真岡 入雲

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7/25/2024, 5:29:14 PM


駅からアパートまでの道、その丁度中間辺りにある白い洋館。
この辺りでは一番敷地の広いお屋敷で、ぐるりと鉄柵に囲まれている。
敷地の中には大きな木があって、区の保存樹木に指定されていた。
どんな人が住んでいる?
家族構成は?
ペットとか飼っているのかな?
興味は尽きない。
けれど、何一つ知ることはできなくて、いつも洋館の前を通り過ぎるだけ。
時折聞こえてくるピアノの音に耳をすまして、歩く速度を落としてみる。
音楽の知識があるわけじゃないから、そのピアノが上手いのかどうか、全然分からない自分にちょっぴりガッカリする。

今日も今日で洋館の前を通る。
あ、珍しい、玄関が開いている。
頭ではダメだとわかっている。
けれど体は正直で、好奇心に負け横目で中をチョット拝見。

「鳥かご?」

思わず口に出た言葉を、慌てて仕舞い込む。
木製の、随分と手の込んだ彫刻が施された、そうアンティークの鳥かごだった。
けれど⋯⋯。
もう一度見たい、しかしここで引き返したら不審人物以外の何者でもない。
でもあれは確かに⋯⋯。
目を閉じて、先程のほんの一瞬の光景を思い出す。

「間違いない」

うんうんと、誰にでもなく頷いて、足取り軽く駅に向かう。
洋館については相変わらず殆ど何も分からない。
けれど 、あの洋館には某アニメが好きな人が住んでいる。
⋯かもしれない。
だって鳥かごの中で、首に赤いリボンをつけた真っ黒な猫が、とても気持ちよさそうに寝ていたのだから。


━━━━━━━━━
(´-ι_-`) 洋館、だいぶ前になくなってた⋯

7/25/2024, 2:35:30 AM


男女間の友情は成立するのか?

色んな意見があるとは思うが、俺の回答は『成立する』かな。
まぁ、俺の場合はだが。

で、いきなり何でそんな事を言い出したのかと言うと、その相手が今現在俺の横で寝ているから。
こんだけ安心しきった顔で寝られると、こちらとしてもチョットばかり複雑な心境になる訳だが、まぁいいか。
この、俺のベッドでスヤスヤと寝息を立てている人物とは、かれこれ10年以上の付き合いになる。
彼女の2つ上の兄と俺は中学からの同級生で、中学、高校、大学と俺の幼馴染と3人でよくツルんでいた。
当然、家に遊びに行くことも多く、というか、ほぼ毎日のように遊びに行っていたので、顔見知りなんて程度の仲ではない。
もしかすると彼女にとって俺は、兄のような存在なのかもしれないが。

「友達ねぇ」

昨夜、仕事から帰るとマンションの入口に佇む影があった。
背中の半分まであるストレートの黒髪を首元でひとつに結んで、上下グレーのパンツスーツ。
左手にはシンプルなデザインの、と言えば聞こえはいいが、飾りのひとつもない普通の鞄を持っている。
ここまで言えば、その足元が黒の飾り気のないパンプスであることは想像に固くないだろう。
お洒落のおの字もない女性は、俺の姿を確認すると右手に持ったスーパーのレジ袋を掲げて見せた。
軽々と掲げているが、あの中にはこれでもかとビールが詰め込まれているのを俺は知っていた。
毎週末、予告も約束も無しに彼女は俺の部屋に来る。
一週間分の仕事の愚痴を吐き出すために。
まぁ、予定がある場合当日の昼までにその旨連絡しておけば家に来ることはないので、彼女にとって俺の家に来ることはルーティーンのひとつなのだろう。
嫌なら断ればいい?
まぁ、嫌なら俺だってきちんと断る。
嫌じゃないから、この状態が続いているし、そもそも初めに誘ったのは俺からだし。

