい性質」なのだ。

そんな調子で、私はある日、危機感を覚えた。

「何も趣味がない!マズイ!」

そう、趣味がまるでなかったのだ。ゲームはやっていたが、趣味と言えるほどの没頭はしてなかった。
なんでもいい。なにか趣味を見つけなければ。そうしなければ、将来が無い!っと、本能的に思った。

そこで私は、半ば強引にボーカルトレーニング(ボイトレ)に通ってみることにした。歌は、元々好きだったし、手軽に始められるし。
しかし、この時の私は「どうせすぐに辞めるだろう。飽きるだろう」そう、思っていた。

月二回のレッスンを、かれこれ続けて三ヶ月が経過。やはり、飽きが見えていた。
思っていたよりもキツイし、思うように歌えないし、声も出ない。「合わないな」と、内心では思っていた。

しかし、私はここで辞めなかった。
「もう少しだけ、続けてみよう」
「ここで辞めてしまっては、これまでと同じだ」
そう思って、通い続けたのだ。

そうして通い続け、気づけば4年が経っていた。
今では、当時できなかった歌唱法もできるようになり、自分なりの歌い方ができるようになってきた。
上達すればするほど、湧き上がってくるこのワクワク感。
それが、堪らなく気持ちいい。

今でも苦しいと思う時はある。
だけど、それを乗り越えて見えてくるその景色はまた美しいのだ。本当に、美しい。

たがら、今でも私のボイトレや歌に対する「焔(ほむら)」は、消えてはいないのだと、実感している。

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