暖かい日差し。明るく照らされる街の中を大勢の人間が歩き回る。会社に学校、買い物などなど……。
色んな方向、色んな場所に、わらわらと流れていく。
朝は騒がしい。明るくなると街が賑わう。
昼になると少し減る。嗚呼、休日はその限りじゃないけど。逆に一番騒がしい時間帯になる。
日が沈みだすとまた人が増える。一日を終えて家に帰る疲れ切った大人がたくさん。
そして、夜。
太陽が完全に沈み、人もまばらになる深夜。
静かな街をゆっくり歩く。これからが俺の活動時間。
ネオン街へ足を運べば客引き酔っ払い不良少年少女で賑わっている。治安は最悪。でも仕方がない。俺は太陽の下を歩くことはできないから。
「そこの綺麗なおねーさん。この後ご予定は? 特に無いなら、どう?」
誰でもいいわけじゃない。多少酒が入ってねぇとついてこねぇけど、泥酔してんのは質が劣る。なるべく若いに越したことはない。健康的なのが一番だ。
何人か適当に声をかければ日に一人は必ず釣れる。
手近なホテルに連れ込んで、暴れたり逃げたりしないよう目隠しと手を拘束。
嫌がるやつは適当にあしらって、首元開けさせる。
「んじゃ、イタダキマス」
終われば拘束を解いて、だいたい意識失ってるからホテル代は払っといてそのままサヨナラ。
意識があって、質問してきたら答えてやる。大体聞いてくることはみんな一緒。
「なにをしたの」と「どうして」のふたつだ。答えは簡単。
「俺が吸血鬼だから、アンタの血を飲んだ。」
正直に吸わせてくれなんて言ってついてくる馬鹿はいない。サキュバスじゃないんで体に興味はない。だから、食事が済めば後はどうでもいい。
3日に一度ほど。見つけて誘ってイタダキマス。
面倒だし、飲まなくていいなら俺だってこんなことはしない。
でも、そういうわけにもいかないから、目が痛くなるようなネオンの中を今日も行く。
陽の光なんて浴びれない。その暖かさも俺は知らない。
吸血鬼に太陽─そんなもん─は必要ない。
#10『太陽』
※このお話はひとつ前のお話 #8『病室』 の連作です。
良ければそちらもお読みいただければと思います。
山道。時々道を塞ぐようにこちらへ伸びている草木を軽くどけ、重い荷物を背負い直して歩いて行く。
そこまで急斜面なわけでもなく、標高の高いわけでもない。どちらかといえば初心者向けであろうこの山で、こんな大荷物を持って登るやつはおそらく僕以外いないだろう。
登山道とは反対方向に目をやると、新緑の木々が生い茂り、木漏れ日が静かに草花を照らしている。
綺麗だ。この風景も、作品に落とし込むには十分かもしれない。だがここで時間を使っては本来の目的に費やす時間がなくなってしまう。……先を急ごう。
木々の根が地上に露出し歩き辛い。先日の雨のせいで少しぬかるんだ地面にも足を取られる。時々すれ違う人々に不思議そうな視線を向けられつつ、ゆっくりと歩みを進めていく。
そうして登り続けて一時間程度が経っただろうか。ようやく山頂へ辿り着いた。
特に何があるわけでもなく、休憩用のベンチが数台と、小銭を入れることで使える望遠鏡が二、三台おいてある程度。
だが、景色は見事だ。今いる位置より背の低い山々が連なり、その周囲を新緑が埋め尽くす。朝までは曇っていた空も、いつの間にやら青く澄んでいる。奥の方に小さく視界に映る建物群が、どこか自分が浮世から遠く離れた場所にいるように錯覚させる。
普段見ることのない美しい景色には、やはり人の心を動かす何かがある。
なるべく他の人たちの邪魔にならないところで良い画角の場所を探し、リュックから折りたたみ式の椅子、テーブル、イーゼルを取り出しそれぞれ組み立てる。周囲の視線が刺さるが、気にしない。そして抱えて運んできたカンバスバックから真っ白なカンバスを取り出しイーゼルへ立てかけた。
絵の具や筆、パレットも取り出し、必要な色を揃える。
じっと風景を見つめ、筆を走らせる。