「んー、また隈が酷くなったか?」

むにゃむにゃと何か寝言を呟いている彼女の目元をそっと撫でる。
人たらしでちゃっかり屋の兄は適度に手を抜ける世渡り上手、それに比べ根が真面目で手を抜くということを知らず、人との付き合いも苦手な妹は昔から息抜きが下手だった。
中学に上がり子供のままではいられないストレスに晒された者達は、その捌け口を探す。
人付き合いが苦手で、独りでいる事が多かった彼女はすぐにターゲットにされた。
それでも、金銭を要求されたりすることは無いから平気だと、彼女は俺に言った。
ちょっとした生傷は絶えなかったし、時には髪を切られたりしたこともあったが、彼女は両親や兄、そして教師に言うことを拒んだ。
何故かと聞いた俺に対し、「意味が無いことはしなくていい」と言い放った。
教師に言えば、イジメは酷くなるだけで無くなることは無い、両親や兄には心配させたくないし、心配させるだけでイジメは続くから、と。
それに⋯。

「優しすぎるのも考えものだぞ」

うりうりと眉間を少し強く押してやれば、不満気な声を上げて寝返りを打つ。

『私が虐められているうちは、他の人は虐められないから』

そう言った彼女の顔を覚えている。
憂いているでも強がっているでもなく、毅然として、それが最善の方法なのだと心から信じている目をしていた。
今なら、そんな対応は間違っていると、自分を犠牲にしてまですべきことでは無いと言って諭すのかもしれないが、当時の俺には何も言うことが出来なかった。
結局、中学、高校と程度の差はあれイジメが止むことはなかったが、彼女は一度として俺達や誰かに助けを求めることはなく、また友達を作ることもなく卒業した。
大学は比較的穏やかに過ごしていたようだった。
だが、就職活動が始まると落ち込むことが増えていたらしい。
らしいというのは、その頃俺も忙しく、殆ど顔を合わせることがなかったからだ。
時折、LINEで連絡をとったりはしていたけど、簡単な近況報告だけで、通話することも会うこともなかった。
状況は数ヶ月から半年に1回程度で飲む彼女の兄から教えられたが、その兄も実家を出て一人暮らししていたのだから、詳しい状況はわかっていなかった。

再会したのは彼女が就職して半年が過ぎたあたり。
昨夜と同じように、マンションの入口に立っていた。
初めは誰か分からなかった。
4年の歳月もあったが、それほど彼女は疲れ切っていた。
とりあえず部屋にあげると、彼女は一通の封筒を差し出した。
普通の手紙とは違う、少し厚手のほんのりピンクの色がついたそれは、彼女の兄の結婚式の招待状だった。
本来ならば本人の手で渡す予定だったらしいが、急な海外出張でひと月ほど戻れないという事で代理で渡しに来たと。
俺のマンションは彼女の会社から駅2つと近い事もあり、つい連絡無しで来てしまったと。
そして、役目を終え帰ろうとした彼女を俺は引き止めた。
久しぶりに会ったのだから、少しくらい話そう、と言って。
彼女は黙って頷いた。
冷蔵庫にあったビールと簡単なツマミをテーブルに並べて乾杯する。
会わなかった4年間のこと、そして仕事の事など彼女のペースで話させた。

「あんまり無理するな」

相変わらずというか、やっぱりと言うか、大学でも友達はできなかったようだ。
彼女の性格なら、会社でも友達を作ることはないのかもしれない。
それでも、仕事をしやすくするため最低限の人脈作りを頑張っているようだが、あなり上手くいっていないらしい。
俺ができることといえば、ほんの少しのアドバイスと、愚痴をきいてやることぐらいだ。
だから、いつでも来ていいぞ、と言ったら次の週末から酒やツマミを持ってくるようになった。

