光合成

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『誰かしら?』

ある日突然、貴方が私を忘れた。
なんの前ぶりもなく貴方が目を覚ましたら私のことを覚えていなかった。
「貴女は、どちら様でしょうか?」
そう問われた私は強いショックを受けた。悲しいやら驚きやらで感情がぐちゃぐちゃになった。

思い当たるきっかけは特になく、強いて言うのなら昨日のこと。桜を2人で見に行ったあとからなんだか変な違和感を彼に覚えたことくらいだった。
それも大したことはなく、ただ少し、いつもより疲れてそうだっただけである。

「私を、忘れてしまったの?」
そう問うと、貴方は申し訳なさそうに眉を下げて
「申し訳ない。どうにも思い出せなくて」
と言った。困った時に首に手を当てる癖はそのままのようだった。
それから彼に私たちが夫婦であったこと、出会ったきっかけ、昨日は何をしたかなどを説明した。
しかし、出会った場所も時間帯も、昨日桜を見に行ったことも彼は全て覚えていた。
私だけが、彼の記憶から消えてなくなっていた。
それから一年が経ち、また桜が咲いた。
それでも彼は私を思い出すことは無かった。

彼とあの日と同じ場所の桜を見に行くことにした。
そうすればなにか思い出せると思ったからだ。
一年前とは違う距離感で桜並木を歩く。
青空と桃色のコントラストが美しく、どこかに誘われてしまいそうな錯覚を覚える。
花びらが散るのがゆっくりに感じられた。

次にまぶたを開くとそこは見慣れた家の天井だった。
えっと、私どうしてここに?
彼に私を思い出させるために桜を見に行って、それで……彼って?
起き上がると見知らぬ男性が水の入ったコップを持って立っていた。
「目が、覚めたのか」
「貴方は、誰かしら?」


2025.03.02
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3/2/2025, 10:36:15 AM