お題:【あなたに届けたい】
小さな水槽の中で、グニャグニャと蛍光色の蛇が窮屈そうに暴れ回る。
可哀想だから出してあげようと思い、手を伸ばしてみるものの、水槽は思いのほか頑丈だった。
この蛇には酸素も必要ないのだろうか? 満杯に満たされた水槽には、頑丈な蓋もしてある。
どうやら私にこの蛇を助けてやることは出来ないらしい。残念だったな蛇野郎。
こちらを見ている蛇野郎に対して、指をクルクルと回してみせていると、蛇野郎はそっぽを向いた。
「は、わぁ……たっいく、つぅ……」
柔らかい床に頭をガーン。
波紋を立てるみたいに床が跳ね上がり、また定位置にまで沈み込む。
ただ、床に転がっていた動物達は波に跳ね上げられて、その勢いのまま部屋を飛び回っている。
ハエみたいだし、うっとおしい。
近くを飛んでいた動物の頭を掴んで宙吊りにしてみたけれど、動物の顔に反省の色は無かった。投げ捨てる。
「……う、わ。飛ばなくて、もいいのに」
投げ捨てられた動物に壁に叩きつけられると、その勢いを利用してまた部屋を飛び回り始めた。
「はぁ……ほん、とにハエみた……あっ?」
動物は部屋を飛び回ると、勢いはそのままに水槽へとぶつかった。
そのせいで、水槽や、その中に溜まった水が揺れ動いたり、と言ったことはない。
ただ、動物が水槽から離れると、水槽の中から蛇野郎の姿が無くなっていた。
一体、なんd──
照明の点灯した白色の一室。
大人一人が全身を任せても余裕がありそうな大きさの白いベッドには、一人の人間が眠っていた。
ベッドは泥棒でも警戒しているのか、鉄色の何かによって頑丈に固定されている。
鉄色の何かはその周囲にも沢山存在しており、その内の一つは、何も映していないパネルらしき物を固定するのに使われている。
──扉越しの部屋の外からは、二人の男女の物と思われる、騒々しい声が響き続けていた。
お題:【街へ】
硝子張りの壁の先。
赤色が美しく溶け込んだソレ。
例え、禁に類することだと知っていても、ソレを選ぶことに躊躇を覚えるはずがない。
慕うべき相手に、お叱りを受けたとしても。
誰かの葬儀は、奇しくもソレを魅せるには絶好の機会であった。
けれど、それは禁に当たる故のこと。
熱に宿る赤色は、ソレと似ても似つかなかった。
嗚呼、再びあの色と出逢うには、どうすればいいのだろうか。
ソレと出逢った場所は、最早、思考の内に留められていなかった。
悔いても過去は返ってこず、しかし、捨てれる想いならばそれほどに執着していない。
ある時、恋慕の想いは叶い、再びソレと逢い間見える。
一度目と同じく、硝子張りの壁を通して。
遂には、慕うべき相手も死の床についた。
けれど、だからと躊躇する必要はない。
死の床を踏みつけ、極彩色は舞った。
赤色の靴は、波紋を揺らして溶け込んだ。
お題:【優しさ】
『▒▒▒▒』
三葉虫のような姿をした羽虫はこちらを振り返った後、顔を歪めるように微笑む。
歩み寄り、脚を伸ばして、私の頭へと抑えるように触れる。
数秒の空白、羽虫の脚は右へ左へと揺れ動き、羽虫はそれで満足したのか、一言『▒▒▒▒▒』と鳴いて玄関から出ていった。
それを冷めた目で見送っていると、背後からもう一匹の羽虫が鳴く声が聞こえてくる。
そちらを振り向けば、羽虫がテーブルの上、更に詳しく言うなら私の座る席がある場所へと、出来たてなのであろう料理を運んでいた。
『▒▒▒▒▒▒▒▒』
羽虫の言うことは無視して、運ばれてきた料理の中身を見る。
その内の一つに私の苦手な野菜が入っていて、羽虫を責めるように見つめれば、何らかの意味が込められた鳴き声と共にたじろぐ。
……容姿は完全に化け物なのに、こんな風に振る舞われると少し申し訳なくなる。
化け物は化け物らしく、常にその心であって欲しいものだ。
じゃないと、理解するのも難しい。
お題:【ミッドナイト】
瞬間のブラックアウト。貫かれた空洞には慟哭が響き渡り、続く悲鳴は掻き消える。
なりふり構わずに振られたダイス。しかしフォルトーナはこちらに微笑んだ。
閃光が先走り、フラッシュライトが道を示す。
連続する発砲音。数多の跳弾は、過程で幾つもの閃光をくり抜く。
未だに悲鳴は鳴り止まない。
狂乱のアバンは終わらない。
続投、続けて投下。運命の輪は常に巡り、その度に女神は笑みを返す。
永遠にも思える逃避行。
けれど、アバンは前奏曲の域を出ない。
道半ばにして笑みが途切れ、慟哭。再びのブラックアウト。
それでも未来は紡がれる。
砕ける輝き、割れた悲鳴。
宙を舞うかの如く、女神の顔が反転した。
これにて序章は語られた。
続くは一章、狂騒曲。
騒げや唄えの大乱奏。
されどその音はカプリッチオ足らず。
轟け、ニトロの不完全燃焼。
晒された緋色は、誰の尾か。
お題:【安心と不安】
雪を降らすべき雲は枯れ、曇りひとつない青空には乾いた風が流れる。
空気を吸い込めば喉が乾き、鋭く冷たい感覚が体の内側を占拠していく。
酸素の循環、吐き捨てた二酸化炭素は、白い息となって宙を溶けた。
それは幻想的でも、非現実的でもない、普段の日常にありふれた、当たり前の光景。
見た目の良い防寒着で包んだ身体が震える。
大きなマフラーを両手で握りしめて、胸に押し付ける。
胸に伝わるほんのりとした暖かさと、握りしめられた両手が上げる悲鳴。
私は、この日常が好きだ。
本当に少しだけの、些細な幸福が、大好きだ。
普段から繰り返すような、自問自答。
汚れた水面に物を沈め、汚すかのような行為。
けど、この瞬間だけは違う。
日差しによって引き起こされる雪解けのように、心に溜め込んだ何かが、解けていくかのようだ。