「うーん⋯⋯、もう、朝?」
「まだ5時前だ」

3時頃まで飲んでいたのだから、そんなに寝ていない。
現に俺は、まだ一睡もしていない。

「⋯⋯うぅん」
「ほら、まだ寝てろ」

寝返りではだけた布団を掛けてやる。
シングル用の布団は2人で寝るにはやっぱり少し小さい。
華奢な肩を引き寄せて、布団で包むようにしてやる。

「あった⋯かい⋯」
「⋯⋯⋯そうか」

これが普通の男女なら、色々な関係の名前がつくのかもしれない。
けれど俺たちの関係は男女のそれでは無い。
強いて言うなら、友達になるのだろう。

「寝れる時に寝とけ」
「うん⋯、ごめん」
「⋯⋯何が?」

何か謝られるようなことがあっただろうか。

「兄さん、結婚しちゃう」

結婚しちゃう、ね。
薄々そんな気はしていたけれど、このタイミングで来るか。
というのが、正直な感想。

「⋯⋯⋯何時から知ってた?」
「中2の夏休み。寝てる兄さんにキスしてたから」
「そっか。あいつには⋯」
「言ってないし、言わない、よ」

彼女が謝る必要なんて、これっぽっちもないのにな。
この結果は、俺があいつとの友情を、友達でいることを選んだからであって、誰のせいでもない。
例え俺の気持ちをあいつに伝えたとしても、あいつは変わらず友達でいてくれたとは思う。
けれど、俺が変わらずにいられる自信がなかっただけだ。

「ありがとう」

彼女はフルフルと首を振り、何も出来なくてゴメンなさい、と小さく呟いた。
来週はあいつの結婚式で、俺はあいつを祝う。
友人として、一人の男として、あいつの人生の門出を見守る。
あいつがあいつの愛する人と家庭を作り、幸せになる様を友人として見届けるために、自分の気持ちに区切りをつけるために。

「あ⋯と、兄さん、春、パパ、⋯に、な⋯⋯る」
「え?」

満足した顔で眠る彼女とは逆に、落とされた爆弾の大きさにやられた俺はひとり天井を見る。
結婚は覚悟していたから、それほどショックではなかったが。

「パパ⋯」

子供が生まれると聞いて、何故こんなにもショックなのだろうか。
そして、彼女がこんなにも無防備に自分の隣で眠れる理由が、俺の想い人を知っていたからだと思うと、何だか切なくなってしまうのは何故なのか。

「はぁぁ。寝るか」

思考を放棄し、ぽそりと呟いて目を閉じる。
アルコールの心地よい酩酊の感覚と、隣にある人肌の温もりが俺を深い眠りへと誘う。
取り敢えず、彼と彼女の兄妹と出会えたことに感謝し、この穏やかな関係がこの先もずっと続くことを願いながら、俺は意識を手放した。


━━━━━━━━━
(´-ι_-`) 友情⋯(。-`ω´-)ンー。

7/23/2024, 5:51:17 PM


「ねぇ、お父さん」
「うん?」
「これ、何?」

そう言って、娘が私に向かって見せたのは、白黒の写真のパネルだった。
随分前に行方不明になっていたのだが、妻の衣装ダンスにあったとはな。

妻が闘病の末、静かに旅立ったのは半年と少し前。
嫁に行った一人娘が、孫ふたりと戻ってきた三年後の事だった。
私と妻が知り合ったのは、もう50年近くも前になるだろうか。
当時流行っていたボウリングに友達3人で行って、隣のレーンでゲームしていた4人組の女の子たちと意気投合し、一緒に遊ぶようになった。その中のひとりが妻だった。
ただ⋯⋯。

「これ、お父さんが撮った写真?」
「そうだな」

雪の中、手袋をした両手を口元に当てて空を見上げる女性を納めた写真。
市のコンテストに応募したら、ちょっとした賞を取ったやつだ。
だから、パネルになっている。

「これ、お母さんじゃないよね?」
「あぁ、そうだな」
「え、じゃあ誰?」
「和枝さんって言って、⋯母さんの幼なじみの女性だ」
「へぇ、すごい綺麗な人だね」
「あぁ」

本当に彼女は綺麗で、すれ違う男共は皆振り返った程だった。
私もその一人で、彼女の前では気取って歩いたものだった。
だからこそ、彼女から告白された時は夢じゃないかと思った。
皆とも遊びつつ、時間をみては二人でデートを重ねた。
喫茶店を巡ったり、少し遠出をして海に行ったり、映画を観て感想を言い合ったり。

