真岡 入雲

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9/1/2024, 7:34:35 AM

【お題:不完全な僕 20240831】







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(´-ι_-`) 溜まっていく⋯⋯。

8/31/2024, 4:50:09 AM

【お題:香水 20240830】【20240903up】

当時付き合っていた彼女の二十歳の誕生日プレゼント。
8歳も年下の女性に何を贈るのが良いかと悩んでいた俺に、同僚が教えてくれた店。
会社から駅に向かう通りの1本裏、小さな飲食店やオフィスが並んだ一角に、周りとは異なる雰囲気の建物がポツンと建っていた。
ポツンとという表現が正しいのかどうか、と言う所だが、少なくとも俺にはそう見えた。
周囲が無機質なコンクリートで作られた建物だらけの中、その店は木造だった。
ビルの1棟1棟が隙間なく建てられている都心の一等地で、ヨーロッパ調のオシャレなフェンスで囲まれた敷地には広い庭が設けられ、背の高い木々が生い茂り、色とりどりの季節の花が咲き乱れていた。
まるでそこだけ、違う世界であるかのようなそんな雰囲気。
開け放たれた敷地の入口には、小さく『魔女の隠れ家』と書かれた木の看板が下げられて、敷地の入口から建物まではおおよそ10mほどあり、足元は石畳が敷かれ歩きやすくなっている。
石畳でないところは、植物達の楽園と言っても良いほど様々な植物が植えられていた。
あまり見た事のない花もあり、少し興味を惹かれたが、目的のものを入手することを優先した。

建物に近づくと窓越しに店の中が見えてくる。
キラキラとした小さな瓶が並べられた棚と、それとは対照的に装飾など一切ない茶色の便が並んだ棚が見える、カウンターのような机と、その中で瓶を磨いている人物が一人。

「いらっしゃいませ」

日が落ち始めた店内には、柔らかい暖色系のあかりが灯されている。
少し鈍いドアベルの音が響く店内に足を踏み入れると、何とも言えない感覚に陥った。

「あの⋯⋯プレゼントを考えているんですが」
「かしこまりました。当店のご利用は初めてでございますね?」
「はい」
「では、ご説明いたしますので、どうぞこちらへ」

年の頃は自分と同じか、少し年上くらいだろうか。
白いシャツに黒のスラックスという出で立ちの男は 、カウンターの1席に座るよう勧めてきた。
俺は言われるがまま、椅子に腰を下ろし周囲を観察する。
壁一面に色とりどりの小さな瓶が並べられている。
同じものが1つとしてないのは一点物なのか、単純に在庫は並べていないだけなのか。

「では、ご説明いたします」
「はい、よろしくお願いします」

同僚に簡単に説明はされたが、ここは店の人からきちんと聞くのが筋だろう。

「当店『魔女の隠れ家』では、『香り』と『封じ物』の販売をしております。『香り』はお客様のご要望などから調香したものを、『封じ物』はあちらからお客様がお選びになられたものを販売いたします。尚、当店で購入した『封じ物』をお持ちいただければ、『香り』のみの販売も可能となっております。また、ご購入いただいた『封じ物』が不要となられた場合には、購入時の8割程の金額で『封じ物』の買取もしております」
「『香り』と『封じ物』⋯⋯」

つまりは、香水と香水瓶って事か。

「ここまでで何かご質問はございますでしょうか?」
「あ、いいえ、大丈夫です」
「はい。では、価格のご説明をいたします。『香り』に関しましては、基本はこのくらいになります。ただし、調合に使ったもの、それから量によって前後いたしますのでご了承ください」
「わかりました」

意外と安いと思ってしまった。
大量生産されている香水とは違い、フルオーダーなのだからもっとすると思ったのだが。

「次に『封じ物』ですが、右手側の棚に並んでいるものは全てアンティークものです。こちらに関してはお値段は色々、とだけ言っておきます。反対側は現代のものになります。こちらは比較的お求めやすい価格帯となっております」
「説明ありがとうございます。それで、どうすればいいんでしょうか?先に『封じ物』を決めた方が?」
「はい、その方がスムーズかと」
「わかりました」

俺はまずアンティークの棚に向かった。
様々な色や大きさ、デザインに目移りしてしまう。

「プレゼントをされるお相手は女性でしょうか?」
「あ、はい。二十歳の誕生日プレゼントにと思いまして」
「妹さんでしょうか?」
「あー、いや、彼女です」
「えっ、マジで!羨まっ⋯⋯」
「ん?」
「あっ、ヤバ、っと、えーと、もっ、申し訳ありません、つい⋯」

