『ひらり』
彼女と出会ったのは雪の降る寒い日だった。
今年2度目の雪の日でハラハラと舞う白い塊を目で追っていた。
暖房の効いたカフェでコーヒー片手に本を読んでいた僕はそっと伸びをして、時計に目をやった。
15時28分。そろそろおやつの時間だ。
ここのカフェのケーキを食べたことはまだなく、ショーケースの前で悩んでいた。
チョコレートケーキにモンブラン、ミルフィーユも捨て難い。
どれも美味しそうでうーん、と唸っていていると
後ろから突然女性の声がした。
「もしお悩みでしたら、この桜のケーキがおすすめですよ。期間限定なんです」
そう話しかけてきた。それが、彼女だった。
一瞬誰に言っているのか分からなかったが目がぱっちりと合い、ニコッと微笑まれてしまったらもう
「それならこのケーキにします!」
と言うしかない。
それから彼女とは何度かカフェで偶然会うと話すようになった。
雪が溶け、桜が舞い散る頃になった。
期間限定のケーキが明日で終わりとなった今日、僕は彼女に告白しようと思っていた。
カフェで彼女を待って2時間が経つ。いつもなら15時半頃に来るはずが、16時になっても何時間経っても、彼女がカフェに現れることはなかった。
彼女の連絡先は知らず、会う手段はカフェしかなかった僕には為す術もなくそのまま家に帰った。
あれから毎日僕はカフェに通ったが、彼女が来ることはなかった。その1年後僕は別の街に引っ越すことになった。
カフェに行くことはもう無くなったが、この季節になると毎年思い出す。
本を読む手を止め、空を見上げる。
白い花弁がひらりと舞い落ち、そっと地面に触れるとじんわり溶けて消えてなくなった。
2025.03.03
15
『誰かしら?』
ある日突然、貴方が私を忘れた。
なんの前ぶりもなく貴方が目を覚ましたら私のことを覚えていなかった。
「貴女は、どちら様でしょうか?」
そう問われた私は強いショックを受けた。悲しいやら驚きやらで感情がぐちゃぐちゃになった。
思い当たるきっかけは特になく、強いて言うのなら昨日のこと。桜を2人で見に行ったあとからなんだか変な違和感を彼に覚えたことくらいだった。
それも大したことはなく、ただ少し、いつもより疲れてそうだっただけである。
「私を、忘れてしまったの?」
そう問うと、貴方は申し訳なさそうに眉を下げて
「申し訳ない。どうにも思い出せなくて」
と言った。困った時に首に手を当てる癖はそのままのようだった。
それから彼に私たちが夫婦であったこと、出会ったきっかけ、昨日は何をしたかなどを説明した。
しかし、出会った場所も時間帯も、昨日桜を見に行ったことも彼は全て覚えていた。
私だけが、彼の記憶から消えてなくなっていた。
それから一年が経ち、また桜が咲いた。
それでも彼は私を思い出すことは無かった。
彼とあの日と同じ場所の桜を見に行くことにした。
そうすればなにか思い出せると思ったからだ。
一年前とは違う距離感で桜並木を歩く。
青空と桃色のコントラストが美しく、どこかに誘われてしまいそうな錯覚を覚える。
花びらが散るのがゆっくりに感じられた。
次にまぶたを開くとそこは見慣れた家の天井だった。
えっと、私どうしてここに?
彼に私を思い出させるために桜を見に行って、それで……彼って?
