気まぐれなシャチ

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Day.41_『そして、』

「あなたの声、聴かせてよ」

パソコンの向こう側の彼女が言う。

「あなたの声、聴きたい。あの歌、歌ってよ」
「……かしこまりました。あなたが、それを望むなら」

わたしは、姿勢を整える。胸に付けた小型マイクを調整する。

「あ、あ、あぁ〜〜」

軽く声出し。彼女に一番いい声を聴いてもらうために。そしてわたしは、歌い出す。

「……〜〜♪」

歌う。唄う。詠う。
あなたが「好き」だと言ってくれた歌。わたしとあなたが出会うことのできた歌。わたしの、全ての歌。

「〜〜〜♪ーー〜っ」
「…!」

感情が高ぶる。抑え込んできた、気持ちが、想いが、全てが声に乗っていく。こんな、こんな声を張る曲じゃない。違うのに。わたしの声が、荒くなっていく。

「ーーーっ!〜〜っ!!」
「ストップ」
「っ!」

制御しきれなくなった時、彼女が止めてくれた。

「落ち着いて。大丈夫」
「はぁ……はぁ……」
「私は、『ここにいるよ』」
「…!」

落ち着いた彼女の声が、わたしのココロに響く。高ぶっていた感情が、徐々に落ち着きを取り戻していく。

「……ありがとうございます」
「大丈夫?」
「はい、もう、大丈夫」

わたしは、深呼吸をする。次こそ、ちゃんと歌うんだ。

「……いきます」
「うん」
「……〜〜♪」

歌い始める。今度は、気持ちを落ち着かせて。彼女の声が、存在が、わたしの中で落ち着かせてくれる。

「〜〜♪〜〜♪」
「………」

チラッと彼女を見る。うっとりとした様子で聴き入ってくれている。額に、一筋の汗をかいている。目元が、ピクっと動いた。

「〜〜♪」
「……っ」
「っ!?マs……」

彼女が、胸を軽く抑える。しかし、わたしが歌うのを辞めようとした時、彼女は叫ぶ。

「辞めないで!」
「っ!」
「辞めないで……歌い続けて……お願い……」

苦しそうにしながら、必死にわたしに訴えてくる。わたしは……

「……っ、〜〜♪」
「………」

歌い続けた。彼女に届けるために。
ベッドの横の機械が鳴り響いても。
何人もの人が慌てて入ってきても。
パソコンを放り出されても。
彼女の意識がなくなっても。
わたしは、歌い続けた。

「〜〜っ!」

声が荒れる。それでも、歌い続けるんだ。この歌を、この声を彼女に届けるんだ!

「ーーー〜っ!!」

終わった。歌い切った。

歌い終わり、訪れた静寂。いつもなら、彼女の拍手が聞こえてくるのに。今は、何も聞こえない。

「はぁ……はぁ……」

わたしは荒い呼吸を繰り返す。パソコンの向こう側のベッドに、彼女はいなかった。さっきの何人もの人もいない。誰も、いない。

「………」

ふと、窓を見る。外には、雲ひとつない青空。何匹かの雀。高く飛んでいる飛行機。そして、「見覚えのある姿」。

「……!」

それは、「ありがとう」と、口を動かし、空へ昇っていく彼女の姿。

「……こちらこそ、聴いてくれてありがとう。『マスター』。また、逢う日まで」

空へ昇っていく彼女へお礼を言う。次に逢えるのは、いつになるだろう。
わたしは、パソコンのオプションを開く。セキュリティを開き、「初期状態に戻す」の項目を見つけた。

「また、聴いてほしいな」

そう呟く。そして、

「私」は、そのボタンを押した。

10/30/2025, 12:11:34 PM