「お母さんからは和枝さんの話を聞いた事なかったな。幼なじみなら話題に出てきそうなものだけど」
「⋯⋯⋯そうか」
「ん?⋯コレは何?」
「どうした?」
「裏に何か書いてる⋯えっと」

『儚く散り逝く吐息と共に
凍える氷の花咲いて
キミの夢が叶うようにと
遙か遠くの星に願う』

「どういう意味だろう?あとは『和ちゃん愛してる』だって、お父さん良かったね。お母さん愛してるって」

娘に手渡されたパネルの裏側に書かれた詩。
小さな字ではあるけれど、それが誰の筆跡かはすぐにわかった。

「⋯って、お父さん?泣いてる?」

和枝は、出会った二年後の冬に帰らぬ人となった。
私達はその冬が明けたら結婚しようと、約束していたのに。
あっという間だった。
体調が悪いからと、その日の約束を断られた。
私は彼女が好きなガーベラの花束を持って、見舞いに行った。
部屋のベッドの上で彼女は笑って見せた。
少しだけ言葉を交わして、最後にキスをして別れた。
それが最後となった。
次に会った時、彼女はただ静かに眠っているだけだった。

「お父さん?」

そこからの記憶は曖昧で、彼女がいない世界がいつもとかわらずに回っていることに絶望していた。
そんな中、隣にいてくれたのが妻だった。
何を望むでもなく、ただそっと当たり前のように隣にいる、ただそれだけ。
そんな些細なことが、その頃の私にとって必要なことだった。
和枝を失って10年、心に空いた穴が漸く埋まり始めた頃、私と妻は結婚した。
そこにあったのは、和枝との間にあった燃えるような感情ではなく、ただそこにあるだけの優しい温もりだったが、それが心地よく穏やかな日々を過ごすことが出来た。

「はははっ、やられたな」

そう呟いた私を、娘は怪訝そうな顔をして見ている。
昔、1度だけ妻が私に言った、生前の和枝の願いごと。
私が幸せである事が、和枝の唯一の願いだったと。
それを聞いて、私は泣いた。
そして続けて妻はこう言った。

『和ちゃんの願いは、必ず私が叶える』

そこまで、幼なじみのことが大切なのかと、当時はそう思ったのだが、どうやら違ったようだ。
私と妻はライバルだったのか。
気付けなくて妻には悪い事をしてしまっただろうか。
もしかしたら、気付かせないことも妻の計画の一部だったのかもしれない。

妻の字で書かれた詩の左下。
小さく書かれた短い言葉。

『和ちゃん愛してる』

私の名前は和彦で、子供の頃は和ちゃんと呼ばれていたが、妻からは和彦さんと呼ばれていた。
それも娘が産まれる前までの話だが。
妻が和ちゃんと呼ぶ人物は、私が知る限りではたった一人しかいない。
言いたくても言えなかったこの短い言葉を、妻はいったいどんな思いで書いたのだろうか。

私と妻の間には、和枝がいる。
和枝を通して私と妻は家族になった。
妻は私より先に和枝に会いに行ってしまった。
残された私は、もう少しだけ、和枝と妻のいないこの世界で、和枝の願いを叶え続けよう。


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(´-ι_-`) 書ききれてない感じ。
私(和彦) → 和枝 ← 妻

7/23/2024, 1:57:08 AM


もしも、タイムマシンが、あったなら⋯⋯?

これはあれか?
過去に戻って青春をやり直したいとか、未来に行って競馬の万馬券を確認して、過去に戻って当たり馬券を買って億万長者になりたいとか、そんな感じの回答を期待されていたりするのかな?

