狼藉 楓悟

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 白を基調とした病院内。患者さんたちの過ごす病室もまた、備え付けのものは基本白一色。
 衛生面的に、汚れがひと目で分かる白は清潔な環境を保つために必要な事。それでも、ものさみしい雰囲気になってしまうのも事実で。ご家族の方が小物や普段使いされている物を持って来てくださって、ようやく人が生活しているのだという雰囲気が出てくる。
 どうしても静かな雰囲気になりやすい中、私が担当しているとある患者の病室だけは違っていた。
 交通事故に遭い意識の戻らない青年が眠っている個室だ。その友人の絵描きの青年が、定期的に風景画を持ってきては病室に飾っていく。彼は界隈ではそれなりに名の売れた画家らしく、その作品はどれも見事で私も時々楽しませてもらっている。
 始めはどこかの海辺の小さな絵画。次は今にも水音が聞こえてきそうな滝の絵。次は光の差し込む竹林……サイズも、場所もバラバラな絵画たちがどんどんと増えていき、今じゃ病室の壁ほとんどが彼の絵画で埋もれている。
 病室というよりもはや小さなギャラリーだ。置いてはいけない場所は私に聞いてから設置しているし、個室だから他の患者の迷惑にもならないから許可しているが。
 ある日気になって、画家の青年に聞いてみたことがある。なぜ、こんなにも多くの絵画を病室に飾るのか。

「これは、この景色は、彼が以前俺に見せてくれた写真の場所なんです。」

「彼は旅行が好きで、旅先で写真を取ってはよく俺に自慢気に送ってきて。『お前がこの景色を実際に見て、この場所で絵を書いたならどんなに素晴らしい作品ができるんだろう』なんて言いながら。」

「だから、あいつの見たがっていた景色─絵画─を描いているんです。各地を回りながら、一作ずつ時間をかけて。」

「ある種の願掛けですよ。あいつが訪れた、写真の場所をすべて俺が回り切る前に、目を覚ましてくれるようにって。」

 彼は壁一面に飾られた絵画に悲しそうな、愛おしそうな視線を送りながらそう教えてくれた。
 今度は北海道へ行っているらしい。
 ……植物状態から目覚める確率は限りなく低い。それは彼も知っていてのことなのだろう。
 写真の場所を巡りきるのが先か、飾れるスペースが無くなってしまうのが先か。彼の口ぶりからして後者な気がsている。

「そうなる前に、元気になってこの絵画たちお家に持って帰ってくださいね?」

 真っ白なベッドで静かに眠っている彼からの返事は返ってくるはずもない。
 できることは限られている。だが、医者としてできる限りを尽くそう。
 この風景たちを、彼が再びその目で見られるように。


#8『病室』

8/3/2024, 9:34:57 AM