先程までの営業の仮面はどこへやったのか、慌てふためき冷や汗までかいている。
どんな相手だとしても客は客だから、それなりの言葉遣いをしなければならないのだろうが⋯⋯。

「あー、そのままがいいな、とか言ったら困ります?俺も出来れば、気楽に話したいなぁと思って」
「あ、いや、全然大丈夫だけど」
「じゃ、そう言うことで。色々聞いても?」
「どうぞ」
「助かる。20歳ぐらいの子にオススメなのはどれ?」
「アンティークなら、この辺のがいいかな。ただ、扱いが難しいのもあるし、価格もそれなりにするけど」
「どれくらい?」
「これだと⋯」

結局、現代物の『封じ物』にした。
薔薇の花をあしらった瓶で容量は少し多め、同じデザインのネックレス型とセットという所に惹かれた。
『香り』は彼女の好みとイメージで少し甘めの花の香りを調香してもらった。
彼が調香したものを俺が確認して、イメージ通りの香りに調整していく。
その工程は、何か魔法の薬でも作っているかのようで、この年にして随分とワクワクさせられた。

「じゃぁココは黒瀬さんのおばあさんが始めたのか」
「そう。ご先祖さまが集めた香水瓶をただ置いておくのは勿体無いって言ってさ。でもまぁ、アンティークものはなかなか売れないね、高いから。時々コレクターの人が来て買っていくけど」
「へぇ。調香の技術はどこで?学校とか?」
「俺はばあちゃんから教わったよ」
「へぇ」

調香も終わって、プレゼントをラッピングしてもらい、今はおしゃべりの時間だ。
外はすっかり暗くなり、店もそろそろ閉店という時間だろう。
俺はカウンターで黒瀬さんが淹れてくれた紅茶を飲みながら、この不思議な時間を過ごしている。

「俺が23の時に店継いで、ばあちゃんは今どっかでのんびりしてる」
「じゃぁ店を継いで5年か」
「そ。俺、小さい頃からこの店が好きで入り浸っていて、ばあちゃんから色々教わってたけど、継ぐってなったらやっぱり色々足りなくて」
「うん」
「学校っていう方法もあったんだろうけど、それってばあちゃんから教わったことが上書きされるみたいな気がしてさ。で、高校卒業してからばあちゃんにみっちり扱いてもらって、5年で何とか一人前になれたって感じかな」
「凄いな、5年もか」
「いやぁ、まぁ、だいぶ頑張ったよ、俺。ばあちゃんと同じくらいになるまではって思ってたんだけど、今でもばあちゃんには追いつける気がしないんだよな」

黒瀬さんはすごいと思う。
目標を立て、それをクリアするための道を一歩一歩、確実に歩いて来たからこそ、今の黒瀬さんがあるんだ。

「はぁ、凄いな。職人って感じがする」
「照れるなぁ。ところで、近藤さんはどこで彼女さんと知り合ったの?」
「えっ?」
「近藤さん、俺と同じくらいの歳だよね?28とかじゃない?」
「あ、うん。そうだけど」
「ほら、俺達タメだ。この年で二十歳の子とお付き合いとか、普通に生活してたらまず無理じゃん。だから、ね、教えてください!」
「あ〜⋯⋯」

結局その日は夜遅くまで話し込み、店というか、店の2階の黒瀬さんの家に泊まった。
出会って数時間の人の家に泊まるとか正気かと思うけど、時間とか関係なく、黒瀬さんとはあっという間に打ち解けた。
そして特に用事がなくても、会社帰りに『魔女の隠れ家』に寄るようになり、終末には店を閉めたあと飲みに行くようになった。



「はぁ?別れたってマジで?」
「嘘言ってどうなる」
「いや、そうだけど」

俺が初めて『魔女の隠れ家』を訪れて3ヶ月が経とうとしていた。
黒瀬さん⋯いや、黒瀬との週末の飲み会は恒例となり、今日は黒瀬の家での宅飲みだ。
で、とりあえず腹を満たし、一息ついたところで俺は黒瀬に彼女と別れたことを切り出した。
まぁ、ここ1ヶ月半ほど、金曜の夜から土曜の昼、長い時は日曜の昼まで一緒にいたのだから気がついても良い様な気はするが、気が付かないのが黒瀬クオリティってやつだ。