僕は画家だ。高校時代に友人が勝手に絵画コンクールへ送った一枚の絵がきっかけで、この数年でそれなりに名の売れた画家になった。
今日わざわざこの山に登ったのは彼のためだ。
彼はインドア派な僕と打って変わって、登山やらキャンプやらが大好きだった。
綺麗な風景を見つけては僕に写真を送りつけてきたり、一緒に行こうとしつこく誘ってきたり。
その誘いにのったのは一度キャンプに行ったきりだったが、彼の送ってきた写真をもとに何枚か描いたことがあった。
その絵を見せる度に、「お前が実際に見て描いたらもっとすげぇんだろうな」なんて言われた。
だから、描きに来てやった。人の少ない平日昼間に、わざわざ大荷物で山に登ってやった。
景色と向き合い、色を作ってカンバスに筆を走らせていく。
…………。
……………………。
「……できた。」
右端にサインを記し、筆を置いた。
いつから見ていたのかわからないが、いつの間にか背後に集まっていた人たちから拍手を贈られた。
名も知らぬ観客たちに一礼し、全てをしまって帰路へとついた。
次の日。俺は絵を届けるため友人のもとに行った。
部屋の扉を開け中に入ると、真っ白な部屋の中に俺の作品たちが所狭しと飾られている。
山頂からの風景、とあるキャンプ場にある川辺、有名観光地の滝、夕暮れの海と灯台。全て彼が教えてくれた場所だ。
「これで……何作目だ? お前のおかげで体力が付きそうだよ。何で山だの海だの遠い場所ばっか見つけてくるんかなぁ?」
部屋をぐるっと見渡し、飾る場所を探す。
そろそろ飾れるスペースがなくなってきた。天井は流石に迷惑だろうし、飾り立てる用のイーゼルを用意しないといけなくなりそうだ。
スペースをどうにか確保し、今回書いた絵を飾る。
遠目から見ると圧巻だ。壁一面色々な場所の風景が飾られてる。
「……もう、お前が写真を送ってきた場所は全部行った。話題に出たやつも思い出せる限り描いたぞ。」
「なぁ、次はどこに行けばいい? お前はどこの風景が見たい?」
彼からの返事はなく、ずっと眠りについたまま。旅行先で交通事故に遭ってから二年間、ずっと眠り続けている。
彼が事故にあったことを知って、目覚めないかもしれないと聞いて創作意欲がなくなった時期もあった。
でも、僅かな可能性でも、回復するかもしれないことを知った。
だから俺は、絵を描き続けた。描いて、描いて、描いて……ただ、彼のためだけに描き続けている。
彼の好きだった景色、好きだった場所。それらを巡ってカンバスの中に閉じ込め、こうして病室の壁に飾っている。
まぁ、一種の願掛けだ。
「……そうだ。高校近くの公園。あそこはまだ描いてないな。覚えてるか? 春先に花見だってお前が俺を無理やり連れて行ったの。俺は人混み嫌いだって言ってるのに、屋台だなんだって引きずり回して……」
「決まりだ。今度はあそこで描いてくるよ。」
眠り続ける友人の手を取り、両手で包み込むようにして握る。
「……置き場所無くなる前には起きろよ? それまで待っててやるから。」
そっと手を離し、布団の中へ戻してやる。
もう一度部屋を見渡してから、彼へ視線を送り扉へと手をかける。
「じゃあ、またな。」
目を閉じたままの彼に軽く手を振り、僕は病室を後にした。
どうか、彼が目覚めるまでに俺の絵で部屋が埋まり尽くすことがないことを願って。
#9『目が覚めるまでに』
白を基調とした病院内。患者さんたちの過ごす病室もまた、備え付けのものは基本白一色。
衛生面的に、汚れがひと目で分かる白は清潔な環境を保つために必要な事。それでも、ものさみしい雰囲気になってしまうのも事実で。ご家族の方が小物や普段使いされている物を持って来てくださって、ようやく人が生活しているのだという雰囲気が出てくる。
どうしても静かな雰囲気になりやすい中、私が担当しているとある患者の病室だけは違っていた。
