『宝箱』
宝箱とはなんだろうか。RPGゲームなどによく出てくる、豪華な装飾が施された大きな箱を思い浮かべる人も多いだろう。
私にとっての宝箱は、今目の前にある、装飾も何もないただの白い箱だ。
この中には私の宝物が入っている。彼からプロポーズされた時に貰った花、お揃いの指輪、お気に入りだからと薦められて読んだ漫画。
そして何より、小さな頃から今に至るまで、ずっと私と想い出を作り続けてきた大切なもの。
どんなに辛い時でも、この宝物に元気を貰った。ある日はなればなれになった時は、あまりの不安に泣き出したこともあった。
宝物とはかけがえのないものと表現する人が居るが、私とってはまさにかけがえがなく、代わりのない大切なものだった。
そんな唯一無二の宝物が入ったこの箱は、どんなに質素な見た目をしていても、私にとってはこの世のどんな宝石よりも光り輝いて見える宝箱だった。
そんな宝箱の蓋が閉められ、私の前から運び出されて行く。持っていかないで、とどんなに縋り付きたくても縋り付けなくて、涙を堪えて行く末を見守る。宝箱は遂に車に乗せられた。
──ありがとう......さようなら。車のホーンにかき消されるほどのか細い声で呟いたその言葉は、まるで青い青い空に立つ煙のように散っていった。
──お題:宝物──
『死神』
百物語。百本の蝋燭に火を灯し、怪談を一つ話すごとに一本ずつ消していくという怪談会。
修学旅行の夜に同室の仲間でやろうという話になり、五人でこっそりとやることになった。流石に百本も出来ないから五本で一人一本ずつということになり、早速蝋燭に火を灯して部屋の照明を落とす。
そこからはやいのやいのと言いながら怪談が始まる。しかしあまりにも長尺な話や、茶々が永遠に入ってきて中々締まらない話などが続き、言い出しっぺ──死神が出る渾身の怪談を考えたから締めがやりたいと最後に回った──に語り手の番が回ってきた頃には最後の蝋燭の火はもう消えかけだった。
もはや話のオチどころか一番良いところにすら入れず終わりかねない状況に、語り手は一旦仕切り直さないかと提案する。が、仲間は仲間で百物語でやっているのだから仕切り直しは無しで消えたら終わりだ、と譲らない。
堂々巡りの言い合いをしているうちにも火はどんどんとか細くなり、いよいよ焦った語り手は、新しい蝋燭に着火剤を使わずにこの消えかけの火を継いで続けるのはどうかと言い、仲間はやれるものなら、と承諾した。
語り手はもはや光源として機能しない明かりが僅かに灯る部屋の中から手探りで新しい蝋燭を見つけて持ってくる。
しかし、大急ぎで火を継ごうとするが、焦りからか何度やってもとんと上手くいかない。
「あぁ、消える......!」
「早く寝ろ! 就寝時間過ぎてるぞ!」
「せっ先生!? テケレッツのパー!」
「寝るまで枕元に居座るぞ!」
「永眠しちまうよ!」
──お題:キャンドル──
『眼鏡』
たくさんの想い出が詰まっているものと聞いて何を思い浮かべるだろうか。写真がたくさん詰まったアルバム、或いはその写真を撮り続けたカメラ。長年乗り続けて様々な場所をドライブした愛車だと言う人も居るだろう。
私にとってたくさんの想い出が詰まったものは、小学生の頃からかけ続けている眼鏡だ。
私は小学生の頃から目が悪い。今となっては裸眼では視力検査の一番大きいランドルト環すら怪しい始末。
そんな私が文学を読んで感動し、たくさんのゲームを楽しみ、綺麗な景色を見て旅情に浸ることができたのはひとえにこの眼鏡があったからこそだ。
もしこの眼鏡がなければ、文学を読むのは億劫で、ゲームなんて楽しむ余裕も無く、綺麗な景色はいくつかの色がただ無造作に塗りたくられただけの絵とも言えない何かにしか見えなかっただろう。
朝起きたら付けて、夜寝る前に外す。最早何も考えずとも無意識のうちに行うルーティンと化した行為。他人から見てみればただ眼鏡をつけ外ししているだけ、本当にただそれだけなのだが、見方を変えればこれは想い出を作るための行為と言えるのだ。
ほとんどの時間眼鏡をかけているからか自分の目は元々こんなにも視力が良かったかのような錯覚を覚えるが、私が今までに想い出を積み重ね、そしてこれからも作り続けて行くために必要なもの。
写真が詰まったアルバムは私の目で、その写真を撮るためのカメラがこの眼鏡。そして長年使い続けてどこに行くにも一緒だった。
だから、私にとってたくさんの想い出が詰まっているものと問われれば、それはこの眼鏡だ、と胸を張って答えられる。
──お題:たくさんの想い出──
『冬の温もり』
「冬になったら何したい?」
秋の暖かさも終わりを告げ、ひんやりとした風が吹く帰り道で、幼馴染の彼女は唐突にそう聴いてきた。
「うーん......スキー行ったり、炬燵に入ってミカン食べたりとか?」
「おぉー、いいねそれ! ミカンもいいけど、私は雪見だいふくがいいなぁ」
少し悩んでありきなりな答えを返すと、彼女は目を輝かせながら食い付いてくる。そんな彼女にじゃあお前は何がしたいの?と尋ねれば、やはり少し悩んだ後に内緒! と口元に人差し指を当てながら言われてしまった。
「ところで冬っていつからが冬になるんだろうね」
しばらくそのまま歩いていると、ふと彼女はそう言う。立冬を過ぎれば、或いは12月からだろう、などと色々と二人で軽い議論を交わしながら歩みを進めた。
くだらない会話で脱線もしつつ、最終的には寒さを感じたら僕たち的にはもう冬なんじゃないか、という結論が出てからしばらくすると、いきなり彼女は僕の手を取った。
「じゃあやりたかったこと今やっちゃお!」
そう言ってえへへと照れ笑いを浮かべ、彼女はぎゅっと腕に抱きついてきた。僕の冷たい指先はほんのりと暖かさを帯びて、身体は吹きつける風も忘れるほどに熱くなっていた。
──お題:冬になったら──
『二人の距離は280マイル』
──日本航空からご案内いたします。日本航空102便、7時5分発東京羽田行きは──
「嫌や! はなればなれになりとうない!」
ビジネスマンが行き交う早朝の大阪国際空港の北ターミナルに一つの声が響いた。
僕の彼女。今から東京に一人で飛行機に乗って向かう彼女の声だった。保安検査場の前で僕に抱きつきながら離れたくないと言う。
「最初は別々になっても大丈夫かなって思ったけど、いざ行くってなったらやっぱり寂しいんやもん!」
彼女は普段は気丈に振る舞っていた。僕なんて必要ないんじゃないかというくらいに芯が通った人で、いつも僕が彼女に助けられてばかりだった。
こんなところでそんな彼女の可愛い一面が見れた嬉しさと、早くしないと搭乗出来なくなる焦りとで僕の心は掻き乱されていた。
「そんなん言わんといてや、東京行ったらすぐ会いに行くから」
「うぅ......分かった......約束やで......」
絶対にすぐに会いに行くと約束すれば、ようやく彼女は僕から離れ、何度も振り返りながら保安検査場へ消えていった。
「付き合うときにマイレージクラブ統一するべきやったなぁ......」
彼女が見えなくなるとぼやくようにそう呟き、僕はANA986便──7時5分発東京羽田行き──の搭乗手続きのために南ターミナルへ急いだ。
──お題:はなればなれ──