「理由聞いても良いか?」
「あー、うん。プレゼントがダメだったらしいぞ」
「え、プレゼントって、うちの香水?」
「黒瀬の店の香水がじゃなくて『香水』がダメだったらしい」

今飲んでいるのは梅酒のロック。
梅の香りが強くそれでいてサラリとした喉越しの美味しい梅酒だ。
会社の同僚に勧められ、半年前にポチッたのが、今週の火曜日にようやく届いたのだ。
これは絶対に飲むべきだと思って、今日出社時に鞄に入れてきた。
まぁ、通勤時は重かったが、それもまた、楽しみの一つってやつだ。

「らしいって言うのは何でだ?」
「直接本人から言われたわけじゃないから、だな」
「詳しく聞いても大丈夫か?」
「あぁ、問題ない。っても何から話せばいいのか⋯⋯」

早い話が、俺も彼女も無理をしていたって事なんだろうな。
知り合ったきっかけは暇つぶしに始めたゲームで、お互いに年齢なんか知らなくて、まぁ、何となく話しやすいかな程度のものだった。
そのうちゲーム内だけじゃなくプライベートでも連絡を取り合うようになって、向こうから告白され、お試しで、という事で付き合い始めた。
俺としては年齢も離れていることもあって、色々と勉強したりして頑張ってはいたんだけど、なかなか難しいというのが感想だな。
自分はそんなに歳をとった気はないのに、行動も趣味も知識も知恵もきちんと時間を過ごし蓄積されたものがあって、そしてそれを持たない彼女のことを、新鮮にも、懐かしくも、子供にも思ってしまう事が多かった。
けれど、お試しとはいえ付き合っているのだから、相手に対してそういう気持ちを抱けるよう努力は必要だと思ってはいたけれど、中々どうして難しい。
手を繋いだり、腕を組んだりするのは問題ないが、その先はキスまでで、どうしてもそれ以上する気にはなれなかった。
彼女がそういう事を望んでいるのはわかっていたし、傍から見れば彼女はとても魅力的な女性でもあった。
けれど、それまで同年代の女性としか付き合ったことのなかった俺にとって、彼女に魅力を感じる事が出来ず、どちらかと言えば年の離れた妹や親戚の子供のような感覚でしか無かった。
そして、彼女の二十歳の誕生日、俺は正直な気持ちを彼女に伝えようと決心した。
少しだけ高級な店を予約して、彼女の生まれた年のワインと『魔女の隠れ家』で買った香水をプレゼントした。
その場でプレゼントを開けた彼女は、一瞬だけ顔を曇らせたように思った。
そして、食後に話をしようと思ったのだが、直ぐに帰らなければならなくなったと、挨拶もそこそこに彼女はタクシーに乗り込んだ。
彼女の乗ったタクシーを見送り、俺は一先ずメッセージを送った。
近いうちにまた会いたい、と。
だが、そのメッセージが既読になる事はなく、その日から彼女との連絡が取れなくなった。
無理に連絡を取ろうと躍起になるほどの情熱もなく、何となく日々を過ごし、『魔女の隠れ家』に行く頻度が多くなった頃、唯一彼女との共通の知り合いから教えられた事実に俺は驚いた。
どうやら彼女は俺以外にも複数の男性とお付き合いしていたらしい。
そして、その男性陣全員から、二十歳の誕生日プレゼントを貰ったらしいのだが、他の男性陣はアクセサリーやブランド物の鞄等だったのに、俺は香水でしかもブランド物ですらないって事で連絡を絶ったと言うことらしい。
因みに他のプレゼントをくれた男性陣とはまだ付き合って貢がせているとか何とか。

「お、女って怖ぇ」
「本当にな」
「よし、近藤!今日は飲め!」
「いやこれ、俺が持ってきた酒だけど?」
「細かいことは気にするな!さぁ、グイッといこう!」

黒瀬のこういうところは嫌いじゃない。
まぁ、傷ついていないかと言われれば、そうでもないんだろうけど、黒瀬といるとそんな小さいことはどうでもよくなってしまう。
むしろ彼女には感謝してもいいかもしれない。
大人になって、仕事と関係なく、こうして気心知れた友人に出会うきっかけをくれたのだから。


