蟹食べたい

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11/26 「微熱」

人語解する竜、尽きぬ灯火、灼炎、終焉を奏でる者。
人の王国の遥か北、極寒の地、最果ての山脈にて冒険者たちに立ち塞がる古の竜。
無数の財宝と名誉を求め訪れる者たちに絶望を突きつける世界の観測者。
生まれ出でたその時からそうあれと望まれていた。
無限に続く静寂と私にとっては何の価値もないキラキラ光るガラクタ達。
私に与えられたのはそれだけだった。
そのことに対して疑問などなかった。
疑問など抱けるほどに私の世界は大きくはなかったから。
だから、アナタは私の炎だった。
凍りついた世界を溶かしてしまう程の心地よく優しい焔だった。


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「さぁ、俺と一緒に来てくれ!」

最初、彼の言葉を聞いた時何かの勘違いだと思った。
最後の来客から数年、いや数十年だろうか。
どちらにせよ久方ぶりとなる来客は私の姿を見るなり目を輝かせてそう言った。

「俺にはアンタの力が必要なんだ!」

今までここを訪れた人間は皆一様にして似たような格好をしていた。
耐火性の強そうな魔物の鱗や魔法の素材で作られた鎧に、鋭い輝きを放つ武器。
そして、こちらに向けられる強い敵意。
けれど、目の前の男は今までの人間たちとは違っていた。
服装はただただ寒さを凌ぐための分厚く重そうな物。
手には武器ではなく、この山脈を踏破する為に使ったと思われる杖のような道具が一つ。
そして何より、男からはこちらに対する害意が微塵も感じられなかった。

『人間よ、何のためにこの地を訪れた』

最後に人間が訪れたのは数十人規模の人間の国の兵士たちだった。
目的は私の討伐だったらしいが、彼らは私の鱗に傷一つつけることすら叶わず、軽くあしらっただけで蜘蛛の子を散らすように逃げ去ってしまった。
それ以来、今日に至るまでこの場所を訪れる者はいなかった。

『私と戦うにしては随分と準備不足に感じられるが』
「戦う? どうしてそんな話になったんだ? 俺がアンタに勝てるわけないだろ!」

男は胸を張ってそう言った。
それはもう勝てる見込みなど微塵もないと心の底から思っているかのように清々しいほどに自信満々だった。
だからこそ分からなかった。
一体なぜこの男は私を訪ねてきたのだろうか。

『貴様の目的は私の討伐ではないのか? 私の持つ財宝が欲しいのではないのか?』
「バカ言わないでくれ、アンタを討伐なんてしちまったら俺の夢が叶わなくなっちまうだろ?」
『夢?』
「そうだ! 子供の頃からのでっかい夢だ!」

そう言うと、男はその場にあぐらをかき両手を広げて語り始めた。
大仰な身ぶり手ぶりで脚色してはいたが、男の話を簡単にまとめるとこうだ。
男の名前はユリウス。
人間の国で鍛冶屋を営んでいるらしい。
ユリウスの夢は王国一の鍛冶職人になることで、その為にこれまで研鑽を積み重ねて来たが、とある壁にぶち当たったのだそうだ。
それが、炉の火力不足だった。
マグナタイトと呼ばれる硬度も魔力伝導力も世界最高の鉱石がある。
しかし、マグナタイトの精錬には人間の国の炉では火力が圧倒的に足りず、技術の進歩を待つのではあと100年はかかるのだそうだ。
悩みに悩んだユリウスは、紆余曲折あって数十年前、王国騎士団が手も足も出なかった伝説の火竜であるこの私、灼炎竜
アルフラムに目をつけたのだと言う。

「…と、言う訳だ! では行こう! マグナタイトが俺達を待っている!」

男は言いたいことだけ言うとすくっと立ち上がり、洞窟の出口を指差す。
私が男の提案を断ることなど微塵も考えていないのだろう。

『人間よ、それはできない。私はこの場所を守らねばならないのだ』
「なんで?」

余りにも簡素な質問に、けれども私は答えることが出来なかった。

「見た感じアンタはそこら辺に転がってる財宝とかに固執しなさそうに見えるが、何か他に守る物があるのか?」

無い。
この場所にあるのは無限に続く静寂とキラキラ光るガラクタだけだ。
考えたことすらなかった。
考える必要すらなかった。
生まれ出でたその時からここが私の居場所でここだけが私の世界だった。
だから私はこの場所にとどまり続けた。

『私は…』
「何もないなら俺と一緒に来てくれ! アンタがいれば王国一の鍛冶屋なんて目じゃない! 世界一の鍛冶職人にだってきっとなれる! 俺にはアンタの力が必要なんだ!」

燃えるような瞳だった。
私の業火が霞んでしまうほどに。
私を縛る冷たい霜が溶けてしまうほどに。
だから…


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カンカンカン
その音を聞いて私は微睡む。
彼の工房。
様々な鍛冶道具に溢れたこの場所は人の姿となってなお手狭に感じられた。
カンカンカン
心地よい音に心が落ち着く。

「おーい、アル、頼んだ!」

ふっと一息炎が燃える。
人にとっては灼熱。
けれど私にとってはぬるいと感じるほどの微熱に過ぎない。
けれど、穏やかなその熱が心地よくて、

「ありがとう、アル」

鼓膜を揺らすその言葉が温かくて、私はそっと目を閉じた。

11/27/2024, 3:13:49 AM