光合成

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『ひらり』

彼女と出会ったのは雪の降る寒い日だった。
今年2度目の雪の日でハラハラと舞う白い塊を目で追っていた。
暖房の効いたカフェでコーヒー片手に本を読んでいた僕はそっと伸びをして、時計に目をやった。
15時28分。そろそろおやつの時間だ。
ここのカフェのケーキを食べたことはまだなく、ショーケースの前で悩んでいた。
チョコレートケーキにモンブラン、ミルフィーユも捨て難い。
どれも美味しそうでうーん、と唸っていていると
後ろから突然女性の声がした。
「もしお悩みでしたら、この桜のケーキがおすすめですよ。期間限定なんです」
そう話しかけてきた。それが、彼女だった。
一瞬誰に言っているのか分からなかったが目がぱっちりと合い、ニコッと微笑まれてしまったらもう
「それならこのケーキにします!」
と言うしかない。
それから彼女とは何度かカフェで偶然会うと話すようになった。

雪が溶け、桜が舞い散る頃になった。
期間限定のケーキが明日で終わりとなった今日、僕は彼女に告白しようと思っていた。
カフェで彼女を待って2時間が経つ。いつもなら15時半頃に来るはずが、16時になっても何時間経っても、彼女がカフェに現れることはなかった。
彼女の連絡先は知らず、会う手段はカフェしかなかった僕には為す術もなくそのまま家に帰った。

あれから毎日僕はカフェに通ったが、彼女が来ることはなかった。その1年後僕は別の街に引っ越すことになった。
カフェに行くことはもう無くなったが、この季節になると毎年思い出す。
本を読む手を止め、空を見上げる。
白い花弁がひらりと舞い落ち、そっと地面に触れるとじんわり溶けて消えてなくなった。


2025.03.03
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3/3/2025, 12:35:21 PM