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(´-ι_-`) 大人になってからの友人ってイイヨネ

8/30/2024, 6:29:58 AM

【お題:言葉はいらない、ただ⋯ 20240829】

街を見下ろす丘の上
静かに佇む楡木の下で
キミは街の向こうに消えてゆく
真っ赤な夕陽を瞳に映す

金糸のような髪をなびかせ
あの日キミは微笑んだ
必ず戻って来るからと
君に贈った約束の指輪

命を救うための戦いで
多くの命を奪い取る
疲弊する身体と精神で
自分の存在意義を求め続けた

『勇者』という名の戦の道具に
自分を選んだ女神を憎み
『平和』という大義名分の元で
大量殺戮を強制する権力者達に嫌気がさした

腕が取れても
脚が潰れても
自分で自分の腸を目にしても
魔法で身体は元に戻る

休むことなく剣を振るい
数え切れない命を狩り取り
人の心を失ってでも
ボクは絶対生き残る

キミの元に帰るために
キミとの約束を守るために

会いたい、キミに
今すぐ会いたい

賛辞の言葉貰い
称える言葉を投げられ
褒めの言葉を渡される

もう言葉はいらない
ただ⋯⋯会いたい
ボクはただ、キミに、会いたい


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(´-ι_-`) 戦いを強制される一般人な勇者をイメージして。
(´-ι_-`)他に2つ話を書いたけど、イマイチだった( ´・ω・` )



8/29/2024, 3:14:41 AM

【お題:突然の君の訪問。 20240828】

「ゴメン。今日は駄目なんだ」

俺のその言葉に、君は一言も発することなく俯いた。
チラリと玄関の三和土にある女性物の靴を一瞥し、くるりと踵を返して静かに去っていく。
その後ろ姿が寂しそうで、走って行って抱きしめたくなる。
あぁ、なんてタイミングが悪いのだろうか。
もう少しで一緒に暮らせるかもしれないと思っていたのに。

「何?誰か来たの?」
「あー、いや。ちょっと音がしたから気になって。何でもなかったよ」
「ふーん。で、ビールは?」
「あ、忘れてた」
「何しに行ったのよ。早く持ってきて!」
「はいはい」

リビングのソファでふんぞり返ってテレビを見ているコイツは腐れ縁の幼馴染。
家が隣で母親達が親友とくれば、それはもう兄弟のように育てられるってもんで、両親が2人ずついるような感じだ。
昔はコイツと俺が結婚してくれたらいいなとか母さんは言っていたが、兄弟のように育ってしまった手前、こいつに対してそういう感情はこれっぽっちも湧かない。
例え全裸で迫られたとしても、俺の息子はピクリとも反応しないと自信を持って言えるほどだ。
結局俺は大学進学を機に実家を離れ、一人暮らしを始めた。
まぁ利便性を重視した結果、築50年の古いアパートで大学卒業後もそのまま暮らしてる。
母親にはもう少しいい所に引っ越せと言われてはいるが、場所の利便性は譲れない。
そうなると、賃料が今の倍近くになるためどうにも二の足を踏んでしまい、結果いまだ住み続けているという状況だ。
いい物件がないか常に探してはいるんだけど、なかなかどうして見つからないものだ。
で、コイツ。
コイツは大学も地元の大学に進み、地元で就職し、今でも実家に住んでいる。
今俺の家にいるのは、明日ナントカっていうアーティストのライブがあるとかで、俺が会社から帰るとリビングで1人酒盛りをしていた。
家の合鍵は一応何かあった時のために母さんに渡していたが、コイツはそれを使って入ったらしい。

「ほい、ビール」
「サンキュ」

ソファの上で胡座を組んで、渡されたビールを早速開け、ぐびぐびと飲む姿はまるで中年の親父そのもの。
色気の『い』の字すら見当たらない。

「なぁ、いつも言ってるけどホテルとかに泊まった方がいいんじゃないか?」
「何で?お金かかるじゃん。それにアンタんとこ便利なんだよね。駅近いし大抵の会場に行くのに乗り継ぎなしで行けるし。最高じゃん」
「そうですか。ならせめて事前に連絡してくれ。こっちにも都合が⋯」
「え、別にアンタが居てもいなくても構わないし、私」
「俺が構う」
「えっ、こんなボロ屋に彼女連れ込むの?やめた方がいいよ、絶対。隣に声筒抜けじゃん」
「⋯⋯⋯⋯はぁ、もう良い。俺明日も仕事なんだ。風呂入って寝るから」
「はーい」

