12/12 「心と心」
僕にとって孤独は酸素と同じだ。
生まれたときから傍にあって、そうであることが自然で、僕自身気付くことすら無いうちに命を蝕んでいく。
酸素があることをわざわざ自覚することがないように、僕は僕自身が孤独であることすら認識していなかった。
そう、君と出会うまでは。
キーン
戦場に眩いばかりの火花が散る。
爆発にも似た金属音が、目の前の小柄な少女が僕の一撃を耐えたという驚くべき事実を証明する。
キーン、キーン、キーン。
二度三度僕はその腕を振り下ろす。
けれどその度に少女はその手に握る細い剣で弾き、受け流し、時には正面から受け止めてすら見せた。
『君は一体何者なんだい?』
問いかけに応えはない。
ただただ熱い感情のこもった刃が僕に振りかざされる。
それを受け止めそのまま放り投げる。
少女はくるくると器用に空中で姿勢を整え地面に着地する。
『僕とまともに戦えるなんて、凄いね君!』
僕の声は少し弾んでしまったかもしれない。
だってそうだろう?
今まで僕が戦ってきた相手は僕の一撃を耐えることなんて出来なかったのだ。
僕の攻撃を耐えたどころか反撃すらしてみせたのはこの少女が初めてなのだから。
『君が僕を終わらせてくれるのかな?』
僕の問にはやはり応えてはくれないみたいだ。
それでも、彼女の瞳に宿る決意が僕に希望を与えてくれる。
「囲め! 今日ここで討ち取る! 絶対に逃がすな!」
大きな盾を持った人達が迅速な動きで僕と彼女を取り囲む。
『そんなことしなくても逃げないよ』
そう語りかけてはみたが、彼らの表情をみる限り僕の言葉は彼らには伝わらなかった様だ。
だがそれはいつもの事だ。
今はそれよりも目の前の少女とのたたかいに集中したかった。
『さぁ、始めよう! 今日が僕の命日だ!』
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ズブッ
とても幸せな時間だった。
今まで生きてきた中で本当に、心の底から一番楽しかった。
こんな僕でも生きてて良かったと思ってしまうほどに幸せな時間だった。
「いい加減死ね、怪物」
膝から崩れ落ちた。
八本あった腕は全て切り落とされ、七つの心臓はその最後の一つが今貫かれたところだ。
ようやく終わる。
長い、とても長い時間を生きてきた。
たった一人、感情なんて消えてしまうほどに。
振り返ればひたすらに長い、悪夢のような時間だった。
今そう思えるのは他でもない、彼女が思い出させてくれたからだ。
最後に彼女が僕に安らぎを与えてくれた。
彼女だけが最後まで僕のことを見てくれた。
『ありがとう、名前も知らない僕の英雄』
震える唇でなんとか言葉を紡ぐ。
僕の声は届いただろうか?
僕の気持ちは伝わっただろうか?
目が霞んで彼女の表情は見えなかったけど、きっと伝わったと信じることにした。
呼吸が止まった。
血液の循環もいつの間にか止まっている。
薄れゆく意識の中、僕は彼女の表情を思い浮かべながら深い眠りについた。
「やっと死んだか…」
細剣を振り払い呟く。
「隊長! 流石です! ついにやりましたね!」
「…チャールズ、私はまだ戦闘状況の終了指示を出してはいないはずだが?」
「いやいや、流石にこれは死んだって分かりますよ」
「…まぁいい。撤収の準備にかかれ」
「もうですか? 一仕事終えた後なんですからもう少しゆっくり…隊長、こいつ見てくださいよ」
チャールズが指差したのは今しがた私がとどめを刺した化け物の死体の方だった。
3メートル近い巨体、そこらに散らばる八本の巨腕。
何度も何度も切りつけた肌は所々奴の体液が滲み、暗い灰色をしている。
冥獣アンヘルカイト。
確かそれがこいつに付けられた識別名だったはずだ。
「こいつ…泣いてますよ」
言われてみればその死体の六つの瞳からは血液とは違う透明な液体が溢れていた。
「そういやこいつ戦ってる最中ずっと変な雄叫び上げてませんでした? なんか満足そうな顔してるし案外隊長と戦えて嬉しかったんじゃないですか?」
チャールズの言葉を私は鼻で笑った。
「嬉しかった? 変なことを言うな」
「こんな化け物に心なんてあるわけ無いだろ」
12/13/2024, 7:09:15 AM