『伝えたい言葉』
幼馴染の彼女と籍を入れてから、もう幾年か経った。夫婦同士だと言葉足らずでも分かり合えると言うことがあるが、幼い頃からの付き合いだからか私たちは特にそれが強いと思う。
食事中にあれ取ってと言えば醤油が差し出される。寛いでいる時にあれやってくれた?と言われたら、洗濯なら済ませたよと返す。
一心同体と言うべきか、あるいは以心伝心と言うべきか。お互いのことはまるで手に取るように分かり、彼女との間にはえも言われぬ信頼感があった。
しかし、あらゆる言葉を省略して話している中でも、絶対に必ず言葉にして伝える気持ちがある。こればかりは、そう思っていると彼女が分かっていてくれていても、どうしても口にして伝えなければ気が済まなかった。
「愛してる」
「えぇ、私も愛してるわ」
──お題:夫婦──
『優等生』
私はみんなから優等生と言われる。
成績は学年トップ。大人びてるねと言われ、よく色々な悩みの相談を受けることもある。
みんなの期待に応えられるように勉強を頑張った。お悩み相談も親身になってたくさん聴いた。
でも、だからこそ、人前で弱音を吐けない。吐くことができない。
体調が悪い、怪我をした。そんな肉体的な弱みはいくらでも晒せるが、精神的な弱みは曝け出せない。
だってみんな完璧な私を望んでいるから。大人びていて、頼りになる私が必要で、子供のように弱音を吐いて、人を頼りたいと思うような私は必要とされていないから。
あなたは何事も卒なくこなすから悩みがなさそうで良いね、と言われた時はショックだった。あぁ、私は悩みを持ってはいけないんだと、そう思うようになったのはその言葉を聴いてからだった。
実際のところあまり継続的な悩みはなかった。でも、ふとした瞬間に湧いてくる不安や悩みを誰かに言うことはできなくて、その度にそんな感情を押し殺してきた。
でも、それでも、どうしようもない時があるのも確かで。
あぁ、この行き場のない感情はどうすればいいの?
──お題:どうすればいいの?──
『宝箱』
宝箱とはなんだろうか。RPGゲームなどによく出てくる、豪華な装飾が施された大きな箱を思い浮かべる人も多いだろう。
私にとっての宝箱は、今目の前にある、装飾も何もないただの白い箱だ。
この中には私の宝物が入っている。彼からプロポーズされた時に貰った花、お揃いの指輪、お気に入りだからと薦められて読んだ漫画。
そして何より、小さな頃から今に至るまで、ずっと私と想い出を作り続けてきた大切なもの。
どんなに辛い時でも、この宝物に元気を貰った。ある日はなればなれになった時は、あまりの不安に泣き出したこともあった。
宝物とはかけがえのないものと表現する人が居るが、私とってはまさにかけがえがなく、代わりのない大切なものだった。
そんな唯一無二の宝物が入ったこの箱は、どんなに質素な見た目をしていても、私にとってはこの世のどんな宝石よりも光り輝いて見える宝箱だった。
そんな宝箱の蓋が閉められ、私の前から運び出されて行く。持っていかないで、とどんなに縋り付きたくても縋り付けなくて、涙を堪えて行く末を見守る。宝箱は遂に車に乗せられた。
──ありがとう......さようなら。車のホーンにかき消されるほどのか細い声で呟いたその言葉は、まるで青い青い空に立つ煙のように散っていった。
──お題:宝物──
『死神』
百物語。百本の蝋燭に火を灯し、怪談を一つ話すごとに一本ずつ消していくという怪談会。
修学旅行の夜に同室の仲間でやろうという話になり、五人でこっそりとやることになった。流石に百本も出来ないから五本で一人一本ずつということになり、早速蝋燭に火を灯して部屋の照明を落とす。
そこからはやいのやいのと言いながら怪談が始まる。しかしあまりにも長尺な話や、茶々が永遠に入ってきて中々締まらない話などが続き、言い出しっぺ──死神が出る渾身の怪談を考えたから締めがやりたいと最後に回った──に語り手の番が回ってきた頃には最後の蝋燭の火はもう消えかけだった。
もはや話のオチどころか一番良いところにすら入れず終わりかねない状況に、語り手は一旦仕切り直さないかと提案する。が、仲間は仲間で百物語でやっているのだから仕切り直しは無しで消えたら終わりだ、と譲らない。
堂々巡りの言い合いをしているうちにも火はどんどんとか細くなり、いよいよ焦った語り手は、新しい蝋燭に着火剤を使わずにこの消えかけの火を継いで続けるのはどうかと言い、仲間はやれるものなら、と承諾した。
語り手はもはや光源として機能しない明かりが僅かに灯る部屋の中から手探りで新しい蝋燭を見つけて持ってくる。
しかし、大急ぎで火を継ごうとするが、焦りからか何度やってもとんと上手くいかない。
「あぁ、消える......!」
「早く寝ろ! 就寝時間過ぎてるぞ!」
「せっ先生!? テケレッツのパー!」
「寝るまで枕元に居座るぞ!」
「永眠しちまうよ!」
──お題:キャンドル──
『眼鏡』
たくさんの想い出が詰まっているものと聞いて何を思い浮かべるだろうか。写真がたくさん詰まったアルバム、或いはその写真を撮り続けたカメラ。長年乗り続けて様々な場所をドライブした愛車だと言う人も居るだろう。
私にとってたくさんの想い出が詰まったものは、小学生の頃からかけ続けている眼鏡だ。
私は小学生の頃から目が悪い。今となっては裸眼では視力検査の一番大きいランドルト環すら怪しい始末。
そんな私が文学を読んで感動し、たくさんのゲームを楽しみ、綺麗な景色を見て旅情に浸ることができたのはひとえにこの眼鏡があったからこそだ。
もしこの眼鏡がなければ、文学を読むのは億劫で、ゲームなんて楽しむ余裕も無く、綺麗な景色はいくつかの色がただ無造作に塗りたくられただけの絵とも言えない何かにしか見えなかっただろう。
朝起きたら付けて、夜寝る前に外す。最早何も考えずとも無意識のうちに行うルーティンと化した行為。他人から見てみればただ眼鏡をつけ外ししているだけ、本当にただそれだけなのだが、見方を変えればこれは想い出を作るための行為と言えるのだ。
ほとんどの時間眼鏡をかけているからか自分の目は元々こんなにも視力が良かったかのような錯覚を覚えるが、私が今までに想い出を積み重ね、そしてこれからも作り続けて行くために必要なもの。
写真が詰まったアルバムは私の目で、その写真を撮るためのカメラがこの眼鏡。そして長年使い続けてどこに行くにも一緒だった。
だから、私にとってたくさんの想い出が詰まっているものと問われれば、それはこの眼鏡だ、と胸を張って答えられる。
──お題:たくさんの想い出──