こんなヤツ相手に、どこの誰が欲情できるんだろうか。
もしそんな奇特な人がいるなら見てみたいものだ。
⋯⋯うん、考えるのはやめよう。
明日に備えて早く寝ておかないと、大事なプレゼンでミスしてしまいそうだ。
脱いだ服は洗濯機に入れておく。
風呂から出たら、タオルも入れて回せば、明日の朝には乾燥まで終わってる。
夜に使うことが多いから、できるだけ動作音が静かなものを選んだ。
価格は結構したけど、買って大満足な家電の一つだ。

「ねぇ。なんか酒の肴になるものない?」
「⋯⋯冷蔵庫の隣の棚、下から3番目に缶詰がある」
「わかったー。⋯⋯ふぅん、結構いい体してるね。それに大きい」
「⋯⋯⋯⋯はっ?」
「ナニよ、ナニ!」
「なっ、とっとと閉めろ!」
「へーい」

風呂場のドアを確認もなく開けて、人のナニを⋯⋯、本当にアイツと結婚なんて死んでも無理だ!
結局夜中までアイツはテレビを見て笑ったり、テレビ相手に話しかけたりしていて煩く、俺はあまり眠れずに朝を迎えることになった。
そして、朝のリビングの惨状に愕然とする。
転がるビールの缶、開けて少ししか箸の付いていない缶詰が5個、脱いで床に投げ捨てられた服、ソファに大の字になって寝ている下着姿のアラサー女子。
ケツをかくな、ケツを!

「はぁぁぁ」

口から出るのは大きなため息だけ。
朝食の準備をしながら、半裸のアラサー女子に肌がけ布団を掛け、脱ぎ散らかされた服を拾い集め畳み、空き缶を拾い、食べかけの缶詰を流しに運ぶ。

「勿体ないなぁ」

いざと言う時の非常食として買っておいたものだったのに、見事に全種類開けられてしまった。
まぁ、各3缶ずつ買っておいたのだが、また買い足しておかないと。
あぁそうだ、ビールも買ってこないといけないな。
買い置き分は昨日全部飲まれてしまったから。

「はぁぁぁ」

コイツが来ると大体いつもこんな感じだ。
だから事前準備をしたいから、連絡してくれと言っているのに、毎度毎度突然やってくる。
母さんに鍵を返してもらおうか⋯⋯、いや、無駄だろうな。
鍵がなくても来るだろうし、そうなれば今の比じゃないくらいご近所さんに迷惑がかかりそうだ。
気持ちよさそうに鼾をかいて寝ているアラサーに一応書き置きをして家を出る。
朝の清々しい空気の中、今日のプレゼン上手く行きますようにと、空で輝くお天道様に祈りを捧げた。
でも、この時俺は間違っていた。
祈るべきはプレゼンではなく、部屋の無事を祈るべきだった。


「⋯⋯⋯⋯嘘だろ」

たった半日、部屋を留守にしただけで、何故こんなにも汚れているのか。
テーブルの上には飲みかけのジュースが入ったペットボトル。
もちろん蓋はされていない。
それとビールの空き缶に、食べ終わったコンビニの弁当、アイスのカップ、そして化粧品の山が所狭しと並んでいる。
テレビも電気も点けっぱなし、エアコンは22度設定で点けっぱなし。
ソファの上には脱いだ服と下着がそのまま放置され、湿ったバスタオルとフェイスタオルもソファの上に放り投げられている。
挙句の果てには風呂場からリビングまで、床が濡れている。

「勘弁してくれよ⋯⋯」

今日のプレゼンはいい出来だった。
上司にも褒められたし、顧客の反応も良かった。
ちょっとばかり良い気分だったから、奮発して牛ステーキ肉を買ってきた。
家に帰ったら、サッと焼いてアイツが帰ってくる前に食べてしまおうと思っていた。
嘆いていても始まらない。
取り敢えず床掃除をして、リビングも片付けて、服と下着は洗濯機に突っ込んで回す。
その間に、買ってきた肉を常温に戻し、付け合せの野菜を準備、ご飯も炊いておく。
スープも欲しいところだが時間を考え、インスタントにすることに決めた。
そして、肉を焼いてホイルに包んでしばし待っていた所に、突然の君の訪問。
俺は慌てて、玄関のドアを開けた。
君はいつものように俺を見上げると、じっと目を見てくる。
俺は壁際に寄って、中に入るよう君を促す。

