うつくしい
人間なんて汚い生き物だ
そう思えば、自分だってどの道汚くて、適当に笑ったっていいと思えた
誰が汚いことをしたって、どうせそんなもんだって、笑っていられた
なのに、お前は違う
正しくあろうと瞳を濡らして、魂まで見抜くような澄んだ眼差しをしている
その姿は傷付いていて、だけどとても美しくて、目を逸らせない
初めて、こんなの笑えないと思った
穢れを知らない、美しい魂
それが俺の完璧だった笑みを歪ませる
この世界は
この世界は、正しいと正しくないに分かれている
この世界は、男と女に分かれている
正しい方を選んでおけば、それなりにいい人生が待ってる
そう思ってきたけど
なんとなく誰か女の子に好かれて、好きになって、多分子供は二人くらいって、そう思ってたけど
自覚しないようにしてきた初恋は、隣の家に住む幼馴染に向いている
それは黒髪がつやつやと光る、肌は白く、オクスフォードスタイルの眼鏡がよく似合う、2歳年上の男だ
数年目のそんな沈んだ初恋は僕を根暗に仕立てるには十分で
なのに彼は笑う
「こんな世界で健康で楽しく生きる、人生なんてそれだけで十分だ」って
本当にそれだけで許される?そんな気持ちは晴れないけれど
この眩しい笑顔が僕の俯いた世界に差す光になっているのは間違いないみたいで、それが正しくないなんて絶対に言われたくない、そう思ったりする
変わらないものはない
美しい果実も、ただそこにあるだけでいずれは茶色く酸化して変わってしまう。
僕たちもただ過ごすだけでいずれは身体が衰えていく。
「…なんで人間って誰かと生きようとするんだろ。」
「…くくりがでかいな…まあ、孤独は毒だし。それから…たぶん、他人からしか見えない自分がいるからじゃない?」
「晶は根っから理系の割にはエモい物言いをするよね。」
「ええ〜…恋人の真剣な意見に対してその返答…?」
「ふふふふ。」
僕は笑った。晶の横顔は12歳の頃の面影を少しだけ残して、より聡明そうになった。
これからもその変化を見詰めていたい。僕にはただ、それだけだ。
プレゼント
「お〜メリクリ!がんばれよ受験生!」
二歳年上の晶はさも懐かしいとでも言いたげににかっと笑って僕と友人にキットカットの大袋を渡した。
今年のプレゼントはキットカットか、と11月の連休ぶりに会う彼の顔を見て笑う。
数年目の淡い片思いは穏やかだ。わざわざキットカットを、僕の友人の分まで用意してくれたことが嬉しかった。
「怜、このまま帰んの?どうせ隣だし俺ももう帰るんだけど。」
「あ〜じゃあ怜また月曜、メリクリ〜。」
「あ、うん、気をつけて、はぴホリデー。」
僕の片思いを知る友人はキットカットを抱えてさっさと手を振り去って行った。
「…おかえり大学生。」
「ただいま高校生〜、勉強どうよ。」
「とにかく応用問題がふあん…。」
「あ〜ね、分かるわ。…あ、はい、これ。大学生サンタから。」
二人、駅から家を目指して歩く。ぽつぽつと話していると晶が徐に肩にかけた鞄からフライトキャップを取り出して僕の頭に被せた。
「うわ、すごい、もふもふ…あったか。…え、くれんの?」
「うん、カーキのコーデュロイに犬みたいなもふもふ見たらお前の赤毛に似合いそうだなって思って。似合う似合う。」
立ち止まると晶は僕を振り返り、雑に被されてはみ出た前髪を分けるように撫でた。真冬の空の下、鼻先まで熱が巡る。
…ずるい。穏やかに済ませたい片思いなのに。
「…ありがとう晶。」
「どいたしまして、受験生の大事な脳みそあったかくして。」
並んで歩くだけで僕にとってはプレゼントなのに、腕にはキットカット、頭にはもこもこのフライトキャップだ。
なんだか堪らなく幸せで、僕は込み上げる笑みを隠すのを諦めた。
「…ふふふふ…。」
「おお、喜んでる喜んでる。」
「ぼく何も用意してない。」
「じゃあ合格で返して。」
「プレッシャーえぐ…。」
「あはは。」
鐘の音
教会の鐘が鳴らされ、雪景色に厳かに響き渡る。
ああ、今日はクリスマスか。
起きていくとリビングではクリスマスツリーが金色のライトを点滅させていた。
「あぁ、アレク。学校の後のキャンドルナイトには参加するね?」
「…うん、」
母は小綺麗な格好でピアスを着けながら、僕に選択肢を与えないような言い方をした。僕も口も開かずに返事をしてやったが、母はクリスマスソングを口ずさむ程度には何も気にしていないようだった。
大人しく制服に着替えて朝食を食べる。
付き合い始めた恋人は帰省中で隣の家に居るが、どうせまだ寝ている。すぐに返事が返ってくるわけではない今が良いと、チャットを開いて片手で入力する。
『今日17時から教会でキャンドルナイトだけど一緒に行く?』
2歳年上の晶は隣の家の幼馴染だ。今は彼は大学で寮暮らしだけど、今も親同士も仲が良い。
僕の片思いかと思われた恋は数年の時を経て通じ合っていたことが分かった、のがつい最近な訳、だけれど。
どちらの両親も、尊敬出来る、良い人間たちだと思う。
晶と僕の仲がずっと良いことも喜んでいる。
でも、実は付き合っていますとなったら、どうだろう。
思いがけず、スマホが通知を受けて震えた。
どきりとしながらも新着メッセージを開く。
『おはよ〜行く行く!家族に会えるの久々だから楽しみだわ』
僕が気にしていることなど一ミリも気にしていなさそうなメッセージについ笑い声が出た。
「まあ…なんとかなるか。」
そう思えるのは僕だけの問題ではないからだろう。
きっと良い夜になる。そんな予感を抱えて僕はシリアルの牛乳を飲み干した。