うーん、まぁ、何て言うか、いまいち惹かれないねぇ。

自分の意思で過去や未来に行くよりも、自分の意思と関係なく過去や未来に飛ばされる方が運命感があって良くない?
その他大勢じゃなくて、主人公になれた気がするし。
タイムマシンだとその他大勢のままだし、色んな制約があって結局楽しめないようなイメージがあるしなぁ。
ほら、歴史が変わるようなことはしちゃダメだとか、その時代の自分に会ってはいけないとかさ。
まぁ、タイムスリップしている時点で歴史が変わってる可能性はあるけどな。
あ、いやそれすらも織り込まれた状態で、歴史が紡ぎ出されている可能性もあるのか。
でもなぁ、どうせ時間を移動するなら、なんの縛りもなく自由にその時代を生きて死んでいきたいよなぁ。

なんて画面の向こう側の皆に言ったら、夢がないとか、そういうことじゃないとかコメント入れられた。
皆、厳しいな。

うん?やり直したいこと?

今朝焦がしてしまったトーストを、もう一度焼き直したい、とか言ったらまた色々コメントが入った。

いや、マジ、超人気のパン屋のホテルブレッドなんだけど奇跡的に買えたんだって。
いつも売り切れで全然買えなくて、でも昨日ダメ元で行ったら2枚入の1袋だけ売ってて、即買いしたね。
夜に1切れ食べて、いや、ほんとマジで美味かった。
ふわふわのもちもちで、バターのいい香りがこれでもかってほど部屋中に充満して、朝これ食べたら1日幸せだァとか思って、朝の分に1枚残してさ。

え?何で焦がしたかって?

俺、猫飼ってるんだよね。
あ、うん、マンチカンのメスで梅子さんって言うんだけどさ。
名前が可愛い?ありがとう。
梅子さんはもっと可愛いよ。
今度、配信に出してって?
梅子さんの気が向いたらね。
今?今は、寝てるよー。
あ、そうそう、それでトースト焼いている時に梅子さんがコップ倒しちゃって、牛乳が零れてさ。
丁度パソコン開いてたから、もう大変よ。
パソコンもだけど、梅子さんも牛乳まみれでパニック起こして、そこいらじゅう走り回るしで。
で、気がついたら貴重なホテルブレッドが真っ黒という悲劇⋯。

「ポップアップトースター?」

あー、持ってる。
あの、ガシャンって出てくるやつでしょ?
あれねぇ、ホテルブレッドが厚くて入らなかったんだ。
厚切りのパンって幸せ感じるよね。
でも今朝は運が悪かった。
え?昨日のホテルブレッド買えたので運を使い果たした?
マジか⋯そうなると俺の運勢は⋯。

皆、オラに運を分けてくれw

おぉ、皆、優しい。
ありがとう、本当にありがとう。

うん、やっぱりタイムマシンとかいらないなぁ。
俺は皆とこうやって話せるだけで幸せだし。
タイムマシン使って、今のこの時間が無くなったりしたら嫌だからさ。
それに俺、時間旅行より、世界旅行をしたい派だし。
え?国内旅行派?
国内旅行もいいよなぁ、温泉にゆっくり浸かってのんびり心の洗濯とかなぁ⋯⋯、おっと、意識飛ぶとこだった。

んじゃ、次の質問は〜⋯⋯


━━━━━━━━━
(´-ι_-`) ガーリックフランスが好物です。



7/22/2024, 3:22:07 AM


「えっ!嘘だろう⋯マジかぁ⋯」

会社からの連絡メールを確認中に、スマホの画面が突然真っ暗になった。
電源ボタンを押しても、うんともすんとも言わず、再起動してみてもしばらく振動した後、ピクリとも動かない。
慌ててモバイルバッテリーを挿してみるが、効果は薄そうだ。
何せ、つい一時間前まではフル充電だったのだから。

見上げれば夏空。
濃い青色の空に、白い厚みのある雲が浮いている。
辺り1面の水の貼った田んぼには青々とした水稲が生え、時折吹く風にさわさわと音を鳴らして遊ばれている。
こめかみを伝って落ちてくる汗を手の甲で拭う。
まだ九時前だと言うのに、気温はぐんぐん上昇し陽射しは肌を刺すほどに強い。
おかしいな、ここは日本でも北の方、冬になれば雪が多く降り積る地域だ。
夏は、東京に比べれば涼しいはずではないのだろうか?
それにしても⋯⋯。