「ちょっと待ってて、今準備するから」

君のために買った食器を戸棚から出し、同じく戸棚から缶詰を取り出す。
今日は少しお高いやつにしよう。
昨日、あげられなかったから。

「はい、どうぞ」

三和土で大人しく待っていた君は、目の前に出された器を見て一声鳴くと、無心に食べ始める。

「昨日はゴメンな。アイツ猫アレルギーでさ、すぐ目がぐじゅぐじゅになってくしゃみが出るんだ」

だから昨日は、こうやって餌をあげられなかった。

「美味いか?」
「うにゃっ」
「⋯⋯なぁ、俺と一緒に暮らさないか?ここペットOKなんだ」

それに、君がいればアイツはここに来れない。

「勿論、次の物件もペットOKの所を探してるから。どうかな?」
「にゃーん」

ご飯を食べて満足した君は、前足で顔の掃除を始めた。
俺が手を伸ばすと、擦り寄って甘えてくる。
ここ半年で警戒心はほぼ無くなって、こんな風に甘えてくれるようになった。
だからこそ、余計に一緒に暮らしたい、そう考えるようになった。

「な、一緒に暮らそうな」
「ぅなーん」

君にとっては今よりも窮屈な生活になるかもしれないけれど、安心して眠れる場所と、毎日の食事を約束しよう。
1年前の雨の酷かった日の夜、部屋の玄関の前で蹲っていた白猫。
ずぶ濡れで寒かったのだろう、ガタガタと震えていて放ってはおけなかった。
タオルで拭いて暖めてやり、ネットで調べてご飯を作って与えた。
数日一緒に暮らして、元気を取り戻した君は、朝、俺が出勤のためドアを開けたら隙間からスルリと外に出ていってしまった。
しばらくして夜にドアを引っ掻く音がして、そっとドアを開けると君がいた。
それから君は、家に来るようになった。
けれど、君はいつも三和土から先には進まない。
だから俺は、君が三和土から先に入るのは、俺と一緒に暮らす事を受け入れてくれた時なんだと思うようになった。

「ん?行くのか?」
「にゃーん」
「そっか。気を付けてな」

玄関のドアを開けて、君を送りだす。
この辺りは交通の便が良いだけあって、車の数も人の通りも多いし、人間の中にはアイツみたいに傍若無人な奴もいる。
決して安全とは言えない環境だから、俺は心配なんだけど。
暗い街に溶けこんでいく君の後ろ姿を見送って、俺は料理を再開する。
若干時間を置きすぎたが、肉は良い感じに馴染んで食欲を誘ういい香りが部屋に充満している。
付け合せの野菜を焼いて肉を乗せた皿に添え、炊きたての米をよそって、インスタントのスープにお湯を注ぐ。
リビングのテーブルに並べ、ワインのボトルを手に取る。
やはり肉には赤ワインだろう。
先々週の同僚の結婚式の引出物として渡されたワインは、新郎新婦の写真がラベルとして貼られたもので、中身はそこそこ良い物だった。

「いただき⋯⋯⋯⋯誰だ?」

絶妙なタイミングでかかってきた電話。
スマホの画面を見るとそこには会社の後輩の名前が表示されている。

「もしもし?」
「あ、先輩、こんな時間にスミマセン」
「いや、構わないが、どうした?」
「実は⋯⋯」

どうやら客先からの問い合わせで、明日の朝イチまでに回答資料が必要との事で残業していたらしい。
だが、分からない部分があってどうしようもなくなり、電話してきたと言う事だ。

「あー、言葉での説明は難しいな。じゃぁ今からリモート繋げるから少し待て」
「あ、ありがとうございます!」

俺は寝室に入ってパソコンを立ち上げる。
例の感染症のおかげで、家からリモートできるようになった利点がこういう時だな、とか考えつつ、俺はヘッドセットを着けパソコンの前に座る。
それから何だかんだで30分ほどかかって、後輩の資料はどうにか完成の目処が着いた。

「ふぅ、終わった。さて、やっと肉が食べれるぞ!」

ヘッドセットを外し、パソコンをシャットダウンしてリビングに足を踏み入れる直前、はたと気づく。
聞こえてくるテレビの音と、昨夜嫌という程聞いた笑い声。

「ま、さか⋯⋯」

案の定、テーブルの上に並べていたステーキもスープもご飯も既に無く、アイツの手にはワインがなみなみと注がれたグラスが握られている。
そして足元には、空になったワインボトルが転がっている。

