蟹食べたい

Open App
12/13/2024, 7:09:15 AM

12/12 「心と心」

僕にとって孤独は酸素と同じだ。
生まれたときから傍にあって、そうであることが自然で、僕自身気付くことすら無いうちに命を蝕んでいく。
酸素があることをわざわざ自覚することがないように、僕は僕自身が孤独であることすら認識していなかった。
そう、君と出会うまでは。

キーン

戦場に眩いばかりの火花が散る。
爆発にも似た金属音が、目の前の小柄な少女が僕の一撃を耐えたという驚くべき事実を証明する。

キーン、キーン、キーン。

二度三度僕はその腕を振り下ろす。
けれどその度に少女はその手に握る細い剣で弾き、受け流し、時には正面から受け止めてすら見せた。

『君は一体何者なんだい?』

問いかけに応えはない。
ただただ熱い感情のこもった刃が僕に振りかざされる。
それを受け止めそのまま放り投げる。
少女はくるくると器用に空中で姿勢を整え地面に着地する。

『僕とまともに戦えるなんて、凄いね君!』

僕の声は少し弾んでしまったかもしれない。
だってそうだろう?
今まで僕が戦ってきた相手は僕の一撃を耐えることなんて出来なかったのだ。
僕の攻撃を耐えたどころか反撃すらしてみせたのはこの少女が初めてなのだから。

『君が僕を終わらせてくれるのかな?』

僕の問にはやはり応えてはくれないみたいだ。
それでも、彼女の瞳に宿る決意が僕に希望を与えてくれる。

「囲め! 今日ここで討ち取る! 絶対に逃がすな!」

大きな盾を持った人達が迅速な動きで僕と彼女を取り囲む。

『そんなことしなくても逃げないよ』

そう語りかけてはみたが、彼らの表情をみる限り僕の言葉は彼らには伝わらなかった様だ。
だがそれはいつもの事だ。
今はそれよりも目の前の少女とのたたかいに集中したかった。

『さぁ、始めよう! 今日が僕の命日だ!』

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ズブッ

とても幸せな時間だった。
今まで生きてきた中で本当に、心の底から一番楽しかった。
こんな僕でも生きてて良かったと思ってしまうほどに幸せな時間だった。

「いい加減死ね、怪物」

膝から崩れ落ちた。
八本あった腕は全て切り落とされ、七つの心臓はその最後の一つが今貫かれたところだ。
ようやく終わる。
長い、とても長い時間を生きてきた。
たった一人、感情なんて消えてしまうほどに。
振り返ればひたすらに長い、悪夢のような時間だった。
今そう思えるのは他でもない、彼女が思い出させてくれたからだ。
最後に彼女が僕に安らぎを与えてくれた。
彼女だけが最後まで僕のことを見てくれた。

『ありがとう、名前も知らない僕の英雄』

震える唇でなんとか言葉を紡ぐ。
僕の声は届いただろうか?
僕の気持ちは伝わっただろうか?
目が霞んで彼女の表情は見えなかったけど、きっと伝わったと信じることにした。
呼吸が止まった。
血液の循環もいつの間にか止まっている。
薄れゆく意識の中、僕は彼女の表情を思い浮かべながら深い眠りについた。





「やっと死んだか…」

細剣を振り払い呟く。

「隊長! 流石です! ついにやりましたね!」
「…チャールズ、私はまだ戦闘状況の終了指示を出してはいないはずだが?」
「いやいや、流石にこれは死んだって分かりますよ」
「…まぁいい。撤収の準備にかかれ」
「もうですか? 一仕事終えた後なんですからもう少しゆっくり…隊長、こいつ見てくださいよ」

チャールズが指差したのは今しがた私がとどめを刺した化け物の死体の方だった。
3メートル近い巨体、そこらに散らばる八本の巨腕。
何度も何度も切りつけた肌は所々奴の体液が滲み、暗い灰色をしている。
冥獣アンヘルカイト。
確かそれがこいつに付けられた識別名だったはずだ。

「こいつ…泣いてますよ」

言われてみればその死体の六つの瞳からは血液とは違う透明な液体が溢れていた。

「そういやこいつ戦ってる最中ずっと変な雄叫び上げてませんでした? なんか満足そうな顔してるし案外隊長と戦えて嬉しかったんじゃないですか?」

チャールズの言葉を私は鼻で笑った。

「嬉しかった? 変なことを言うな」



「こんな化け物に心なんてあるわけ無いだろ」

12/11/2024, 12:33:51 PM

12/11 「何でもないふり」

夜空に浮かぶ星は想像もできないほど遠くにあるんだと思っていた。
だから、どんなにまぶしくても手を伸ばすことはしなかった。
けして届かないと思っていたから。
そんなものに焦がれ続けるのは無駄だと思い込んでいたから。
けれど、彼女を見て思った。
そんなこと関係ないと高らかに声を上げる彼女を見て思ってしまった。