交通事故に遭い意識の戻らない青年が眠っている個室だ。その友人の絵描きの青年が、定期的に風景画を持ってきては病室に飾っていく。彼は界隈ではそれなりに名の売れた画家らしく、その作品はどれも見事で私も時々楽しませてもらっている。
始めはどこかの海辺の小さな絵画。次は今にも水音が聞こえてきそうな滝の絵。次は光の差し込む竹林……サイズも、場所もバラバラな絵画たちがどんどんと増えていき、今じゃ病室の壁ほとんどが彼の絵画で埋もれている。
病室というよりもはや小さなギャラリーだ。置いてはいけない場所は私に聞いてから設置しているし、個室だから他の患者の迷惑にもならないから許可しているが。
ある日気になって、画家の青年に聞いてみたことがある。なぜ、こんなにも多くの絵画を病室に飾るのか。
「これは、この景色は、彼が以前俺に見せてくれた写真の場所なんです。」
「彼は旅行が好きで、旅先で写真を取ってはよく俺に自慢気に送ってきて。『お前がこの景色を実際に見て、この場所で絵を書いたならどんなに素晴らしい作品ができるんだろう』なんて言いながら。」
「だから、あいつの見たがっていた景色─絵画─を描いているんです。各地を回りながら、一作ずつ時間をかけて。」
「ある種の願掛けですよ。あいつが訪れた、写真の場所をすべて俺が回り切る前に、目を覚ましてくれるようにって。」
彼は壁一面に飾られた絵画に悲しそうな、愛おしそうな視線を送りながらそう教えてくれた。
今度は北海道へ行っているらしい。
……植物状態から目覚める確率は限りなく低い。それは彼も知っていてのことなのだろう。
写真の場所を巡りきるのが先か、飾れるスペースが無くなってしまうのが先か。彼の口ぶりからして後者な気がしている。
「そうなる前に、元気になってこの絵画たちお家に持って帰ってくださいね?」
真っ白なベッドで静かに眠っている彼からの返事は返ってくるはずもない。
できることは限られている。だが、医者としてできる限りを尽くそう。
この風景たちを、彼が再びその目で見られるように。
#8『病室』
窓の外、どこかの木で鳴いている蝉の声だけが部屋の中に響く。外は記録的猛暑日らしいが、クーラーの効いた室内じゃそんなのは関係ない。
虐められ不登校になって二ヶ月目。俺は風呂やトイレ以外部屋からも基本出ない程度の引きこもりになってた。何をするでもなく、ただなんとなく1日を過ごす。
両親は仕事。俺はベットに横になったままゲームするだけ。
ゲーム音と蝉の声だけが部屋の中に鳴り響く。
どのくらいそうしていたか、中途半端に開いていた扉が小さく動いた。細い隙間から部屋の中に入ってきた小さい黒い影。暫くうろうろした後にベッドの前で静かに座った。
ゲームを中断し真っ黒な来客に目を向ける。
「どうした? 餌は母さんにもらったろ。」
にゃーん、とひと鳴きしてベッドへ飛び乗ってきた。
一昨年辺りから飼い始めた黒猫。俺はそんなに遊んでやった訳でもないし、餌だって基本母さんがあげて今日みたいな留守番のときだけ昼分は俺があげてるぐらい。なのになぜか、こいつは俺によく懐いている。
飛び乗ってきた黒猫は俺の周りをぐるっと歩き回った後、再びベットの下に戻った。部屋の外に出るでもその場で眠るでもなくただ座っている。
再び、にゃーんと何かを訴える。黒い体によく映える黄色の瞳でじっと俺を見つめて。
「……わかったから、そんな目で見ないでくれ。」
ゲーム機をベッドにおいて立ち上がれば、ついて来いとでも言いたげに猫は部屋の外へ出て行った。外からまた鳴き声がする。
母さんたちのいる前じゃ鳴かないくせに、俺にだけはやたら話しかけて来る。
澄んだ黄色い瞳に連れられて、数日ぶりにリビングに入る。どこからか引きずり出してきた猫じゃらしで遊んで、撫でてやって、一緒に昼寝して。気がつけば夕方。
俺の姿を見て、帰ってきた母親が嬉しそうに笑っていた。
#7『澄んだ瞳』
夏の一夜。山の麓の神社で出店が出され、提灯や灯籠で照らされる。
