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12/30/2023, 6:11:49 AM

みかん


”年末年始は絶対に家から出ない”

二人の間に何年も置かれたルールは、制定されてから一度も破られたことが無い。

ただ、2年目に
尚、初詣は良しとする
が追加されたのは目をつぶるとしてだ。

理由は簡単
年末年始は2人で振り返り新しい1年も共に良いものにする
そのために設けられた2人だけの時間だ。

だから数日間家に籠るための買い出しには余念が無い。
数回に分けて大量に買い込み、この日はこれ、この日はこれ、と計画を立てて
足りないことの無いように、とはいえ余らせてもしまわないように慎重に買い込む。

のだけれど…

「みかん買いたい」
「え、珍しい、どしたの?」

みかんの山を目の前にして立ち止まる貴方
今までみかんを買う年は無かった。
確かにお正月と言えばこたつにみかんだけれど。

「なんか食べたくなっちゃった」

そう言う貴方はそのままみかんが何個も入った袋に手をかけた

「待って待って、そんなに買うの?多くない?」
「なんで?」

だってこっちは別に要らないし。
全て計画されてるから、みかんを買うと予定が来るって余ってしまいそうだし

「悪くなったらもったいないし、1個でいいんじゃない?」
「でも、食べたくなった時に家から出られないのは悲しいじゃん」

この人はそんなにもみかんが好きだったのだろうか
数年一緒にいるけれど、見たことない一面だった

結局こちらは食べないから、自分で管理することを約束して袋に入った沢山のみかんを買うことにした。
ただでさえ物の多い冷蔵庫の中に堂々と仲間入りしたそいつは結構邪魔。
まあでも、あんなに食べたそうにしていたし、きっとすぐに無くなると鷹を括ったのが30日

そして今日は所謂三が日最終日だ。

「ねえ、みかん1個も食べてないでしょ」
「あ、忘れてた」

普段買わないものだから、食べるところが存在すら忘れていたらしい
他のものは順調に我々のお腹に収まっていくのにみかんだけが減らない数日は地味にストレスだったのに、「忘れてた」らしい

「悪くなる前に自分でちゃんと食べ切るって約束した」
「でもまだ大丈夫でしょ?」
「あと1、2個ならまだしも全部残ってたら悪くなるまでに食べきれないじゃん」

自分で言いながら、良くない流れだと気づいた
貴方もそれを察したのか、次何を言うべきか吟味して一時の沈黙

その沈黙を破ったのは貴方だった

「よし、炬燵出そう」
「え、今?」
「今」
「もうお正月終わるのに?」

去年寝落ちばかりで身体に悪かったから、と今年は出さなかったそれを、こちらの質問にも答えずに急ぎ足で探しに行く背中を見送った
数分も経たずに見慣れたそれを持ってきて、ホコリを拭いて設置完了
まるで実は出したかったかのように

「ここ座って」
「ええ…」
「ほら早くー」

部屋を暖かくしてるから、わざわざこたつに入る理由なんてないのに、腕を引かれて指定された位置でこたつに入る
中は室温と変わらなかった

「これ、電源ついてる?」
「ついてないよ」
「もう、つけるからね?」
「コード持ってきてないから、つかないよ」
「へ?」

何も変なことはしてません。と言いたげな顔でキッチンに向かった貴方の思考が読めなかった
謎すぎる
何年も一緒にいるのに、何がしたいのかさっぱり
みかんを買いたいと言い出したりこたつを出すと言い出したり、大分貴方をわかってきたと思っていたのに
実はまだまだ何も知らないと言われているように少しショックだ。