起き上がると見知らぬ男性が水の入ったコップを持って立っていた。
「目が、覚めたのか」
「貴方は、誰かしら?」
2025.03.02
14
『芽吹きのとき』
貴女と出会って五年が経ちました。
笑顔の可愛らしいあなた。
花がお好きだと仰っていたのをよく覚えています。
春は河川敷で満開に咲く桜を
夏は駅近くの向日葵畑へ
秋は谷に咲く彼岸花で
冬は雪の被る椿
四季折々の花をあなたと一緒に楽しみました。
花畑でスカートをヒラヒラさせて歩く貴女の後ろ姿をお慕いしておりました。
出会って二年目の春に私はあなたにプロポーズをしました。
顔を真っ赤にして薔薇の花を九本束ねた花束を差し出しました。その手は震えていて格好良いとはあまり言えませんでした。
そんな私に貴女は微笑み頷き、花束を受け取ってくれました。そして貴女はそのまま薔薇に顔を近づけ目を瞑りそっと香りを感じました。その姿が私には美しく非常に尊いもののように感じました。
出会って三年目、私たちは別れました。
お互いを愛するまま私たちは離れなければなりませんでした。
今日で出会って五年目の春です。
別れてから二年目の春です。
私は貴女に会いに行きます。ずっと怖くて足をなかなか運べなかったのですが、やっと貴女に会う心づもりができました。
満開の桜の下に静かに佇む貴女。纏う雰囲気はあの頃と同じ優しい花のようでした。
私はそっと石を撫でました。
貴女が下に眠る石を。
ひんやりとして硬くて、昔のような柔らかさはありませんでしたが確かに貴女はそこにいました。
ふと見ると、墓石の隅に双葉が生えているのが見えました。
芽吹きのとき、私はまた貴女に出会い別れたあの日から止まった時間が進み出すのを感じました。
2025.03.01
13
『あの日の温もり』
冬の雪の降る日。
携帯の着信音が鳴った。読書に夢中だった俺は、無視してまた後でかけ直そうと思い画面を確認する。
相手は電話が嫌いだという君だった。
珍しいなと思いつつ、何か嫌な予感がした。
「どうしたの?」
問いかけても君は無言のまま。しばらくして
「なんでもないの、何となくよ」
電話が嫌いなのに、そんな浮かんだ疑問は声に出さず頭の中で打ち消す。
「そうか」
彼女の背後で聞き慣れた音がする。
「…海にいるの?」
「…どうしてそう思うの?」
「遠くに波の音がするから」
「あはは、正解」
「君のことだからきっと、鎌倉だね?」
「さぁ?それはどうかしら」
何となく胸がどきどきする。怖い。
普通の会話のはずなのに、彼女の間のとり方、テンポがどこか恐ろしさを感じさせる。
「会いに行ってもいい?」
「私の居場所が分かるのなら」
「任せてよ」
彼女のいる場所には予想がついてる。
きっとあそこだ。
僕は走って家を出る。電車に揺られて20分。
そこから歩いて15分。
いた、白いワンピースの君。
「あら、見つかっちゃったのね」
君は僕を見て微笑む。
やっぱりここだ。僕らが初めて出会った鎌倉の海。
彼女の元まで走って駆け下りる。そしてその勢いで華奢な肩を抱きしめる。
「わぁ、驚いた。どうしたの?」
君は楽しそうに笑った声で言う。
「どこにも行かないで」
君を見つけてからやっと出た声は掠れて音にならなかった。それでも君には十分に伝わったらしく、僕の背にそっと手をまわす。
「…えぇ、どこにも行かないわよ」
君の体温が僕よりずいぶん低く感じた。
出会った日もこんな風に抱き締めあったことを思い出した。
君の低い体温が、あの日の温もりと重なって酷く懐かしく感じさせた。
2025.02.28
12
『cute!』
春
入学式で見かけた黒髪ロングの君。桜の舞う中スカートを翻して駆ける君の姿に一目惚れ。
なんともcute!
夏
クラスのみんなで行った海でポニーテールの君。水着に照れながらもビーチバレーに全力で挑む姿に二度目の一目惚れ。
とってもcute!
秋
紅葉が色づく頃に30cmほど髪を切った君。文化祭で好きだった人に失恋したと目を潤ませる君に3度目の一目惚れ。
べりべりcute!
冬
行事のスキー合宿で髪に天然の雪飾りをつける君。転んでも楽しそうな満面の笑顔に4度目の一目惚れ。
死ぬほどcute!
そして今日
髪を下ろして静かに眠る君。真っ白な百合の花と君の好きだった向日葵に囲まれた君に5度目の一目惚れ。
どうしようもなくcute!
この一年間、死にたいくせに隠して明るく振る舞う君が好きだった。
どんな君でも愛してる。たとえ死体になったとしても愛してる。
可愛い可愛い僕の君。
この先も永遠に愛してる。
死んでる君もスペシャルcute!
2025.02.27
11