「はぁぁ、どうしよう」

見渡す限りの田んぼ。
所々に家もあるし、道路も通ってる。
事実バスを降りてから15分ほど、その道路を歩いて来たのだ。
問題なのはその間、たった一人の人間ともすれ違っていないということ。
まぁ、車とはすれ違ったが。
取り敢えず、約束の時間まで残り25分。
記憶にある地図を頼りに歩くしかない。
それにしても、色々と話には聞いていたけれど、田舎は本当に車がないと不便なんだと実感する。
本来であればタクシーを使う予定だったのだが、駅前にタクシーがおらず、駅員に確認したところ昨今の人手不足もあり、今タクシーは1台しか運行されておらず、ほぼ予約で埋まっているため対応は無理だろうとの事。
それでバスに乗ったのだが、そのバスも目的地までのルートはなく一番近いバス停で降りて、そこから徒歩30分ほど掛かるという不便さ。
これなら、年をとって反射神経が鈍って運転が危なくなっても免許返納に二の足を踏むその気持ちが痛いほどわかる。

「えーと、多分この辺り⋯⋯、あ、あった」

今まで歩いてきた道路から横に逸れるように接続している、車がすれ違うのがやっとと言うほどの幅の道。
その角の所に『鏡池神社』と書かれた石柱が建っていた。
石柱のところで立ち止まり写真を⋯と思いスマホを取り出しはたと気付く。

「あー、⋯そうだ、確かデジカメ持ってきたはず⋯」

背中に背負ったリュックから、だいぶ前に購入した私物のカメラを探す。
ついでにタオルと飲み物も引っ張り出す。
恐る恐るカメラの電源を入れると、待ってましたとばかりに、元気に起動した。
最近はスマホのカメラ性能が劇的に向上し、このカメラの出番もめっきりと無くなった。
入社して初めて貰ったボーナスでちょっとばかり奮発して購入した、コンパクトカメラ。
本当は一眼レフが欲しかったのだが、手が出せなかった。
それでも当時、吟味に吟味を重ねて買った大切なカメラだ。
個人旅行の時や、今回みたいな地方への出張などには大抵一緒に連れていく。
石柱のアップと引いて石柱を入れた構図で何枚か撮り、カメラを肩掛けのバックに入れる。
水分補給をして、タオルを首にかけリュックを背負い目的地に向かって歩き出す。
一歩一歩と進んでいくと、涼やかな風を感じるようになった。
道は一面田んぼだった世界から、集落を囲む山の一つへと続いている。
山に近づくにつれ気温が少しずつ下がり、山の麓に着く頃には吹く風がだいぶ涼しく感じられた。

「ははは⋯」

道は山の突き当りで、左に大きく曲がっている。
正面には石で作られた鳥居が間隔を置いて二つ設置されている。
一つは道が曲がる所に、もうひとつは山を少し入った所にありその間には砂利が敷き詰められている。
木々により日が遮られた薄暗い2つ目の鳥居の先、そこに長く続く階段を見つけ笑いが込み上げた。
神様はとことん、俺に試練を与えたいらしい。
お辞儀をして鳥居を潜り、一つ息を吐き出す。
気合を入れて顔を上げ、1段目の階段を上り始めた。


「ご連絡をいただければ、お迎えに参りましたのに」
「い、いえ。お手を煩わせるわけには⋯」
「てっきりお車で来られるのかと思っておりました。驚きましたでしょう?こんな辺鄙な所で」
「あ、いや、まぁ」

息を切らし、階段を上りきった俺を待っていたのは一人の女性だった。
ここの神社の神主さん奥様だというが、随分と若い気がする。
神主さんは60手前だと聞いていたのだけれど、どう見ても20代に見える。
下手をすれば10代でもいけるかもしれない。
いただいた冷たい麦茶を飲んで、俺は息を整える。
ここは山の中腹より少し下にある社殿。
隣には白壁に囲まれた純和風の屋敷が建っていて、お二人はそちらに暮らしているという。
神主さんは今急用で、街まで出ており俺は神主さんの戻り待ちだ。