「はいこれ」
「これって…」

渡されたのはさっきまで冷蔵庫に居たそいつ

「食べないって…」
「これでも?」

そう言うあなたの手はゆっくりと私の口元へと誘われていた、その手にはいつの間にか1口大になったみかん

「まあ、それなら…」

私の嫌いな筋も綺麗に取り去られたみかんは何だかんだいっても美味しかった

結局その後、こたつにみかん威力は絶大で
物の2日で全て無くなったのは秘密にしておきたい。

11/30/2023, 3:23:41 AM

冬のはじまり


寒い。
寒すぎる。

つい先程まで手を繋いでイルミネーションを見ていた私の身体はポカポカとしていたのに
貴方が去った今はこんなにも寒い

2年前の夏に出会った貴方
関係に名前が着くのはあっという間で
今日まで毎日楽しかった、わたしは。

私だけが楽しかったのだと知ったのは
大きな木の下で私が立ち止まった時

貴方は私と繋いだ手に引っ張られてつんのめりながらこちらを振り返った
離れていく手を追いかけようとしたその時

「別れよ」

そう言って貴方は私の返事も聞かずに去っていった
私の手は置いてけぼりで寂しそうに宙に留まった

その手はどこに行くでも無くしばらく彷徨い、そしてひとつの手に出会った

「何してんの」

見慣れたその手は幼なじみ基、腐れ縁のその人の手

「何してんだろ」

こっちが聞いてんの、と、鼻を赤くしてその幼なじみは彷徨う私の手を引いた

寒くて少し暖かい冬がはじまった

11/6/2023, 10:10:23 AM

柔らかい雨


スーツを着て、傘もささずに
この雨の中佇む人がいた
人が往来する真ん中で
周りは変な人を見るような、
若しくはそもそも視界に入っていないような
まるでそこに存在しないかのように過ぎ去っていた

その人を見つけたのは私ただ1人だった

「こんな所に居た」

ザァザァと地面を打つ雨に掻き消されないように、少し大きめの声
傘は少しそちら側に多めに傾けた

「なんで、」
「何となく、ここら辺かなって」

そんなの嘘だ、本当はあちこち走り回った
お陰で靴どころか服まで濡れて色が変わっている

「とりあえず帰ろうよ、それから考えよ」

逃げる素振りを見せないから、多分もう限界なのだと思う
拒否することも、肯定することも無い貴方の手を私はそっと掴まえた

ポツポツと歩き始めた貴方と肩を寄せあって
なるべく貴方が濡れてしまわないようにして
あと10分程で家だろうか、という所で貴方は小さく言葉を零し始めた

さっきまでなら消えて私には届いていなかったであろうその声は
いつの間にか柔らかい雨となったそれと共に
心地よく私の耳に届いた

「そっか」
「うん」

私達にはこの言葉で十分だった
流れていく雨と共に貴方の涙も流れ去って
腫れた目をした貴方と、貴方の大好きなものを沢山食べて
明日また、今日を始める

10/27/2023, 11:53:23 AM

紅茶の香り


リビングへ続く扉から零れる香りは貴方が好きなそれだった
今日も優雅に窓の外を眺めてるのかと足を進めると
予想に反して貴方はキッチンに居た

「あれ?何してんの?」

貴方はこちらを1度見て直ぐに手元に視線を戻してしまった
見てみろ、ということらしい

そこには何かの生地と思わしきものと
いつも貴方が飲んでいる紅茶の茶葉が入った缶

「…なにこれ?」
「紅茶と言えばイギリスだからさ」
「ん?」

未だ分からない私に、いいから待ってな。と言いキッチンから追い出されてしまった
それからルンルンと鼻歌を歌いながらガサゴソと。
バタン、と音がして、ピッピッと、よく聞くオーブンレンジの音がして
水の流れる音がした。
今頃皿洗いをしてるのだろう、相変わらず手際がいい。

水の音がやんで、ようやく私の時間

「で?結局何作ってるの?」
「秘密」

出来上がるまで教えてはくれないらしいが、香ばしい匂いと、それから茶葉の香りだろうか
それとイギリスだから、という言葉、これはきっと。

「スコーンだ!美味しそう!」
「たーんと召し上がれ」

口の中がパサパサになるのに、どうしてか食べたくなるこのお菓子
2人で作るようになってもう何年になっただろう
毎年作るわけでは無いけれど、ふと作ってあの日を思い出す
たまにあるこの日
この紅茶の香りがあの日を思い出させる

10/25/2023, 12:33:06 AM

行かないで


仮眠室で寝ている貴方はよく「いかないで」と寝言を言う
涙を流しながら

誰のどんな夢を見ているのか聞いたこともないし
察せられるほど貴方の過去を知らない

けれどきっと、人生において大切な人で
そして失ってしまった幸せなのだと思う

その涙を私はこっそり拭いこう呟くのだ

「私が隣にいてあげるのに」

夢にまで見る相手の代わりにはなれないけれど
新しい幸せを2人で育むことは
今ここにいる私ならできるのに

貴方はいつも私を見ないで
遠いその人を見る

そっちに行かないで、ここに居て

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