「あ、肉美味かった。もっとない?」
「⋯⋯⋯⋯ない」

一気に脱力して何もする気が無くなった。

「お前、明日帰るんだよな?」
「さぁね、どうしようかなぁ」
「頼む、帰ってくれ」
「何それ。まぁいいや。ね、ビールない?なかったらワインでもいいよ?」
「ワインはない。ビールは冷えてないかもしれないが冷蔵庫にある。自分で取れ。俺は風呂入って寝る」
「ほいほーい」

あぁ、早く君と一緒に暮らしたい。
そうすれば君は安全な寝床と食事を手にして、俺は君という癒しを手にして、この傍若無人な人間を俺のテリトリーから弾き出すことができる、一石三鳥だ。

あぁ、神様、どうか哀れな俺を救って下さい。


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(´-ι_-`) 自由な人が羨ましく思う時がアリマス。



8/28/2024, 4:42:36 AM

【お題:雨に佇む 20240827】

最後にその人を見た光景を、私は今でも鮮明に思い出せる。
真っ赤な傘をさし、ブランド物の大きなボストンバッグを手に振り返ることなく歩いて行く後ろ姿。
玄関先で冷たい雨に佇む父の背中が小さく震えていた。


「私は真実の愛を見つけたの!」

言い切るのと同時に、美香子は料理の乗ったテーブルを両掌で叩いた。
食器がカチャンと音を立て、先程まで置かれていた位置から僅かにズレている。

「美香子、一体何個目の真実の愛よ!それに、そんな事はどうでもいいわ!問題は相手に家庭があることよ!あんたにだって武田くんがいるじゃない。それとも何?武田くんとは別れたの?」
「別れてないわよ。今別れたら私住むとこないもん。それに彼は奥さんと別れてくれるって言ってくれたもん!」
「美香子、いい加減に目を覚ましなさいよ。あんたのそれは浮気よ?不倫なのよ?」
「浮気じゃない、本気だもん。彼が私の運命の人なんだから!」
「⋯⋯⋯⋯」

グラスのジュースを一口飲んで、私はピザに手を伸ばす。
少し前に店員が運んできたピザは、まだだいぶ温かい。
この辺りでは珍しい、窯焼きのピザでこのビルの隣のビルの地下に入っている店の自慢の逸品だ。
頬張ると、チーズと小麦の良い香りが口の中に広がり、トマトの酸味がいいアクセントになっている。

「真実の愛でも運命の人でもどっちでもいいわよ。でもね、本当に本気なら、武田くんと別れて、相手の人が離婚した後で付き合いなさいよ」
「だから、浩二と別れたら、私あの部屋出て行かないと駄目じゃない。そんなの困るもん」
「困るもんって、美香子、あんた⋯⋯」
「だってちゃんと家賃払ってるよ、私」
「ならそのお金でどこかに部屋を借りればいいじゃない。小さく不便な部屋にはなるだろうけど」

外資系に勤めてる武田くんは駅近の広めの物件に住んでいるから、そこを出るとなればそれなりの覚悟は必要だね。
ピザを食べ終わった私は小皿を手に取り、テーブル中央に置かれたパスタを取り分ける。
『小エビの桜パスタ』という名の、エビと明太子のパスタだけど、これがどうして最高に美味しい。
エビはぷりっぷりで、明太子の出汁の効いた塩味とピリ辛感がマッチして堪らない。
また、細く切られた大葉が乗っているところもポイントが高い。
大抵のお店ではこの場合、刻み海苔が乗ってくるのだけれどアレは歯に着いたりするのでどうしても倦厭しがちになってしまう。
それが大葉になるだけで、これほどまでに安心して食べられる、なんて気が利いているのだろうか。

「お金じゃないもん」
「え?」
「お金で払ってないよ、家賃」
「えっ?じゃぁ、家事⋯⋯なわけないか。美香子、掃除も洗濯も料理も何一つできないもんね」
「うっ、そ、その通りだけど」
「じゃぁ何で払ってるの?」
「え、そんなのセッんぶっ」

私がフォークにぐるぐるに巻き付けたパスタを頬ばろうとした瞬間、フォークは文乃によって美香子の口に突っ込まれていた。
口に入れられたパスタをゆっくりもぐもぐと咀嚼し、ゴクンと飲み込む美香子に対し頭を抱える文乃。