「さぁ、私の手を取って!」

たとえ届かなくても、たとえ砕けてしまったとしても。

「やろうよ! 全力なんて生ぬるい」

私もあの輝く星に手を伸ばしたいと。
憧れを憧れのままで終わらせたくないと。

「そう…」

「「命を賭して」」

視線が交わった。
彼女の表情が一瞬きょとんとして、その後満面の笑みに変わる。
果たして私はうまく笑えていただろうか?
跳ねる。
自分でも分かるほどに。
高鳴る鼓動が煩いほどに鼓膜を揺らす。

あぁ、駄目だ。
もう…
何でもないフリなんて出来ない。

11/27/2024, 3:13:49 AM

11/26 「微熱」

人語解する竜、尽きぬ灯火、灼炎、終焉を奏でる者。
人の王国の遥か北、極寒の地、最果ての山脈にて冒険者たちに立ち塞がる古の竜。
無数の財宝と名誉を求め訪れる者たちに絶望を突きつける世界の観測者。
生まれ出でたその時からそうあれと望まれていた。
無限に続く静寂と私にとっては何の価値もないキラキラ光るガラクタ達。
私に与えられたのはそれだけだった。
そのことに対して疑問などなかった。
疑問など抱けるほどに私の世界は大きくはなかったから。
だから、アナタは私の炎だった。
凍りついた世界を溶かしてしまう程の心地よく優しい焔だった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「さぁ、俺と一緒に来てくれ!」

最初、彼の言葉を聞いた時何かの勘違いだと思った。
最後の来客から数年、いや数十年だろうか。
どちらにせよ久方ぶりとなる来客は私の姿を見るなり目を輝かせてそう言った。

「俺にはアンタの力が必要なんだ!」

今までここを訪れた人間は皆一様にして似たような格好をしていた。
耐火性の強そうな魔物の鱗や魔法の素材で作られた鎧に、鋭い輝きを放つ武器。
そして、こちらに向けられる強い敵意。
けれど、目の前の男は今までの人間たちとは違っていた。
服装はただただ寒さを凌ぐための分厚く重そうな物。
手には武器ではなく、この山脈を踏破する為に使ったと思われる杖のような道具が一つ。
そして何より、男からはこちらに対する害意が微塵も感じられなかった。

『人間よ、何のためにこの地を訪れた』

最後に人間が訪れたのは数十人規模の人間の国の兵士たちだった。
目的は私の討伐だったらしいが、彼らは私の鱗に傷一つつけることすら叶わず、軽くあしらっただけで蜘蛛の子を散らすように逃げ去ってしまった。
それ以来、今日に至るまでこの場所を訪れる者はいなかった。

『私と戦うにしては随分と準備不足に感じられるが』
「戦う? どうしてそんな話になったんだ? 俺がアンタに勝てるわけないだろ!」

男は胸を張ってそう言った。
それはもう勝てる見込みなど微塵もないと心の底から思っているかのように清々しいほどに自信満々だった。
だからこそ分からなかった。
一体なぜこの男は私を訪ねてきたのだろうか。

『貴様の目的は私の討伐ではないのか? 私の持つ財宝が欲しいのではないのか?』
「バカ言わないでくれ、アンタを討伐なんてしちまったら俺の夢が叶わなくなっちまうだろ?」
『夢?』
「そうだ! 子供の頃からのでっかい夢だ!」

そう言うと、男はその場にあぐらをかき両手を広げて語り始めた。
大仰な身ぶり手ぶりで脚色してはいたが、男の話を簡単にまとめるとこうだ。
男の名前はユリウス。
人間の国で鍛冶屋を営んでいるらしい。
ユリウスの夢は王国一の鍛冶職人になることで、その為にこれまで研鑽を積み重ねて来たが、とある壁にぶち当たったのだそうだ。
それが、炉の火力不足だった。
マグナタイトと呼ばれる硬度も魔力伝導力も世界最高の鉱石がある。
しかし、マグナタイトの精錬には人間の国の炉では火力が圧倒的に足りず、技術の進歩を待つのではあと100年はかかるのだそうだ。
悩みに悩んだユリウスは、紆余曲折あって数十年前、王国騎士団が手も足も出なかった伝説の火竜であるこの私、灼炎竜
アルフラムに目をつけたのだと言う。

「…と、言う訳だ! では行こう! マグナタイトが俺達を待っている!」

男は言いたいことだけ言うとすくっと立ち上がり、洞窟の出口を指差す。
私が男の提案を断ることなど微塵も考えていないのだろう。

『人間よ、それはできない。私はこの場所を守らねばならないのだ』
「なんで?」

余りにも簡素な質問に、けれども私は答えることが出来なかった。

「見た感じアンタはそこら辺に転がってる財宝とかに固執しなさそうに見えるが、何か他に守る物があるのか?」

無い。
この場所にあるのは無限に続く静寂とキラキラ光るガラクタだけだ。
考えたことすらなかった。
考える必要すらなかった。
生まれ出でたその時からここが私の居場所でここだけが私の世界だった。
だから私はこの場所にとどまり続けた。

