狼藉 楓悟

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 窓の外、どこかの木で鳴いている蝉の声だけが部屋の中に響く。外は記録的猛暑日らしいが、クーラーの効いた室内じゃそんなのは関係ない。
 虐められ不登校になって二ヶ月目。俺は風呂やトイレ以外部屋からも基本出ない程度の引きこもりになってた。何をするでもなく、ただなんとなく1日を過ごす。
 両親は仕事。俺はベットに横になったままゲームするだけ。
 ゲーム音と蝉の声だけが部屋の中に鳴り響く。
 どのくらいそうしていたか、中途半端に開いていた扉が小さく動いた。細い隙間から部屋の中に入ってきた小さい黒い影。暫くうろうろした後にベッドの前で静かに座った。
 ゲームを中断し真っ黒な来客に目を向ける。

「どうした? 餌は母さんにもらったろ。」

 にゃーん、とひと鳴きしてベッドへ飛び乗ってきた。
 一昨年辺りから飼い始めた黒猫。俺はそんなに遊んでやった訳でもないし、餌だって基本母さんがあげて今日みたいな留守番のときだけ昼分は俺があげてるぐらい。なのになぜか、こいつは俺によく懐いている。
 飛び乗ってきた黒猫は俺の周りをぐるっと歩き回った後、再びベットの下に戻った。部屋の外に出るでもその場で眠るでもなくただ座っている。
 再び、にゃーんと何かを訴える。黒い体によく映える黄色の瞳でじっと俺を見つめて。

「……わかったから、そんな目で見ないでくれ。」

 ゲーム機をベッドにおいて立ち上がれば、ついて来いとでも言いたげに猫は部屋の外へ出て行った。外からまた鳴き声がする。
 母さんたちのいる前じゃ鳴かないくせに、俺にだけはやたら話しかけて来る。
 澄んだ黄色い瞳に連れられて、数日ぶりにリビングに入る。どこからか引きずり出してきた猫じゃらしで遊んで、撫でてやって、一緒に昼寝して。気がつけば夕方。
 俺の姿を見て、帰ってきた母親が嬉しそうに笑っていた。


#7『澄んだ瞳』

7/31/2024, 3:45:49 AM