「美香子、それは家賃を払ってるとは言わないわよ」
「そうなの?」
「そうなのよ⋯⋯はぁぁぁ」

盛大にため息を吐き出して文乃はソファに倒れ込んだ。
美香子と文乃とは大学で知り合った。
と言っても、同じ大学なのは文乃の方で、美香子は文乃の父方の従姉妹で文乃経由で親しくなった。
私と文乃がびっくりするくらい、一般常識が欠けている美香子は、身長152cmの小柄な27歳だ。
顔は所謂童顔と言う奴で、とても27歳には見えない。
フランス人形のようにぱっちりとした目鼻立ちをしていて、カワイイお姫様系。
本人もそれは自覚していて、服装なんかもふりふりふわふわしたものが多い。
ただしお胸は何が詰まってるの?と思うくらいの大きさがある。
そして世の中の男性陣の中には、そんな女性が大好きな人が多いのも事実。
でもそれは、性的欲求を満たすためだけという場合も多く、生涯の伴侶としてのそれとは別。
無論、その女性の内面も含めて『好き』というのであれば何ら問題はないけれど。

「美香子、浮気や不倫ってお金がかかるんだよ」
「え?詩織、どういう事?」
「まず大抵の場合、慰謝料が発生するの。相場は200万から300万。離婚して子供がいればどちらが養育をするかにはなるけど、養育費を払わないといけないわね。その場合子供の人数や年収にもよるけれど、子供一人で平均月に5万くらい」
「さ、3人だと?」
「平均で月9万弱かな。まぁ10万みといた方がいいかも。それから相手の奥さんは不貞の相手、この場合は美香子に慰謝料を請求できる。で、これも大体、200万から300万」
「えっと、旦那か不倫相手かのどちらかに請求できるの?」
「違うよ。両方に請求できるの。例えば旦那が5人と不倫していたとしたら、奥さんは、旦那さんと不倫相手5人の合計6人に慰謝料請求できるって事」
「え、それって奥さんズルくない?」
「ズルくない。結婚⋯⋯婚姻関係が国によって認められているっていうのは、それだけの権利を持つの」
「⋯⋯⋯⋯」
「だから文乃の言う通り、本当に本気なら相手は離婚、美香子は武田くんと別れてから付き合うべきよ。まぁ、もう既に不貞行為をしてるなら、相手の奥さんからは慰謝料請求されるとは思うけど」

でもまぁ、武田くんはどんな事があっても美香子を手放さないだろうけど。

「美香子、きちんと考えなよ。私達もう学生じゃないんだから」
「文乃の言う通りだよ。真実の愛とか運命の人とか言うけど、そういうのって、出会ってすぐにわかるものじゃなく、長い時間を一緒に過ごしてからわかるものなんじゃないかって私は思う」
「でも⋯⋯」
「だって今までに5回も美香子の真実の愛があったけど、本当に真実の愛だった?」
「⋯⋯⋯⋯」
「長くて半年くらいじゃなかった?」
「⋯⋯⋯⋯」
「私が言えるのはここまで。あとは自分で考えてみて。ね、美香子」
「うん⋯⋯」
「よし、じゃぁ歌うよ〜♪」

その後、終了時間までの4時間半歌いに歌いまくって喉がちょっと痛くなった。
ちょっとスッキリした顔の美香子を見送って、私と文乃は駅に向かって歩く。

「詩織、ありがと」
「うーん?まぁ、友達だしね。で、文乃はどうなの?」
「仕事が楽しくて全然そんな気になれないのよね」
「はははっ、私と一緒か」
「まぁ、子供産めるうちに結婚はしたいかな、って思ってるよ」
「だねぇ、父さんに孫抱かせてあげたいな」

あの人は浮気も不倫もせずに、父ときちんと離婚して、私を父の元に置いて出ていった。
私と会うことについて、父は特に制限を設けなかったが、あの人はケジメとして一度も連絡してくることも、会いに来ることもなかった。
父は再婚することなく私を育ててくれた。
そして先日、酔った勢いでポロリと零した言葉。

『俺にとっては運命の人だったよ、あいつは。だって、詩織を産んでくれたからな』

そう言った父の顔は、穏やかだった。

「じゃぁ、また連絡してね」
「うん」

駅の改札を通って、それぞれのホームに向かう。
階段を上りホームに立ち、名前も知らない人の後ろを歩き、いつもの乗り場に立つ。
運命ならばきっと、こんな人混みの中でもお互いを認識できるのかもしれない。
まぁ、今の私にはそんな人は居ないけれど、少しはそっちのアンテナを張り巡らせていた方が良いかもしれない、と思った。


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(´-ι_-`) 不倫、ダメ絶対。

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