『私は…』
「何もないなら俺と一緒に来てくれ! アンタがいれば王国一の鍛冶屋なんて目じゃない! 世界一の鍛冶職人にだってきっとなれる! 俺にはアンタの力が必要なんだ!」

燃えるような瞳だった。
私の業火が霞んでしまうほどに。
私を縛る冷たい霜が溶けてしまうほどに。
だから…


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


カンカンカン
その音を聞いて私は微睡む。
彼の工房。
様々な鍛冶道具に溢れたこの場所は人の姿となってなお手狭に感じられた。
カンカンカン
心地よい音に心が落ち着く。

「おーい、アル、頼んだ!」

ふっと一息炎が燃える。
人にとっては灼熱。
けれど私にとってはぬるいと感じるほどの微熱に過ぎない。
けれど、穏やかなその熱が心地よくて、

「ありがとう、アル」

鼓膜を揺らすその言葉が温かくて、私はそっと目を閉じた。

11/22/2024, 10:34:10 AM

11/22 「夫婦」

『特別な事』なんてなくていい。
君と歩んだ今日という日が、明日が、これまでが、
僕にとっては全てかけがえのない『特別』なのだから。

11/21/2024, 1:15:03 PM

11/21 「どうすればいいの」

炎刃、燃ゆる、熱く、紅く、激しく
雷刃、闇を貫く、鋭く、強く、美しく
交わりて炎雷、穿つは霹靂、放たれしは必滅の咆哮!

「えぇ…」

なんというか、人間の脳みそって一定以上情報を一気に詰め込まれると逆に冷静になるよねって話。
放課後、学校の帰り道を歩いていたら急に光に包まれた〜とか、目を開けたら全く知らないところだった〜とか、目の前で今にもやばそうな魔法?が俺に向かって放たれそう〜とか
まぁ、色々言いたいことはあるけど、まぁ、現代日本人なら取り敢えず現状を話し合いで解決できないかは挑戦してみるべきだろう。

「あのー、すみません…」
「黙れ悪魔の手先!! 父の仇、今ここで!」
「助けてください! 勇者様!」
「えぇ…」

うん、カオスってこういう事を言うんだね!
それと、今話しかけられて初めて気づいたけど、いつの間にか俺の後ろに隠れてるそこの君? さっきのセリフで何となく分かったけど俺がこうなったの君のせいだよね?
何? 勇者って、俺ただの男子高校生ですよ? こんな見るからに殺意高そうな攻撃食らったら跡形もなくなっちゃうよ? あぁ、そのすがるような目を止めてくれ、俺には何もできないから。

「この期に及んで勇者召喚か! 往生際が悪いぞこの悪魔め!」

片やこれである。何? 親でも殺されたの? さっきのセリフ的にどうにも否定できないのがアレだが、正直彼女の言う通りだと思う。ちょっと往生際が悪いよね? そりゃ命の危機となれば出来ることは全部やろうってのは分からない話ではないけど、タイミングというか呼ぶとしてもこうなる前に呼んでほしかったよね!

「ふぅ…」

空を見上げる。
とっても綺麗で澄んだ青空だった。
大きな空を眺めてたら少しだけ楽観的になれた気がした。
平凡な高校生。
けれど誰にだって特技の1つや2つはあるものだ。

「…やってみるか」

これは言ってしまえば必殺技というやつだ。
現代日本人が使える数少ない必殺技。
効果があるかどうかは正直わからないが、俺も俺の召喚主にならってやれることはやってみようと思った。

「ゆ、勇者様?」
「な、なにをするつもりだ!」

勝負は一瞬。
相手を刺激しないようにゆっくりと膝をつく。
両手を上げる。
そして一拍。
この場の全員が俺の一挙手一投足に注目しているのを肌で感じてから一気に両手を地面につく。
そのまま霞むような速度で上半身を下げる。

「本当に申し訳ありませんでしたぁあああ!!」

でぃすいずじゃぱにーず土下座
裂帛の咆哮と共に相手がドン引く程の気合いで土下座をかました。
それはもう全力で、全身全霊をもって渾身の土下座をかました。
正直自分自身何に対して謝っているのかよくわからないが、大切なのはそこじゃない。相手の怒りを上回るほどの衝撃を与えてこの怒れる少女にほんの少しでもいいから落ち着いて話を聞いてもらうのだ。
悔いがないと言ったら嘘になるが、これが俺にできる最適解だった。
やれることはやった。あとは野となれ山となれ、だ。
上手くいくことを神にでもお願いしておこう。
あと、ついでだからもう一回。

「本当に! 申し訳! ありませんでしたぁあああ!!」

Next