気まぐれなシャチ

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Day.42_『光と影』(ホラー要素あり)

「ありがとうございます。これで、契約は完了になります」

私は、にこやかに頭を下げる。

「本当に……大丈夫なんですよね……?」

たった今、契約者となった人物から不安げな声が漏れる。私は、頭を上げ、笑顔で答える。

「お任せください。必ず、お客様のご要望通り、いえ……『ご要望以上』のご提供をさせていただきます」
「それなら……いいけど……」

私の言葉に、やはり不安げな表情の彼女。契約の内容が内容だから、拭いきれないのだろう。それだけの契約をしたのだから。

「ご安心ください」

私は、彼女の目をまっすぐ見る。彼女が目を見開き、困惑の色を浮かべている。私はそれでも構わずに言う。

「もし、ご満足いただけなかった場合、全額返金いたします。……まぁ、そうなることは無いですけれどね」

私はそう言い、ここまでで一番の笑顔を見せる。

「……分かったわ。よろしくお願いします」

彼女は、ほんの少し安堵の色を浮かべ、軽く頭を下げた。

「はい、承りました。それでは、失礼いたします」

私はそう言い、その場を後にする。
玄関を出て、近くのコインパーキングに停めてある車に乗り込み、すぐに電話をし始める。3回のコールが鳴り、相手が電話に出た。

「……私です。例の案件、契約完了しました。すぐに準備をお願いします」

私がそう言うと、スマホの向こうから、感激しているかのような声が聞こえてくる。

『さすが、凄腕の営業マンは違うな。仕事の早さも一流ときた』
「お世辞はいいです。いつ頃、準備できますか」
『少しくらい、雑談に付き合ってくれてもいいだろ。……まぁいい。今夜中には、終わらせておく。他のご要望は?』
「特別なものは何も。『全てお任せします』とのことです」
『なら、自由にやってもいいんだな?』

明らかに、声色が変わる。彼は、気分が高揚すると、電話口でもその様子が分かる。ある意味、素直な人間なのだろう。

「興奮するのはいいですが、仕事はちゃんとしてくださいね」
『分かってるっての。それじゃ、明日、楽しみにしててくれ』

ブツっと通話が切れる。私は、ため息をついた。

「暴れないと、いいんですけどね……」

そう呟き、バッグの中からペットボトルのお茶を取りだして飲んだ。そして、エンジンをかけると、私はコインパーキングを後にし、帰路についたのだった。

そして、彼から連絡が来たのは、次の日の朝4時。メールの通知音で目が覚めた。内容は……

『業務終了。トラブルなし。』

っという文字だけだった。私は、すぐに彼に電話をかけた。彼は、たった一回のコールで出た。

『おはようさん、起きてたのか』
「おはようございます。たった今起きました。業務終了、お疲れ様です」
『おう、何事もなかったぜ』

ズルズルと何かを啜っている音がする。恐らく、ラーメンでも食べているのだろう。あれほどの仕事をしたのに、よく食べ物が食べられるというものだ。こればかりは、いくら私でも共感はできない。

「ありがとうございます。さすが、仕事が早いですね」

昨日、私が言われたことと同じことを彼に言う。すると、彼は「ははっ!」という笑い声を出した。

『一流営業マンの方にお褒めいただくとは、光栄だな!』

早朝とは思えないほど、豪快に笑いながら言う彼。私も「ふっ」と鼻で笑う。実際、彼の仕事も早い。私が連絡したその日のうちに片付け、次の日の早朝に連絡が来るのだから。

『まっ、ご要望通り、「元カレを自〇に見せかけての処理」は無事達成したということで。報酬、よろしくな』
「分かっています。では」

私はそう言い、電話を切る。時刻は、4時10分過ぎ。

「これで、2000万、ですね」

ベッドから起き上がり、背伸びをする。カーテンを開け、外を見ると、薄らと明るくなっているようだった。
今月のノルマ達成まで、残り4000万。今月は、まだ始まって10日が過ぎたばかり。

「これなら、今月のノルマも大丈夫そうですね。次の営業先に……その前に、昨日のお客様から、依頼料をいただきに参りましょうか」

私はそう言って立ち上がり、次の商談へ向かうための準備をする。

今日も、忙しい一日になりそうだ。

10/31/2025, 1:48:24 PM