「鏡池の事をお調べになられていると聞きましたが」
「あ、はい。今度神秘的な池の特集を組もうと思っていまして、その下調べになるのですが」
「左様でしたか。もうすぐ戻って来ると思いますが、そうですね。資料などお持ちしますので、少々お待ちください」

そう言うと奥さんは部屋の奥へと入っていった。
残された俺はと言うと、窓から見える景色に目を奪われていた。
田舎と言えど、駅がある付近はそこそこ栄えており、昨夜泊まったホテルもWiFi完備の近代的な造りだった。
客室数は少なく、宿泊者も多くはなかったようだが設備としては申し分なく、すぐ隣にはコンビニもあり、駅から徒歩1分で一泊素泊まり五千円を切るのだからリーズナブルだ。
また周辺に商店街やスーパー、それにオフィスビルっぽいものも見かけた。
ただ今いるこの辺りはその駅のある、いわゆる市街地から離れ山一つ隔てた場所にある。
故にこの場所から見える景色は、時代を一つ二つ戻ったようなそんな気にさせる。
近代的な建物は何一つなく、青々とした田んぼが広がり、所々に昔ながらの瓦屋根の家が建っている。
都会育ちで田舎とは無縁の人間なのに、郷愁の思いに浸っていると車のエンジン音が聞こえてきた。
隣の屋敷に止まったらしく、エンジン音が止まると共にドアの閉まる音がし、パタパタとこちらへ走ってくる音がした。

「あ、すみません。お待たせしてしまって」

勢いよく部屋に入ってきたのは、自分と同じ年頃の男性だった。
服装もハーフパンツにTシャツと、街中にいる若者と変わらない。

「えっと、あの」
「あ、ここの神主をしています、加賀美と申します。東京から来た冨野さんですよね?」
「あ、はい。そうです」

あれ?60歳くらいの方だって聞いてたんだが?

「いやぁ、鈴置の婆ちゃんにエアコンが動かないって呼ばれてしまって」
「エアコン、ですか?」
「この人もともと電気屋で働いていたので、ご近所さんからよく連絡が来るんです」

数冊の本を手に戻ってきた奥さんが、テーブルの上に本を広げながら言う。

「簡単な故障なら直せるし、そうじゃなければ古巣に連絡すればいいんで。今回は後者でしたが」
「そうなんですね。あの⋯」
「はい?」
「失礼ですが、こちらの神主さんは60歳くらいの方だと聞いてきたのですが、その⋯」
「あぁ、多分それ親父のことですね。去年俺が引継いだんです」

聞けば、昨年の今頃に倒れ半身が不自由になってしまったのだと言う。
それを機に息子である加賀美さんにここの神主を引継いだとか。

「それで、鏡池の事を知りたいんでしたね」
「はい」
「じゃぁ、簡単に説明をしてから、実際に見た方がいいかな」
「えぇ、その方がよろしいかと」
「ではまずこれから説明しますか」

そう言って、加賀美さんは奥さんが持ってきた本の中から絵本を取りだした。


「これが鏡池⋯⋯」

目の前にあるのは池と呼ぶには大きく透き通った水を湛えた場所だった。

「正確には池ではなく湖に分類されるらしいです。水深は15mくらいじゃないかって言う話ですが、正確なところは不明ですね」
「それはこの下が洞窟だから、ですか?」
「はい。前に一度調査に入ったらしいんですが、あまりにも複雑で危険を伴うので中止になりました。それ以降は調べていませんね」
「ここは普段立ち入り禁止、なんですか?」
「えぇ、禁足地にしています。先ほど説明しましたが、過去に何人かここで行方不明になっているので。子供が落ちたりすると大変ですしね」
「そうですか⋯⋯」