年に一度だけの祭りの日。私が、ひとりの友人に会える年に一度の日。
その子は小学生ぐらいの身長で、肩ほどの長さでおかっぱに切られた綺麗な黒髪に、赤い可愛らしい着物を着ている。何年経っても同じ背丈、同じ髪型、同じ服。
あの子は人間じゃない。
お祭りの日にだけ、神社の裏で私を待っている。他の人にもちゃんと見えているようで、最近は中の良い姉妹だなんて言われている。
お祭りが終われば私以外の記憶からあの子は消えてしまう。私に妹なんていないけれど、そのおかげで「あの子は誰?」となることはない。
「お待たせ! 遅くなっちゃってごめんね。」
「いいのよ、待ってる時間も楽しいから! また背が伸びたのね。たった一年なのに、どんどん遠くなっちゃう。」
「そうだね、初めて会ったときは同じぐらいの身長だったのに。」
「ちょっとさみしいけれど、まあ良いわ! 今日はお祭りだもの、ねぇ、早く屋台に行きましょう!」
射的に金魚すくい、瓶ラムネに綿菓子にりんご飴。
気になったところは全部遊んで、食べて、二人で短い時間を全力で楽しむ。
お祭りが始まる午後6時から人がまばらになる午後10時まで。毎年毎年、学校の友達と遊ぶよりも何十倍も楽しい4時間を過ごす。
長いようであっという間で、気がつけばお別れの時間が迫ってくる。
「また来年だね……もっと一緒に入られたら良いのに。」
「……なら、もう少しだけ、一緒に遊ぶ?」
「え……でも、お祭りはもう終わっちゃうよ?」
「こちらへついてきて! 貴女、今年でもう16歳になるでしょう? 特別に秘密の場所を教えてあげるわ。」
「え? あ、まっ、待って!」
彼女に手を引かれるまま、神社の裏へ、山の中へと入っていく。獣道のようなところを進んで、草木をくぐって、どれだけ歩いたかわからない。
暫くすると「着いたわ!」と彼女は足を止めた。
そこは、幼い頃から決して立ち入るなと教えられ続けた小さなきれいな池のそばだった。
「ここは駄目だよ! 来たらいけないって、おばあちゃんが……」
「あら、それは貴女が幼かったからよ。だから私も貴女を連れて来ることができなかった。でも、もう大丈夫よ。」
しゃがんでそっと水に手をいれる。こちらを振り返り、優しい笑顔で彼女は続ける。
「ここの水はとても澄んでいて、冷たくて気持ちがいいのよ。ほら、こちらへおいで。大丈夫だから、私を信じて?」
恐る恐る、彼女のそばへよる。
池の底が見えるほど透明な水が彼女の手の動きに合わせて波紋を描く。綺麗でしょう? と笑う彼女に、うん、と短い返事を返す。
それなりに深い池のようだから、落ちないようにとおばあちゃんはああ言っていたのかもしれない。
彼女の真似をして私も水に手を付ける。
冷たくって、とても気持ちがいい。
「ふふっ、捕まえた。」
「え……、っ?!」
瞬間、彼女に水の中へ突き落とされた。いや、彼女も一緒に水中へ沈んでいく。両腕を掴む力は強く、振りほどこうにも振りほどけない。苦しい。どうして。
「駄目じゃないの。名前も知らぬ子と仲良くなって、こんなところまでついてきて。」
「ふふっ、可愛い子。可哀想な子。貴女はこれから贄として私の糧になるのよ。よかったわ。16になるまで私と遊んでくれて。私を気味悪がらず、逃げずにいてくれて。」
水中だというのに彼女はなんともないようで、その声ははっきりと聞こえてくる。
「楽しかったわ、ありがとう。そして、いただきます。」
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年に一度、山の麓にある神社で祭りが行われる。
それは元々、山に眠るとされる水神を鎮めるための儀式を行う場だった。
齢16になる生娘一人を生贄として住処の池へ捧げる。
何年もの年月を経て水上の存在を知るものは減っていき、ただの夏祭りとなってしまった。
数十年に一度、16になる少女が姿を消すという都市伝説だけを残して。
#6『お祭り』