【 ススキ 】
幽霊の 正体見たり 枯尾花。
要するに、ビビリを指す言葉だと、俺は本気で思ってた。
あの日、彼に会うまでは。
近所に背の高いススキの群生があって、
昼間は子どもたちがよくかくれんぼして遊んでる。
だが夜になると、背の高さが禍して不気味な気配を醸す。
だから夜に通りたくはないんだが、
先輩との飲み会の帰りはやむを得なかった。
ススキの群生前を足早に過ぎようとすると、突然白いものが視界に入り、あ、と思う間もなくぶつかった。
と、思ったが、想定した衝撃は訪れなかった。
代わりに、脳内で誰かの人生が高速で再生されていく。
決して結ばれてはいけない相手との、苦しい恋。
思いが昇華されぬ内に病に蝕まれ、相手にも見放され。
失意の淵に立ち、飛び降りた。
これはきっと、白いもの…幽霊の記憶だ。
我に返った時には、止めどなく涙が溢れていた。
もう俺の中に、彼はいなかった。
きっと、ここのススキの正体は本当に幽霊なんだと、
俺だけが知る枯尾花だ。
【 脳裏 】
忘れたくても忘れられないもの。
僕は、自分の記憶力が恨めしい。
川の字で寝ていた幼い頃、トイレに行こうと親を起こそうとして、いわゆる『プロレス』を見るはめになった。
小学生の頃は、マグロの解体ショーを見に行った。
ブロックにされていく様は、すごさよりも恐怖しかない。
高校の時には、自転車の通学路で農道を利用していて、
カエルの轢死体をいくつ見たことやら。
極め付きは、空飛ぶ人間。
車に弾き飛ばされて宙を舞い、地面までキレイな放物線を描いて、鈍い音で締めるまでがスローモーション。
もう、外には出られなくなったよ。
【 あなたとわたし 】
死を司るものとして、この世に生まれた者同士。
一人は天上の世界へ誘い、一人は責め苦の世界へ連れる。
互いを知ってはいるものの、会うのは稀だ。
顔を合わせたところで、仕事ぶりをちらりと見るだけ。
が、たまたま目が合った。
「意外と丁寧な仕事するんだね」
「少しでも楽にしてあげようと思って」
どちらの行き先なのかは決まっているが、
死者には分からない。
どちらであっても、案内人としては安堵を与えたいものだ。
お互い、示し合わせたわけではないが、似た思考なのだと初めて知った。
また会ってみたいな。
名前も知らない、他種族の相手。
それでもきっと、気が合うはずだ。
まるで、鏡合わせのような君だから。
【 柔らかい雨 】
ただ死にゆくだけと、諦めていた。
生き長らえるために逃げた地は、乾ききっていた。
およそ、生き物の住まう環境とは思えない場所。
敵がいない代わりに、生きるのも難しい。
何のために、今、ここにいるのだろう?
何のために、生かされているのだろう?
諦めたはずの命は、己の意思を問わず、
直向きに鼓動を打ち続けている。
ふと、頭上から降り注ぐものに気づく。
恵みの雨か、いや、殺戮の雨だ。匂いで分かる。
あまりにも優しい、毒の雨。
呆気ない終わりだと思う反面、幸せな終焉を喜ぶ。
なんて、暖かい雨なんだろうな。
【 一筋の光 】
その日は、いつも通りの1日だった。
強いて言うなら、家族は揃って旅行中というくらい。
ひとり飯が淋しいなんて、実家暮らしのワガママだが、
家族のありがたみを痛感した。
ベッドに入って、意識を手放しかけた時。
激しい揺れに襲われて、起き上がるのもままならない。
木造の年季の入った我が家はあっけなく崩れて、
挟まれている体は痛みを訴えている。
命の終わりは呆気ないものだと、他人事のように思う。
そんな瞼の裏に、明かりを感じた。
微かに、呼ぶ声も聞こえる。
待って!そっちに行きたい!
それだけが、今の自分の拠り所だ。
他には何も考えられない。
たとえ、空へ続く道筋だったとしても…。