これだけ綺麗であれば、良い観光地になるのにと思ってしまう。
そして禁足地であれば、特集記事にするのは厳しいだろう。

「わざわざ来ていただいたのに、申し訳ありません」
「いえいえ、こちらこそお忙しい中ありがとうございました」
「あぁ、そうだ。折角だから、ちょっとこちらへ」

そう言って案内されたのは、今までいた場所の反対側。
大小様々な岩が円を描くように配置されている。
不思議なことにこの場所だけ底が浅いようで、白い砂が敷き詰まって中央からこぽこぽと水と空気が湧き出ていた。

「ここは?」
「手鏡池、と呼んでますね。ここで神に願うと一度だけその人の人生に必要なものを映し出してくれるそうです」
「え?」
「私の場合は妻が映りました。どうです、やってみますか?」
「⋯⋯なんだかちょっと怖いですね」
「そうですか?因みに親父は車が映ったそうです」
「車?」
「はい。その時一番欲しいものだったらしいんですが、買うのに躊躇していたそうで」
「で、買われたんですか?」
「えぇ、買って母をナンパして捕まえたと言っていました」

今一番欲しいものは⋯スマホだけど、それが映し出されたら嫌だな、とか考えていると加賀美さんが手鏡池に手をさし入れた。

「必ずしも映し出されるわけではないんです。私も子供の頃からやっていましたが、映ったのは3年前ですから」
「なるほど」
「今回映らなくても、また来た時に試してみればいいんです。いつでも来てください。お待ちしてますから」
「はい」

俺は加賀美さんに言われるままに、手鏡池の縁に立ち目を閉じた。
三度自分の名前を唱え、同じく三度、深くお辞儀をする。
そして、柏手を三度打って、静かに目を開き手鏡池を覗き込んだ。


「それでは、また。来られる際にはご連絡ください。駅まで迎えに参りますので」
「ありがとうございました。お伺いする時には、ご連絡差し上げます」

駅のロータリーから去っていく白色の車を見送って、俺は踵を返す。
先ずは公衆電話を探して会社に連絡を入れなければ。
それから次の目的地に行く前に携帯ショップに寄って、スマホの状態を確認してもらって。
頭の中で今後のスケジュールを組み立てる。
次の取材先はここから西に向かって二時間の電車の旅だが、スマホが無いことには色々と不便すぎる。
ほんの少し前はスマホなんかなくて地図を片手に歩いたものだ、と編集長がボヤいていたのを思い出す。
一度便利を手にしてしまうと、その有難味を忘れがちになる。
スマホも然り、車も然り、家電も然り、コンビニも然り。

「あ、あった!」

駅構内を歩き回ること10分、やっとの思いで公衆電話を見つけた。
携帯電話が流通し、ほぼ1人1台持つようになったためか、公衆電話の数は激減している。

「えーと、会社の番号は⋯⋯、あぁぁ、覚えてない、そうだ、名刺、名刺」

やっとの事で会社に連絡を入れ、次の目的地までの電車の時間を確認する。
出発まで37分、携帯ショップは、近くに⋯⋯あるのか?
駅員に聞いてみると携帯ショップは駅から徒歩20分、バスでも10分かかるらしい。
つまり、携帯ショップも車で来店することを前提とした場所に建てられているとのこと。
なので駅員のオススメは、ここから6駅先の大きな駅の駅ビルの中にあるショップ。
途中下車にはなるが、背に腹はかえられない。
俺は駅員に礼を言って改札を通り、ホームのベンチに腰を下ろした。

「はぁぁ、疲れた」

結局、手鏡池には何も映らなかった。
怖いとか言っていた自分が情けなくも感じるが、これでよかったのかも知れない。
また、ここに来る口実ができたから。
今度は、スマホは2台用意しよう。そうすれば1台が故障しても大丈夫だ。
そして今一番欲しいのは、一眼レフのカメラ。
あの綺麗な鏡池、そしてそこからの景色を撮りたい。
スマホのカメラでもなく、長年の相棒のコンパクトカメラでもなく、昔からのあこがれの一眼レフカメラで。
技術とかそういうのはまだ無いけれど、気持ちだけは十分に詰まったいい写真が撮れると思うから。


━━━━━━━━━
(´-ι_-`) 長くてごめんなさい。

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